魔女の気まぐれと人の業。
「人が生きるのに必要なのは、惰性だけで十分だと、私は思う。」
もちろん私の生きるモチベーションもそれだ、とカレンさんはいった。
「だけどどうしてか人間は誰しも、他人以上であらんとする。人間に生まれて、人間として生きる以上、人間程度としてしか生きられないのにだ。」
口振りからはまるで何かを見透かすような、そう、まるで人という生き物を占っているような。
「そのために努力して、富や名声を得ようとする。その努力の方向が社会的に正しくなかろうと、結果を積み上げていこうとする。」
その結果の果ての『成功』なのだ。と。
「だがそれがどれほどのものだい? お金をたくさん稼いで、他人より多少人に名を知られていることのどこに意味がある? 生きられるだけ金があって、困らない程度に知られていれば、十分ではないかい?」
もっともだと思った。これに関しては膝を打ってうんうんうなづき「よっ!カレン屋!!」なんて拍手を送りたくなるほどに。
「私が商売相手にしているのはそういう奴らだよ。誰かより上でありたいという、醜い欲に抗うことができなかった、人よりも少し劣る奴らだ」
「いいんですか、そんな言い方して?」
由利亜先輩の問いに、カレンさんはやれやれと言ったふうに肩をすくめる。
「当然客の前では言わないさ、君らは客にはならないからね。こういうこともはっきり言えるし、この話をしないことには私が君のお父さんにした悪戯というやつが説明できないのさ。少し商売に飽きてきていた頃にやってしまった出来心の、許してもらいたい過ちの話がさ」
長い前置きは全て言い訳の類だったらしく、カレンさんは少し目を逸らしてから改めて由利亜先輩に目を向けた。
「私は君のお父さんに占いとは別に、一つ〈まじない〉をかけたんだ。人の世でなら一旗も二旗も上がるような、少し強めの〈まじない〉を」
「まじない?」
まじない。つまり、呪い。
その単語を聞いただけで、最悪にたどり着く。
「お父さんが、仕事で成功したのは、あなたの呪いのせい、ですか」
もちろん、由利亜先輩も。
「ああ」
だからこの作業は最終確認だった。
「お父さんが仕事を辞めて帰ってきて、突然暴力的になったのはあなたの呪いのせい、ですか」
魔女は目をそらさない。
「間違い無いと思う」
「じゃあ───!」
「それは、できない」
縋り付くような由利亜先輩の言葉に重ねるように発せられた回答は、はっきりと、しかし早かった。
由利亜先輩は目を見開いて、カレンさんを睨む。
なんとなく、そうだろうと思っていたので驚きもない。由利亜先輩だってこういう話になった時点で察していたはずだ。それでも今はこの実行犯に恨みをぶつけるくらいしかできないのだ。
二の矢三の矢とぽんぽんネタが浮かべがいいが、残念なことにど素人な手前俺にはこれ以上この現状を改善する方策を出すことは難しかった。
「んー……」と腕を組んで唸りながら首なんかも振ってみて、ない知恵を振り絞ろうとしている俺。このままでは本当に何もできないままただついてきただけの人になりかけていたところにふと、一つ聞きそびれていることがあることに思い至った。
正造氏に触ったときに見たあの”ナニカ”。
光のような、ただ白い紐のような、俺には判然として見ることができなかったナニカ。
「カレンさん、ひとつ聞きそびれていたんですがいいですか?」
「なんだろう、私がわかることだといいんだけどな」
慇懃な謙虚さで、OKがでたので苦笑い気味になりながら、
「さっき、御札をつかってよくわからないことをさせられたんですが、あれはなんだったんですか?」
言って、そういえばあの札どこだと首を振るとこちらを伺っていた美樹氏がカレンさんに差し出してくれた。
受け取った御札をまじまじとみて、カレンさんは「へえ」と口角を緩めた。笑顔ではなかった。
「本当は、こんなものじゃ止まらないはずだけど、これも無天の入れ知恵の結果ってことなのかな」
カレンさんが御札を見つめたままそう言ったのを聞いた美樹氏は、一旦座った体を再び椅子から浮かせた。
「天才くんは水守神社の人間と懇意にしてるんだよね?」
「一応、俺のことだと思って答えると、まあ仲良くしてもらってますね」
天才という呼び名は兄のものだと思っている俺からすると、それこそ最近よくよく俺を形容するように使われるその単語は違和感があったけれど、それでも目を見てはっきりと言われれば逃げ場はなかった。
初対面の魔女からのその呼び方に、どんな意味があるのかを考えることさえ忌避したためだ。
「現代社会とは往々にしてまじり合うことのなくなったこちら側の役割は世界そのものと人の代の調整みたいなもので、ある程度統一はされているんだけど、それでもやっぱりやり方や見方が違うんだよね」
手に持った御札を俺が受け取り、促されるままそれをみる。改めて見ると、漢字で色々と書いてあるが何が書いてあるのかはよくわからない。
「私たち魔女にとって人は商売相手。占いや薬なんかを通じて人と関わって生きてる。神社側から見た人は、救うモノ。いつの時代も神様っていうのは気まぐれだから、その気まぐれがひどくなりすぎないように調整する」
ちょいちょいと手招きされて御札を返すとカレンさんはそれを左手に持つ。空いた右手で指を鳴らすと、
「───ッ!?」
勢いよくお札が燃えた。
「人の代との関わり方が違う以上、人の世で起こる現象の解釈も、それによって導き出される解決方法も変わってくる。だけど、今回のことは私の仕込み。つまり私の付けた条件以外では干渉することはできないはずだった」
何事もなかったかのように話を進めるカレンさんの横から、燃え滓一つ残らずお札が消えた。
「それを可能にする方法が二つほどあって、今回はそのどちらもが作用した結果一応の押さえ込みに成功してるってことなんだと思うけど」
「じゃあ、その条件ってやつを教えてください」
「いいけど、条件以外の部分は聞かなくてもいいの?」
「例外なんて正攻法に比べれば無意味なモノじゃないですか。どうせ俺にできる方法じゃない」
「君にできないことなんてないじゃないか、『マタシカル子』なんだから」
この呼ばれ方。一度だけ神が憑依した弓削さんにされた呼ばれ方だ。あの時のことは俺と神社の関係者以外知らないはずなのにこの人が知っているのはどういうことなのか、そろそろ確認しなければならないのだろうか。
「って、まあ冗談だよ。今回は無天からもキツく言われているからね、どっちも教えるさ。まあそもそも、無天の秘書ちゃんがいれば解決していておかしくない話なんだけどね」
秘書ちゃんというのは多分斉藤さんのことだろう。
だが、あの人がいれば解決? 斉藤さんはただの巨乳のお姉さんじゃないのか?
「由利亜先輩、痛い……」
「なんか一瞬すごいイラッとしてつい」
ついでいちいちつねられてたら、そのうち肉芽削げてしまうかもしれない。
俺がつねられたところをさすっていると、カレンさんが机に一枚紙をおいた。そこに指を滑らせる。
「まず私のかけたまじないは、一つの物事をやり遂げるというものだ」
紙に話した内容が文字になって浮かび上がる。
「本質はそれだけ」
「それだけって、でも実際何かに取り憑かれてるんでしょ?」
「そうだね、天才くん。君の見てきた世界では人が突然変異的に人格交代する時、まるで何かに取り憑かれているようだ、という見方をしていたのかもしれない。だけれどわたしにそんなことはできない」
人間はいつだって、ひとりだ。
そういって、紙には「彼は彼のまま、人の道を外れた」と浮かび上がった。
「じゃあ、お父さんが昔のお父さんじゃなくなっちゃったのはお父さんが原因だっていうんですか……?」
由利亜先輩の質問は弱々しかった。ここで翻ってみれば最初の言い訳タイム、あれは正造氏にも当てはまる内容だということになる。
だから何ということはないが。
「あの頃の私にとって、私のお客は等しく自業自得だった」
それはあまりにも直接的な肯定だった。
普段からくりっとした大きな目を一際見開いて、由利亜先輩は何かを言いかけてやめた。
自分の置かれた現状と、しかし、自分の父の成し遂げたこと、その両方を両立させられる言葉が見つからなかったのだろう。
当然だ。
彼女は、カレンさんは先に言っていた。『人より少し劣る』と。ここにきて、何をするでもなくまずしたのがその話なのだ。
ここに許されにきたわけではないのだ。
「じゃあ、その取り憑かれたわけではない正造さんを助ける方法というのは、一体何なんですか?」
話を先に進めよう。今している話を進めても、何かが変わることはない。
目線を俺に変え、机の上にあった紙を持ち上げてカレンさんは言った。
「彼は取り憑かれているわけじゃない。私がかけたまじないは『一つの物事をやり遂げる』というものだけ。じゃあ彼はなぜあんなにも荒れているのか」
わかるかい? 紙に映し出された問いに、俺は少し考えて。
「反動、ですか?」
願いを一つ叶える時、普通にやれば努力するしかない。だが、魔女のまじないは効力が別だ。
努力して、実力をつけて、運に任せて結果を待つ。
この過程に不可能がない。つまり、自然の摂理に反している。
その反動。
「そうだね。神社の関係者と懇意にしているというのもあるんだろうけど、君は結構考え方がシビアだ。人が結果を出す時、そもそも努力や運が必要ないこともある。だから自然の摂理に反してもそれでしっぺ返しが来ることがあるのはそういう力の使い方をした時だけだ。それに私は魔女だよ? 自然の摂理とかいうものからは一歩外にいる人間だ」
「じゃあ、どういう?」
「簡単な話だ。反動は私が条件付けした。その人間の一番遠い願望を呼び起こす、というね」




