白百合の5 ヴァンドール、街の治癒所へ通う
満ちた月のあかりだけを頼りに、ヴァンドールはクレサールへ向けて愛馬ラファールを駆けさせていた。
ヴァンドールは独り呟く。
「全快している体にダークミストが送り込まれると、これほど苦しいのか、クレサールに着くまで持つのか」
愛馬ラファールが武者震いのように鬣を強く揺らし、さらに速度を上げて行く。
「とにかく少しでも早くクレサールへと思い王都を立ったが、果たしてマルイ治癒所は開いているのか」
◇
クレサール子爵領、クレサール家の隠された花園。
今日は黄金の満月。
星がたくさん出ているはずなのに月が輝きすぎて星すら見えない。白百合も蘭も金色に輝いて見える。
私は今、お花畑の百合と蘭から、特製ポーションの原料になる満月の夜露を採取している。
状態異常を治癒できる材料は、月が満ちる瞬間、溢れる花の一番目の蜜と夜露が混ざったものに魔法を溶かし込んで瓶に詰める。
お馬さん、お馬さん、翼があれば飛べるのにね。
私は愛馬ガブリエルに話しかけながら花畑の中を進む。
ガブリエルがフフンと首を振って一緒に唄っている、たぶん。
そうあなたは飛べるのよね。
フンフン。
「ガブ、フフンとフンフンばっかり、なんでヒヒーンって鳴かないの?」
フフ〜ン。
私は可笑しくて笑ってしまう。ガブリエルはヒヒーンとは鳴かない。
◇
クレサール領は静まりかえっていた。
満月の光で昼のように明るいが、どの家も店も寝静まっている。
⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂ ⁂
マルイ治癒所
《今夜は満月のため休診します》
——急病の方はクレサール子爵邸門横の詰所まで——
不休で馬を駆けさせ続けたヴァンドールの具合は悪化している。
「満月で休診とは」
愛馬の立髪に身体を預けるが、息が荒くなってくる。
「ラファール、クレサール邸に行こう」
フンフン。
「頼んだぞ」
ヴァンドールは意識が遠のいていきそうになるのを必死で堪えていた。
ラファールが翼を広げた。そして静かに飛び立った。
◇
隠された花園
「ねえガブ、今日は黄金の満月の夜露がたくさん取れたわ。それに今日は、満ちている時間が長いのね」
フンフン。
月の満ち欠けは動いているから、ずっと同じ形ではない。
でもこの国では、稀に、満ちている時間が止まったように、なかなか欠けていかない時がある。
今夜は滅多に起こらない満ち続けの月。
きっと良いことがありそうな予感がするわ。
その時だった。ガブリエルが急に翼を広げる。
「ガブ、どうしたの?」
ガブリエルが一際高く鳴いた。
「キイーーン」
遠くから聞こえる
「キイーーン」
そして空に現れたのは、忘れもしない美しい濃紺の毛並みのお馬さん。こちらへ向かって飛んでくる。
あの魔術師様のお馬さん?
そして私の近くへゆっくり着地し、こちらに向いた時、鼻梁に真っ白な流星が浮かぶ。
このお馬さん、会った事が。えっと、流星がある子って。
「……確か、ラファール?」
「キイーーン」
ガブが駆け寄っていく。
そしてガブとラファールが翼をバサッと閉じた時、その背に倒れていたのは、透き通るような銀髪のあの患者さん。
思わず駆け寄って声をかける。
「この前の方ですよね、ポーションを飲まなかったのですか」
満月の光が、馬の背にいるその人を照らしている。
意識がない?
「失礼します。背中に触れます」
一声かけて、その方の背中に手を触れる。
ドクン、っ!何また?
それにダークミスト?
「うっ」
「あの、マルイ治癒所のララです。この前の方ですね」
「……ああ、あなたか…ヴァンだ」
この蒼金の瞳。あの方だわ。
「ヴァン様、お加減が悪くなってます。ポーションは」
「……飲んだ、良くなっていたのだ、だがダークミストを」
「…いつですか?」
「……今日の昼、すぐに王都を、うっ…」
この方、王都から駆け続けてここまで。よく持ち堪えてる。
「わかりました、もう話さなくて大丈夫ですから」
「……すまぬ」
ヴァン様をラファールから下ろそうと、必死で身体を引っ張る。
ガブリエルも手伝ってくれて、なんとか花畑の地面に下ろした。
ここなら、できる。
今日は黄金の満月の夜露が使える。
私は治療を開始した。




