蒼金の3 誰にも治せないヴァンドールの病
◇王太子執務室
ジュリアス専属の薬師ヒデオンが、入ってくるなり私の顔を見て顔を綻ばせる。
「おお、ヴァンドール殿もおいででしたか、非常にお顔色が良いですな」
さすがヒデオン、気づいたか。
「ヒデオン殿、久しぶりだ」
「ヒデオン、私は後回しか」
「ジュリアス殿下はいつもお元気ですからな」
ジュリアスがフンとして私を睨む。
ヒデオン殿は、ジュリアスが生まれた時からの専属薬師。私も従兄弟のジュリアスと一緒に育ったようなものなので、よく診てもらっていた。
ジュリアスとヒデオンは、私の魔法の副作用を知っている。
ダークミストの殲滅には《黄金の風》の魔法が必須。だがこの魔法には、身のうちを焦がし内臓が爛れる副作用がある。
それを知っているのはこの二人、伯父上でもある国王陛下、あとは公爵家では父上と兄上、副団長のアルタスくらいか。
「で、ヒデオン、ポーションの分析はどうだった」
ジュリアスがせっつく。王太子の仮面を外すとすぐこれだ。
「殿下、そう急かれるな。先に脈をとらせていただけますかの」
ヒデオンがジュリアスの脈を取りながら少し考えている。
「体調はよろしいですが、少し考え事が多いのではないですかな」
「うむ、そのポーションが厄介でな」
「ご多忙なのは承知しておりますが、考える時間が多くてもよくありません、剣でも振るわれては」
「……そうしよう」
「ではヴァンドール殿も、脈をとらせてくだされ。お顔色が良すぎますぞ」
「私もか?顔色が良くても脈を取るのか」
「当たり前にございます」
私は腕を差し出した。幼い頃はジュリアスも私も無鉄砲で、侍従達に追いかけられ捕まってからが脈診で大変だった。
ヒデオンが、脈をとりながら目を見張って私を見る。
「あのポーションを飲まれましたか」
「十日間飲んだ」
「その前に、治癒魔法も、どなたが」
「……わかるのか」
「はい、まるでマルイ様の再来、いやそれよりも完璧な治癒です」
「「マルイだと!」」
ジュリアスと私は同時に立ち上がった。
驚いた、ここでまたマルイの名前が。
「いや言っても詮無いこと、何処に居られることやら」
「マルイとは前治癒院長か」
ジュリアスと私はヒデオンに詰め寄る。
「そうですが、殿下もヴァンドール殿もどうされた」
「ヒデオン、聞きたい事が山積みだ」
ジュリアスが眉間に皺を寄せている。
「殿下、ヴァンドール殿、こちらも伺いたい事が」
ヒデオンの目が爛々とし研究者の目になってきた。
これは順を追って整理するしかない。
「ヒデオン殿、聞きたい事は答えるゆえ、先にポーションの分析結果を聞きたい」
ヒデオンは、私がもらってきたポーションについて教えてくれた。
質は特級、その中でも状態異常に特化した非常に特殊なポーションである事を説明してくれた。
「つまりヴァンのためにあるようなポーションなのか」
「それに近いですな、しかしポーションだけでは作用しないようになっています」
「どういう意味だ、特級ポーションなら何でも効くはずだろう」
「そこが特殊でした。治癒魔法で状態異常を完治させてから、再発を防ぐためのポーションと言えばいいですかな」
「そんな事ができるのか」
ヒデオンが頷く。
「ヴァンドール殿は、黄金の風魔法の副作用が年々蓄積し、なかなか治癒しなかった。その上にこの二年三か月はダークミストが体内を流れ、更に悪化する酷い状態でした。それが今は完治されておられる」
私の身に何が起きている。
「今何と、ダークミストが、しかも二年以上も?」
「そうです」
「ダークミストなど、私は吸い込んだ事もなければ、触れた事もない。その前に全て焼き尽くしている。それは討伐後の帰還直後からか」
「いえ、帰還直後はいつもの焦がしから起きる爛れだけでした。なぜか数日後にはダークミストが発現しておったのです」
「私の血液を調べた事があったな」
「二年前の討伐帰還後、しばらくして吐血されましたからな」
「そこにダークミストが?」
ヒデオンが苦々しく頷く。
確かに自分でもどこがどう具合が悪いのかわからないほど、苦痛に耐えて討伐に行っていた。いつからなんて考えた事がなかった。
「ヒデオン、何回も尋ねるが、この二年が酷かったのか」
「そうです。間違いございません。その頃からポーションの内容を変え、帰還後、お渡ししていたポーションで少し落ち着かれていた。その数日後に、突然悪化されてしまう。その繰り返しでしたぞ」
そんなに酷かったのか。
しかし冷静に振り返れば、苦痛以外のなにものでもなかった。
ダークミストに触れたり吸い込んだりすると、人も動植物も、一瞬のうちに絶命する。数日後に悪化するなど聞いた事がない。
そしてヒデオンが、何回も二年三か月と言う。
思い当たることは一つしかない。
その少し前、私は王命で婚約していた。
婚約後は、治癒院から筆頭治癒師のアデリーヌ・バルトランザ嬢が討伐後に来ては、治癒魔法をかけていた。効いて楽になったと思ったことは一度も無かった。
まさか、あの女、私の身体に何をした!
それまでは、討伐後にいつもジュリアスに報告に来た際に、ジュリアスがヒデオンを呼んだり、ヒデオンのポーションを準備してくれていた。
その後、少しずつマシになっていくのがいつもの経過だった。
しかし、
私はジュリアスの顔を見る。
「ジュリアス、ヒデオン殿のポーションは幼い頃から飲んできた。この二年三か月で新しくなった事と言えば」
「……ヴァン、まさか」
ジュリアスが首を横に振っている。
「憶測にすぎんが」
憶測か?
ちょっと待て。
あのクレサールの若い治癒師は何と言った。
『お馬さんのポーション〜』
それはいい、治療中に何か言っていたのは、
『瘴気と古い光魔力を昇華、大変言いにくいのですが、内臓の周りが何かの魔法の影響で爛れて』
「ヒデオン殿、治癒師は身体の中の爛れがわかるのか」
「特級治癒師なら、手を当てるだけで見透かすように見えると」
「ヴァン、心あたりがあるのか」
「瘴気と古い光魔力を昇華、そして、内臓の周りが何かの魔法の影響で爛れていると、言っていた」
「それは、馬のポーションの?」
私はジュリアスに頷いてからヒデオンを見つめる。
「まさしく、身体の中の瘴気を昇華できるのは特級治癒師のみ。爛れが黄金の風の副作用だけではなく、悪化させる魔法が使われていたのなら、それも除去できます。ああ、それで、あのポーションだったのですな」
ヒデオンが白い髭を触りながら頷いている。
「ヒデオン、今、王国内にそんな事ができる、治癒師がいるのか」
「陛下の専属であるビダル殿は、最後の特級治癒師と言われています。王立治癒院にはもういないでしょう」
「もういない?」
「前任のマルイ治癒院長がそうでした。しかし十一年ほど前の冬に、突然解任され行方不明に。
そしてバルトランザ侯爵が治癒院長に就任されました。王国始まって以来の、治癒師ではない方が院長になられ、我々も驚いたものです」
「それは我々も気になっていたのだが」
ヒデオンが大きく頷いた。
「そしてマルイ様が解任されて以降、新たに特級と認定された治癒師は一人もおりません」
この国には比較的多くの治癒師が生まれて、数年に一人は特級治癒師が現れてきた。なのに一人もいないだと。
それに、十一年前?
あれは、私が十歳になり、突然、黄金の風が顕現した年だった。
夏に避暑で訪れていた公爵家の別荘に、黒い霧が立ち込めた。
肌を刺すような痛みで、ジュリアスと兄上と私は逃げたが、黒い霧はついて来た。
私は咄嗟に「あっちへ行け!醜い霧め!」と叫ぶと、黄金の風が吹いて、一瞬で黒い霧は消滅した。
あれが魔術師団に入るきっかけにもなった。
ジュリアスに同行していたヒデオンもそれを目にしていた。
そして王都に戻った後、その冬に治癒院長が代わったのか。
「ジュリアス、ヒデオン、何が起きている」
「こっちが聞きたいくらいだ、ヴァン」
何かが起きている、でも何故。
「殿下、ヴァンドール殿、一つずつ確認をとっていきましょう」
「確認?」
「私の立場で知り得ることはお話ししましょう。それとヴァンドール殿を治した治癒魔法は本物です。その治癒師の保護は必須。しかし、表立って動いてはなりません」
「わかった。討伐後に私の体内にダークミストが入る理由を調べればいい、幸いヒデオン殿は特級薬師で、色々な分析ができる方だ」
今のこの体調であれば何も怖くない。
「ヴァン、まさか囮になるのか」
「今更なにを。二年以上も、あれに治癒されていた?のだから。それに、クレサールに希望があるではないか」
「確かに、希望が一つ現れたな」
私達は、これからの行動と手順を相談し始めた。




