白百合の2 クレサール家の秘密の花園
◇
クレサール子爵領、クレサール家の隠された花園。
星が瞬く夜、今日は新月。
真っ暗なのに星がたくさん出ているから、白百合も蘭も銀色に輝いて見える。
私は今、お花畑の百合と蘭から、特製ポーションの原料になる新月の夜露を採取している。
お馬さん、お馬さん、翼があれば飛べるのにね。
私は愛馬ガブリエルに話しかけながら花畑の中を進む。
ガブリエルがフフンと首を振っている。
そうあなたは飛べるの?
フンフン、今度は縦に振ってる。
本当に飛べるのよね〜。
フンフン。
ここの花は幻覚作用があるのかしらねえ。
そんなはずはないわ。薬効はすこぶる高いけれど。
れっきとしたポーションの原料なのですから。
ガブリエルが、鼻を花に近づけている。
食べたいの?
フンフン。
いいわよ。と言った途端に蘭の花ごとむしゃむしゃしている。
この子はにんじんより蘭が好き。
「お嬢様ー、ペルラ様ー」
家令のセバスチャンの声が聞こえる。
わたしが返事をする前に、ガブリエルが嘶く。
ふふっ。
新月の夜は天が近く感じる。手を伸ばせば星に触れられそう。
「セバスチャン、ここよ」
「お嬢様、旦那さまがお呼びでございます」
私はガブリエルの鞍のバッグに採取した夜露の瓶をしまう。
「ガブリエル、新月のお散歩は終わりね、屋敷に戻りましょう」
ぶるぶるっ。
ガブリエルによっこらしょと乗って、セバスチャンの方へ向かった。
◇
クレサール子爵家、当主の執務室
セバスチャンが扉をノックするとすぐにお父様の声が聞こえた。
私が部屋に入ると、お父様が人払いをなさった。珍しいわね。
「お父様、こんな遅くにどうなさったのですか」
「ララ、新月の日に済まないな」
「いえ、収穫はほとんど終わったので、ガブリエルとお散歩しておりましたので、お気遣いなく」
お父様は腕を組んだまま私を見る。
「市中で変わった事はないか」
「ええ、特には。先日のブロケット領のダークミスト討伐で、領内への避難者が百名ほどおりましたが、マルイ治癒所で対応できました」
「そうか、では避難民は全員避難所へ移ったのだな」
「ええ、お兄様が采配を」
お父様は頷きながらも、まだ顔を顰めていらっしゃるわ。
「お父様、まだ何かお悩みが」
「うむ、パルセルから連絡があった」
パルセル先生はマルイ先生の弟子で、騎士家出身の治癒師。
今は全国を回ってクレサールのポーションを売り歩いてるけれど、本当は状態異常が治せる先生なの。
パルセル先生はお元気かしらと考えていたら、お父様が驚くような事をおっしゃって我に返った。
「討伐に随行した治癒師が、全滅したと報告があった」
「ええっ」
何ですって、治癒師の先生方が、亡くなった?
あまりの事で、背筋がゾクっとする。
「全滅って、王都の治癒師様は優秀だと聞いていました」
「そうでもないらしい」
「でもなぜ」
「とにかく気をつけなさい、ダークミストを見たらすぐさま結界を張って逃げなさい、いいね」
「承知いたしました」
私はお父様の執務室を辞そうとして、思い出した。
「あ!」
「どうしたペルラ」
「討伐が終わった翌日、治癒所に、貴族らしい患者さんが。内臓に酷い状態異常を起こしていて、マルイ先生が診て、私が担当したのですが、それが」
「……また治せなかったのか」
「いえ、治癒できました」
お父様が執務机から身を乗り出してらっしゃる。
「そんなに驚かなくても、完全治癒が初めてできました」
「その患者は?」
「そのあと、すぐに出立されました。口外無用とお願いしたら、お約束してくださいましたわ」
「どんな御仁だったのだ、貴族だと」
「ええ、物腰が貴族でしたわ、それとお馬さんが立派で」
お父様が豪快に笑ってらっしゃる。
「ははっ!お前は、お馬さん?が好きだからな」
「ふふっ、私のポーションも飲んでくれました、蒼金の瞳」
「馬が蒼金の瞳?」
「いえ、患者さんが。お馬さんは珍しく濃紺の毛並みでしたわ」
「蒼金……」
お父様が何やら考え始められたので、私はお部屋を辞した。
そう、深い蒼に金色が混じった瞳。今日の新月の夜のような瞳だったわ。お元気になってらっしゃるといいのだけれど。




