蒼金の2 行方不明の治癒師たち
◇王立魔術師団・団長執務室
「団長殿、何かあったのですか」
副団長のアルタスがおもむろに聞いてくる。
「何だ、何かあったのか」
「俺じゃなくて団長です。このところ団長殿の顔色が良いと思いまして。久しぶりに顔色がいいです」
「そうか、確かにそう言われればそうかもしれぬ」
クレサールのあの治癒師のポーションを飲んですこぶる体調がいい。
「では、細かい資料とか渡しても見てもらえますね」
「いつもどんな時でも見ているはずだが」
「まあ、そうなんですが、今回のはちょっと」
アルタスが分厚い書類の束を抱えている。
「それは?」
「ちょっと気になって」
「何だ」
「実は、治癒師の選別で治癒院へ行ったのですか、治癒院から渡された治癒師名簿がおかしいんです」
アルタスの報告は、まさに、ジュリアス殿下と私が調べようとしていたことだった。
「これが、魔術師団で持っている治癒師名簿、こっちが、現王立治癒院の治癒師名簿、一昨日もらってきたので最新のものです。人数が合わない」
「ここ最近の討伐で亡くなった治癒師の数ではないのか」
アルタスは数冊の治癒師名簿を並べて、広げてみせる。
「それは殉職者として載っています。過去在籍していた治癒師の名前が消えているんですよ」
「退職者では」
「退職者、地方へ移住した者、すべて統括するのが王立治癒院の仕事です」
「いつからおかしい」
「……」
アルタスが口籠るとは、余程言いにくい事なのか。
「どうした、構わぬ、言ってみよ」
「……それが、バルトランザ殿が治癒院長に就任された時期から」
バルトランザ侯爵は、私の婚約者アデリーヌ・バルトランザの父親。王立治癒院の院長は、治癒師に関する全ての権限を持つ。
「ちょっと待て、バルトランザ侯爵の就任時から、と言ったな」
「団長、怒らないでくださいよ」
「怒ってはいない。お前がそこまで明確に言うなら、理由があるのだろう」
アルタスが私の顔色を見ながら説明を始める。
「ここには魔術師団が創立されてから、治癒師名簿があるのはご存知ですよね」
「建国以来ある古いものは、王立図書館人事記録の禁書庫に移されているが。治癒院と同じものがあるはずだ」
「それが前任の治癒院長までは同じ名簿だったのですが」
「バルトランザ就任から違うんだな」
アルタスが頷く。
「前任の治癒院長は誰だったんだ」
「団長も私もバルトランザ殿が就任されてから昇格したので、前任者と面識がなかったのですが、マルイ院長と言う方で」
「マルイ?」
「ええ、現在のクレサール子爵の遠縁でマルイ伯爵家の御息女でしたが、治癒院長になられた時には伯爵家の後継がおらず、爵位を返上され、治癒院に身を捧げた立派な方らしく」
まさかクレサールのあの小さな治癒所。
「今はどこに?」
「行方不明です。新しい名簿には載っていません。治癒師は王命で召喚される場合があるので、引退後も必ず名簿には載ります」
「行方不明なのはマルイ前院長だけか?」
「いえ、十二名、それも状態異常の治癒ができる者ばかりでした」
十二名、いくつかの国を守れる人数ではないか。
自分で苛々してくるのがわかる。
「あの、更に」
「なんだ、まだあるのか」
「……特級ポーションを作れる者も十三名不明です」
「は?」
貴重な治癒師が二十五名も消息がわからない、そんな事があるのか。
確かに今は治癒師氷河期と言われる時代だ。その上、ダークミスト討伐でも何人もの治癒師を失っている。
「それで、アデリーヌは状態異常を治せないのに、筆頭治癒師なのか」
「団長、こんな事言いたくないですが、政治的な何かがあるとしたら」
「アルタス、この話は誰かにしたか」
「いえ、団長だけです」
「バルトランザ院長は、魔術師団に過去の治癒師名簿がある事は?」
「言っていませんし、知らないはずです、私が知る限り、向こうからここに来た事は一度もありません」
「アルタス、よくやった。うちにある治癒師名簿を全て、遠征用のマジックバッグに入れてくれ、王太子殿下のところに行ってくる」
アルタスが治癒師名簿をマジックバックに入れ始める。
「アルタス、これは内密に調べてほしい。消えた治癒師の実家や親戚筋を辿って生存を確かめてくれ。前院長とクレサールは気になる事があるので、私の方で調べる。くれぐれもバルトランザ侯爵に知られぬよう、最善の注意を払ってくれ」
「承知しました」
◇
王太子執務室
ジュリアスはすでに人払いをしていた。
挨拶もそこそこに、執務室内に防音魔法の結界を張る。
私はアルタスが調べた事を、ジュリアスに説明する。
「まさか」
「私もさっと目を通したが、明らかに、名簿が欠損しているというか、新しく作り直されている」
「その時抜け落ちた可能性は?」
「状態異常を治せる国宝級の治癒師の名前だけが抜け落ちたと?たとえ閉じ込めて確保しても放逐はしない。ポーションも然り。特級ポーションを作れるものは国内外を問わず、抱え込みたい人材だ。だから名簿が脈々と受け継がれてきた」
「では、この二十五名はどこに」
ジュリアスが怪訝そうな顔をする。私は首を横に振り、ふと頭によぎった事を口にする。
「ジュリアス、一つ聞きたいのだが、なぜ、バルトランザ侯爵が治癒院長になれたのだ?彼は治癒師ではないだろう」
「それは私も成人してから不思議に思ったのだ。王国の歴史でも王立魔術師団と王立治癒院は、その能力がないと、任につけないはず」
「もしこの消えた二十五名の中に、私達に近い年齢の令嬢がいたら、お前はどうしていた」
もう一つの不確かな疑問をついで投げてみる。
「まさかヴァン、そんなこと」
「私は婚約者なんて誰でもいいとお前に行った事がある。結局はお前をはじめ私のように王位継承権がある者は、王命で婚姻を結ぶことになる。お前が私の身体を心配し、筆頭治癒師を専有できるようにあてがっただけだ」
「しかし、アデリーヌは状態異常を治せない」
「もし、今も消えた者が存在していたら」
「婚約する必要はなかった可能性が出てくる」
ジュリアスが思案顔になる。
私は頷き、ずっと気になっていた事を伝える。
「クレサールでたまたま診てもらった治癒所は、クレサール直営のマルイ治癒所だ。最初に見てくれたのは年配の女性だった」
「マルイって。まさか、お前の身のうちの爛れを治してくれたのか」
「私の状態異常を治したのは、若い女性だった」
「え?あの馬のポーションの」
「そうだ」
互いに顔を見合わせ、ジュリアスは何とも嫌そうな顔をし、私は数日前のあの清々しい治癒魔法を思い出す。
「マルイ……まだ何とも言えないが、前任の治癒院長の可能性は高いな」
「もう一度クレサールに行くつもりではいるが、軽々しく動くのはまずい気がしてな。内密でアルタスに行方不明者を探させてる」
「何が起きてる。行方不明者も出身領地と名があれば、こちらで貴族台帳と照合させよう。しかしバルトランザの狙いが公爵家と縁を持ちたかったとしてそれだけで大量の治癒師を追い出すなんて」
「そこまでバルトランザ侯爵が短絡的とは思えないのだ」
また互いで顔を見合わせ沈黙する。何かがおかしい。
コンコン。
「なんだ」
「王太子殿下、専属薬師殿がお見えです」
「通せ」
ジュリアスが私を見る。
「ポーションの結果が出たようだ」




