蒼金の1 謎の治癒師
『お馬さんのポーション……ここ痛みませんか…… 身を焦がし吹き荒れる黄金の風よ、この者を癒したもう』
柔らかな薄紫の光を感じながら意識が浮上する。
……ん……夢だったか。
菫色の瞳、透き通るような煌めくプラチナブロンド、可憐で美しい女性だった。
いや待て、私が女の夢を見るとは、ありえない。
そもそも,あの治癒師の瞳は何色だった?
それよりも、あの治癒魔法。
あの治療で、ここ一年ほどずっと続いていた痛みが嘘のように消えた。今も痛みはない。
昨日の事を反芻してみる。
ブロケット領のダークミスト殲滅では、黄金の風を使うしかなかった。
その後の身の内を焦がした痛みは、これまで以上の苦痛に襲われた。
手持ちのポーションも効かず、師団はアルタスに任せて、ポーションを求めて隣接するクレサール領に立ち寄った。
手練れに見えた冒険者にポーション屋の場所を尋ねたら、あのビラをもらった。
近くにいた治癒師の白いローブを見つけ、声をかけた時には、もう意識が落ちかけていた。
あんな激痛は初めてだった。
しかし、気がついた時には、かなり楽になっていた。
この一年中で最も楽だと言ってもいい。
それでも、まだ途中だと言ったのだ、あの治癒師は。
そのあとの治癒魔法は、清々しく身体中をかけ抜けた。
ありえない。
そして、夜通し休みなく、愛馬ラファールは王都まで駆け続けて帰還した。
『お馬さんのポーションです』
何を抜かしているのかと思ったが、絶対に人馴れせぬラファールが、あの娘の手ずからポーションを飲みおって。
やはり怪しいポーションか、成分を調べさせねば。
それに私も王都まで体力が、かろうじて持ちこたえられたのだ。
湯あみもそこそこに、もらったポーションを飲んで寝台に倒れ込んだ。
いつもなら、黄金の風を使った翌日は起き上がれない。
しかし、目覚めは心地よく、清々しい。
身体が軽い。
なんなんだあれは。
◇
王太子執務室前の騎士は、私を見ると中に声をかけた。
「ヴァンドール・ド・グラサージュ王立魔術師団・師団長殿がお見えです」
「通せ」
扉の奥から王太子ジュリアスの声が聞こえた。
扉を入って跪き、型通りの挨拶を交わす。
「ジュリアス王太子殿下にご挨拶を。ヴァンドール・ド・グラサージュ、ブロケット領魔物討伐及びダークミスト殲滅のご報告に参りました」
「ご苦労であった」
そして顔を上げて目が合った瞬間、ジュリアスは瞠目し人払いをした。
「どうしたのだ、ヴァンドール」
「どうしたとは、こちらが聞きたい、人払いする内容ではないだろう」
「お前だ、ヴァン、何があった?」
「何がって、討伐と」
「違う、顔色がいい。この一年ほどずっと顔色が悪かった、討伐が多かったのはわかってはいた。だがダークミストの殲滅はお前にしかできない、だからいつか倒れるのではと」
ジュリアスが私の体調に気がついたのか。
「ジュリアス、わかるのか」
「わかる。だから聞いている、何があったのだ?昨夕、アルタス副師団長が帰還し、詳細な報告は聞いた。ヴァンの帰還が遅れると聞いて心配していたのだ。いつ帰った」
「ジュリアス、少し落ちつけ」
「落ち着けるか。お前が元気になっている」
私はクレサール領であった事を話した。
「お前を治癒したのはクレサールの治癒師?」
「そうだ」
「婚約者ではないのか」
「あれは、なぜかほとんど効いてない」
「しかし、筆頭治癒師だ。ヴァンの治癒優先で、アデリーヌ・バルトランザ侯爵令嬢との縁組を整えたが」
「……」
「なぜ、もっと早く言わなかった」
「筆頭治癒師で効かないのに、何を言えと」
「すまぬ、しかし、黄金の風の副作用は放っておけぬ」
「ああ、だから各地の討伐の際に、ポーションや治癒師を探していた」
「それで、見つけたのか」
「クレサールのポーションは有名だが、以前も試した事はあったのだ。だから見つけた、とは言えない」
「成分は」
「その治癒師が作ったもので、数が少ないから口外無用と」
「でもラファールも飲んだのだろう」
「馬用と言っていた」
「……ポーションを調べてもいいか」
「構わぬ、それを頼みたかった」
「王家専属の薬師に調べさせる」
私は治癒師からもらったポーションの一部をジュリアスに渡した。
「ヴァン、それから、クレサールにいる治癒師は治癒院から派遣されていた者か?」
「いや、そこがわからぬ、クレサール子爵家直営と言っていたが」
「……」
ジュリアスが黙り込んだ。
「どうしたジュリアス」
「実は、ヴァンの婚約者探しの時に、治癒院を調べたのだが、バルトランザ侯爵が王立治癒院の院長に就任してからの経緯や書類があまりないのだ、代替りとしか」
「その中で筆頭治癒師が、私の婚約者か」
「そうだ。それにここ最近の治癒師が討伐で命を落としている事や、状態異常を回復できる治癒師が、王立治癒院には存在しないのもおかしい」
「婚約者も状態異常は治せない」
「どういう事だ」
「内臓の爛れを治せていない」
「しかし、バルトランザ侯爵はアデリーヌが最強治癒師だと」
「……」
「……」
「これは調べた方が良さそうだな」
どちらともなく、口をついて出た。
「……しばらくは内密だな」
ジュリアスと目を合わせ、私は執務室を辞した。
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