白百合の9 公爵邸の白百合
◇
王都クレサール邸
「三回踊ったのに、気がついてなかった?」
「だって、ずっとヴァン様とお話ししていたので」
「ララ!おまえは、団長の事をヴァン様呼びを?」
お兄様の剣幕がすごい。
「だって、治療の時も」
「治療?治療ってなんだ!」
「クレサールまで治療に通っておられるの」
「魔術師団長殿が?」
「そうよ。治療の事は詳しくは言えないけれど、私が担当で」
オルキスお兄様が頭を抱えている。
どうしよう三回も踊るなんて。
「お兄様、三回踊ると……」
「普通は婚約者とみなすから、他の男は求婚できない」
「どうしよう」
「問題はそこじゃない、団長殿には、婚約者がいる」
「そんな、なぜ?」
「こっちが聞きたい」
「ふたりとも声が大きい」
振り向くとサロンの入り口にはお父様が。
「おかえりなさいませ、お父様」
かなり遅いお帰りだった。グラサージュ公爵に呼ばれていたと話してくださった。
それで、お母様は?
お父様に訊ねると、王妃陛下に呼ばれ、今夜は王宮泊まりらしい。
「それよりララ、グラサージュ公爵から呼び出しがあった。明日には迎えが来るから公爵家へ伺う、お前も一緒だ」
「お父様、申し訳ありません。私、三曲も踊っていたなんて」
お父様が手で制する。
「あれは、ヴァンドール殿の結界魔術だ。中にいる者はわからない。オルキスは気がつかなかったのか」
「結界はわかっておりましたが、ララは気がついていたと」
「それと、王妃陛下の首飾りの件は、ララは知らないだろう」
「これですか?」
私は先ほど、いただいた首飾りに触れる。
透明だった首飾りの石は、蒼く金を帯びている。
お父様が大きなため息をついた。
「それは、王族の婚約者候補に渡す王家の守りが入った首飾りだ」
「はい?」
今なんて?
「現在、未婚の王族筆頭は王太子殿下。つまり今夜のデビュタントで、王太子妃候補に渡されるもので、その令嬢達への求婚禁止令と同等。今夜は三名に渡された」
つまり王太子殿下とのダンスが三人の予定で、家格が下位の私は最後だった。
にもかかわらず、ヴァン様は私と三曲踊った。確かに未婚の王族だけど、でもヴァン様には婚約者がいた。
やっと、事の次第を理解した私は絶句した。
なんでこんなことになったの?
「……お父様、私どうすれば」
「実際に、三曲目に婚約者のアデリーヌ・バルトランザ侯爵令嬢が異議を申し立てるべくヴァンドール殿に近づいて結界に弾かれた」
かなりの興奮状態で、近衛騎士数名が同行し馬車へ乗せて送り返したらしい。
気が付かなかった。
「グラサージュ公爵家にも、算段があってのことだろう。陛下も王妃様もお止めにならなかった。うちはこれ以上は騒がず、公爵家の指示に従うしかない」
確かに、公爵家令息が起こした事を王家が止めないって、一体何が起こったの?ぐぬぬ、だわ。
「オルキス。すまぬが、パルセルを連れて急ぎ領へ戻れ!マルイ殿や他の治癒師を連れて、クレサールの結界地域に入れ」
「……父上、それは」
「今は何とも言えぬ、しかし、グラサージュ公爵家から私設騎士団が付き添うと言われた。もうすぐ到着する。疲れているだろうがすぐに出立しなさい。バイオレットも王妃陛下のお側過ごすことになった。私たちのことは案ずるな。子爵領と皆を頼む」
「では」
お兄様はすぐに帰領するため、パルセル先生を呼びにサロンを出て行かれた。
「お父様ごめんなさい。私の軽率な行動で」
「ララ、おまえは何も悪くない。以前に、お前が貴族の治療をして、治癒したと言っていたことがあっただろう。ヴァンドール殿ではないかと思っていた。それに、その首飾りには、この国で解ける者はいない守りの結界魔術を、ヴァンドール殿がダンスの最中にかけている。お前を守るためだ」
「なぜ、私が」
「ララ、お前は特級治癒師なのだよ」
「え?だって、試験に落ちました」
「そう、左側だったからな」
そう、あの日。左側に並んだ女の子は、みんなは落ちたわ。
「今は自分の身を守る事を考えなさい」
守るって言っても、ガブリエルに乗って逃げるくらい?
「それとララ、一つ聞いておきたい。ヴァンドール殿のことは嫌ではないのだな」
「……あの方は、特別です。先日の黄金の満月の夜、あの花畑にいらしたのです。お馬さんに乗って」
お父様が瞠目なさった。
「まさか、あの結界を?」
「ええ、お馬さんに乗って」
「……わかった。そういうことだったか」
何がそういうことか、よくわからないけれど。
その後、間も無くグラサージュ公爵家から私設騎士団が来て、お兄様とパルセル先生はクレサールへの帰途につかれた。
今夜はわからないことだらけで、疲れていた。
ぐったりして、うとうとと眠ったところ、明け方に叩き起こされた。
「ペルラお嬢様、旦那様がお呼びです。すぐに出かけると」
「お父様が?」
急いで寝着のまま部屋の扉を開けると、ヴァンドール様がおられた。
「……あ」
この格好はまずい。ガウンを。
「眠っていたところ悪い。しかし一刻も早く安全な公爵邸へ移って欲しい」
何故か聞く暇もまく、ヴァン様は魔術師のローブを脱ぎ、私をすっぽり包んで抱える。
いやいや、ちょっと待って、待ってー。歩きます。
自分で歩けます。
「ララ、急ぐ、じっとしているように」
なんだかローブの中は温かく、とても良い香りがする。
そう、ジュニパーベリーの匂いがする。
何でだろう、懐かしい匂い。
ローブの中から目だけ出してもらって、エントランスに移動する。
お父様が、太陽と風の紋章がついた公爵家の馬車に乗るのが見えた。
同じ紋章がついた騎士服を着ている人が騎馬で整列している。
馬車寄せには、ラファールとガブリエルが翼を広げていた。
ヴァン様は、私を抱えたままラファールに飛び乗る。
え?
私、ガブリエルに乗ります。
「ガブリエル、私について来い!」
「キイーーン」
嘘、ガブちゃん、ヴァン様のいう事を聞いてる。
主は私よ、何で?
「私は先に公爵邸に戻る。クレサール子爵殿を護衛し、できるだけ早急に帰還せよ」
「はっ!」
騎士の皆様が応える。そしてヴァン様と私は、たぶん、ラファールで飛んだ。
ガブちゃんの声も聞こえる。
そしてあっという間にグラサージュ公爵邸へ到着した。
何?これ?
お城?
至る所に、白百合が咲き乱れていた。




