白百合の8 デビュタントで三曲続けて踊ったようです
◇
大舞踏会。デビュタントのダンス。
謎の魔術師様が、なぜここに?
ヴァン様が一歩踏み出す。
そして私に手を差し出した。
「クレサールの妖精、デビュタントの祝いに一曲、お相手願えるか」
え?
ええっ?
一曲目ってお兄様と踊るはずでは?でも王族の誘いは断れない。
「いや、ヴァンドール待て、彼女は王妃陛下の首飾りを」
「ジュリアス、他にも王妃陛下の首飾りの令嬢はいただろう。高位貴族の相手が殿下のお役目では?」
「しかし、ヴァンドールにはアデ……」
「ジュリアス殿下、王太子殿下の務めを!オルキス、妹御をお借りしても?」
「はい、団長殿。ペルラ、魔術師団長殿のお誘い、お受けしなさい」
魔術師団長って聞こえたけれど。この方は。
私は首肯してヴァン様の手を取った。
互いに礼をしてダンスの開始。
ヴァン様の手が腰に回る。
ドクン!えっ、また?
困惑している間に、そっと手を取られて一歩を踏み出す。
とてもあの治療をした方とは思えない完璧な滑り出し。
「ララ、で間違いないか」
「はっはい、ペルラで、ララです」
「そうであったか。ではクレサールの御息女で間違いないな」
「はっ、はい」
「だから、ラファールの事を覚えていたのか」
「?」
「十年前に治癒師試験の日、ラファール飴を食わせた」
「……あ、あの時の、蒼い瞳の男の子、がヴァン様?」
ヴァン様が頷いて、笑顔から真顔になる
「あの時から、ラファールには翼が?飛べると言っていた」
「はっ、はい。ありました」
「あの時、ラファールに食わせたのは、例のポーションか」
「はい蘭の雫の飴玉で」
「そうか」
そこでターン。
質問責めで足がもつれそうになる前に、ヴァン様のリードが素早く、流れるように踊っていける。
「あの、ヴァンドール様」
「ペルラ嬢、いや、ララと呼んでも?」
「は、はい。あのヴァンドールさま」
「ヴァンでいい」
「でも、あのヴァン様って、王族でしょうか」
「まあ、たまたまだ」
いや、たまたまって、王族は王族でしょう?
「名乗るのが遅くなった。ヴァンドール・ド・グラサージュだ」
「グ、グラサージュ公爵家の?」
「次男だ」
それは知っている。名前は貴族年鑑で覚えた。
ただ、この方がグラサージュ卿だったなんて、知らなかった。
それに王族には、優秀な治癒師がついているはずよ。
「なぜララの治療を受けに行ったかと?」
「ええ、王都には王立治癒院があるのに」
「効かぬ、私の身体を知っているだろう?」
確かに、瀕死に近いと言っても嘘じゃなかったけれど。
「あの症状を治せる方は、王立治癒院には?」
「いない。貴方が初めてだ。で、今の私は?」
ヴァン様が、腰を引き寄せ手をぎゅうっと握った。
なんだか、周りできゃあきゃあと甲高い声が聞こえる。
「とてもお元気です。再発はありません。あの」
「なんだ」
「もう少し離れても、お身体の様子はわかるので」
「ダンスのついでだ。舞踏会のダンスは初めてか」
「は、は、初めてです。練習はお兄様が」
「オルキスとしか踊った事がないのか」
「はっ、はい」
「それは、上々」
ヴァン様が笑う。この方、良く笑うのよ。
「え?何が上々なのでしょうか」
「ララのファーストダンスの相手ができて、上々」
「あ、ありがとうございます」
吸い込まれそうな笑顔で、とんでもない事を仰った。
「君は、裸を見た男とファーストダンスをしている」
ええっ?ちょっと待って、顔が熱くなってきた。
裸って、死にかけてたのを治療しただけです。
ヴァン様が更に私を引き寄せるから、顔が胸元に近い。
もう周りが見えない。
周りも騒がしいから、皆様も大変なのね?
「っ!そ、っそれは」
「いつも治療では服を脱がせるのか、ララ」
その言い方は、ヴァン様、誤解を招きます。
「そんな事しません、ヴァン様の治療は特別です。ピュアソウルを使う時だけ」
「ピュアソウル?」
「ええ、マルイ先生が、ピュアソウルと仰っていて」
「では、あの治療法は、私だけか?」
「はい、神に誓って。治療できる方が限られるそうです」
ヴァン様が私を少し引き上げる。
背伸びするけど足がつかない。
そして少し屈んで耳元で仰った。
「私の背中の痣を知っているのも貴方だけだ、ララ」
「っ!」
なになに、ダンスって、こんなに密着するの?お兄様はこんな踊り方してなかったわ。
だんだん周りが騒々しくなってきているわ。
それにしても、デビュタントのダンスって、こんな長かったかしら?
「ダンスの最中に考え事か」
「いっ、いえ。ただデビュタントのダンスって長いのですね」
「いや、こんなものだ。疲れたか?」
「いえ、大丈夫です」
「日頃、治療所で仕事をしているから、体幹もしっかりしている。好ましいぞ。まあ、あの馬で飛んでいるのだろうから体力もあるだろう」
ヴァン様が笑う。
「もう、お笑いにならないでください、ヴァン様はお元気だと意地悪です」
「貴方のおかげだ。あのポーションで、ダークミストは防げている」
「無くなる頃にお屋敷へお送りしましょうか」
「いや、お馬さん?で、こちらから逢いに行く」
「では、お待ちしています」
来てくれるなら安心。
そしてヴァン様が、先ほど王妃様から頂いた首飾りをそっと撫でる。
「伯母上は、この首飾りをなんと言ってくださった?聞いても?」
「成人前からクレサールの治癒所で、治癒の仕事をしていたのでそのご褒美のようです」
「そうであったか、では私からも祝いを。この石に魔除けを付与しよう」
もう一度、私の首筋をさらっと撫でると、首飾りの石が蒼く光って金粉が溢れる。
なんて綺麗。
また舞踏会場が、騒がしい。きゃあきゃあと声が飛び交っている。
「これは王家からの下賜品、肌身離さず、身につけると良い。そのため細く華奢に作られている、良いな」
「はい、大切にいたします」
少し距離が離れる。
「まあ、外したくても外れないが」
「えっ?」
周りの騒がしさで聞こえない。
「いや、なんでもない」
もうすぐダンスが終わりそう。
「ララ、楽しいひとときに感謝する。貴方の相手を務められて、私は果報者だ」
「わたくしこそ、ありがとうございました。成人の儀を無事に終えられました」
「無事に、な」
ヴァン様がまた笑う。何かおかしいかしら?
「このあとは、オルキスから離れずに、子爵の元へ戻りなさい」
「え?でも、まだダンスが」
ダンスは三回くらい踊るんだっけ?
「いや、王族と踊ったあとは、もう誰とも踊らなくて良い」
「はい、そうします」
そうなんだ。
ダンスが終わる寸前に、ヴァン様が私の髪を一ふさとって口づけた。
「なっ」
「透き通る銀の髪、誰にも触れさせるな、その菫色の瞳に他の男を映すな。貴方にはあの花畑が似合う」
「……はい」
そりゃあそうよ。田舎者だから、もちろん畑へ戻ります。
ダンスが終わって互いに礼をする。
振り向くとお兄様がいらした。
「ララ、大丈夫か」
何が?
「楽しかったです」
「オルキス、この後のことは案ずるな。私が責任を持つ。それより妹を早めに屋敷へ連れ帰れ、近いうちに訪問する」
「はっ、団長殿」
周りでまだきゃあきゃあ騒がしいけど、お兄様に手を取られて、出口に急ぐ。
「お兄様、まだお兄様とのダンスが終わっていません」
「ララ、今日はもう踊れない」
「だって、まだ一曲しか」
「おまえ、気がついてないのか?」
「何を」
お兄様が急ぎ足で、同時に大きなため息をつく。
「ララ、グラサージュ卿と三曲続けて踊ったんだ。とにかく屋敷へ戻ろう」
ええっ?三曲って。舞踏会で三曲って。
絶対にしてはいけないって。家庭教師の先生が。
いや、待って。だって私、一曲しか踊ってない!




