蒼金の4 婚約者アデリーヌの正体
◇
私は今、いや先ほどから、ラファールの背に乗って空を飛んでいる、いや駆けているのか。
昨日昼過ぎに王都を出た。あれからまだ、丸一日は過ぎてはいない。
◇
昨日の王都
婚約者アデリーヌが魔術師団に押しかけて来て、効かない治癒魔法をかけていった。
疑っていた事もあり、アルタスに指示をし、ジュリアスとの手筈通りに治療を受けたのだが、その最中から、吐き気がし、指先が震え意識が落ちた。
目覚めた時には、側にヒデオンがいて、応急処置をしてくれた後だった。
「……ヒデオン、来てくれたのか」
「アルタス殿から連絡をいただき、急ぎ来てみれば、これはかなり酷い」
「ダークミストか」
「間違いありません。治癒を受けた直後から、ダークミストが体内に増えています」
「なぜだ、今までは何とか凌いでいたはず」
「今回は、クレサールで受けた治療で完治し、そして健康体になっておられた。以前はダークミストにダークミストを追加していた状態で身体が悪化に慣れていたのです」
「……やはり、アデリーヌが」
しかし何故、彼女は毒されない。
「つまり、健康体でダークミストを受けると悪化が早いのか」
「そうなります。あのポーションを飲んでいたからこそ、この程度で済んだとも言えるのですが」
「ヒデオンの薬は」
ヒデオンが首を横に振る。
「私の力ではここまで。今からクレサールに向かいなされ」
「そんなに危ないか」
ヒデオンが首肯した。
アルタスに後を任せ、クレサールへと向かったが、どんどん具合が悪くなっていくのがわかった。
たどり着いたのは、黄金の月の光を受けて輝く花畑。
そして彼女に再会した。
ララと言ったか。
すでに意識が朦朧としていた。
ララの手が体に触れた瞬間から、身体の内側から清涼感が溢れるように楽になった記憶しかない。
気がついたら、ラファールに翼が生え空を飛んでいた。
幻覚か?何か怪しい薬か?
しかし、私の身体は更に心地よく魔力も体力も満ちていた。
もう一度眠りについて、次に目覚めたのは朝焼けの時。
体調は万全だった。
花畑で無造作に眠るララを見て安堵が広がる。至る所にたくさんのカゴがあった。一晩中ここの花の夜露を採取したのであろう。
そして手元の籠には、私のために、多くの小瓶が準備されていた。
尋ねたい事は山積みであったが、王都に帰らねば。
金貨と書き置きを残してラファールに飛び乗ると、ラファールは翼を広げて空を駆け、あっという間に王都に帰還した。
◇
王太子ジュリアスの執務室。
人払いをし、開口一番にジュリアスが具合を尋ねる。
「心配したぞ、ヴァン。ヒデオンから聞いた。かなり危険な状態だったのだな」
「もう終わりかと思っていた。クレサールに着いた時は、ほぼ意識がなかった」
そして私はクレサールで起きた事を話した。ラファールに翼が生えたとは言わなかった。
いや、何故か言いたくなかったのだ。
「では、その治癒師の正体は分からずじまいか」
「すまぬ、治療後に眠ってしまった」
「ヴァンの命の方が大事だ、どのみち、また行くのだろう」
「そうしたいが、そうもいかぬ、ジュリアスもそうだろう」
「確かに」
そう、秋の収穫期が済むと、貴族は王都で冬を過ごす。
王家への報告書の提出、会議や式典はもちろんの事、これから社交が本番を迎える。
成人している私もジュリアスも、王族としての役目がついてまわる。
次はいつ行ける。
次も、あのララという治癒師に逢えるのか。
黄金の月光の中で、花々に囲まれ微笑むあの者の姿が浮かぶ。
「……ヴァン、ヴァンドール」
「ん」
「ん、ではない、聞いているのか、何を呆けている」
「呆けてなどおらん、で、何の話だ」
「大舞踏会の話だ」
「ああ、それか。面倒で厄介だが、今の段階でアデリーヌだけを隔離することはできない。予定通り、婚約者としてアデリーヌをエスコートする。だが、うまく引き離してほしい。あれがいては他の社交ができない」
「すまぬ、私が要らぬ縁を押し付けたせいで」
「いや、そこからバルトランザの暗躍が透けて見えかけたのだ、運が良かったとしか言いようがない。で、アルタスの報告は見たか」
「驚いた。特級治癒師が各地に散らばっていた。どうも治癒師たちは組織網を持っているとみえる。まだこの国は持ち直せると確信した」
ジュリアスの口調が強くなる。
「全員生き残っていたが、身の隠し方がかなり巧妙だ」
アルタスがしっかり調べ、十一年前に行方不明になった特級治癒師二十五名を全て見つけ出した。
まあ、これは驚異的な魔力量を誇る魔術師団にしかできない芸当だがな。
「クレサールにいるマルイが鍵の可能性が高いと思うが」
「それは、これから王都での社交界の役目を早々に終えて、取り掛かるとしよう」
とは言ったものの、クレサールへは、ラファールでひと駆けという方法を見つけたのだ。
いつでも逢いに行けるが、やはりその前に、アデリーヌの件を片付けねばなるまい。
それまでは、王都から出られぬか。
しかし、再会は、突然やってきた。




