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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎
狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚

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戦士たち

リオノーラ視点

 アステライトがどう忙しく仕事(?)をこなしているのかは、正直把握しきれない。


 いつだって賑やかな戦士たちの声が聞こえてくるのが気にならないわけではないけれど、完全に行くな、とは言われていないけれど、最初の注意を守って、私は兵士たちが訓練をしたり、軍設備のあるところには、よほどの理由がない限り一人では訪れない。


 そちらの方の軍設備を見たのは、シアンに案内されて城の中を案内してもらった最初だけ。

 貴族女性の目に触れて楽しいものではないだろう、なんて気遣いからもきているんだろう。


 そして、純粋に危ないのも本当だ。

 武器や鎧などの装備、軍馬、その装備。軍行に使う、戦うための色々。

 その一つでも、私がまともに持てるとは思えない重さだ。


 命をかける戦いを左右する物品を、(いくさ)の「い」の字も理解してない女が物珍しげに見て触って、なんて行動を喜んで受け入れる戦士はいまい。


 なにか口を出せるとしたら、兵士たちが使うであろう非常用装備に含まれる薬なんかのことだろうなぁ。


 私は文官たちと、シアンとニビアと一緒に、あちこちへと輸送するための手配の確認なんかに目を通す。


 今日の分の、夫人からやらなくてはいけない内政の仕事はもちろんもう片付けた。

 今この配送の手配の確認が終わったら、あとは文官たちに任せて、次のなにかに取り掛かってもいいだろう。


 城の中の使用人たちの寝具を取り替えるかどうかはまだ検討中だ。

 兵舎程に摩耗はしていなかったし老朽化もしていなかったけれど、羨望の眼差しは抑えきれていない。


 羨望があるからと甘やかして浪費するわけにもいかない。

 なにかいい妥協案はないものか。


 作業を進めながら考えていると。


「奥様!!」


 軍設備のほうから、見覚えのある兵士が私をそう呼びながらやってきた。


 後方に二人部下を連れた、弓兵団長だった。


「ご挨拶いたします。弓兵団長を務めます、イヴ・ラングストンと申します。ウォルフィンリード領内、ラングストン子爵家の次男でございます。ようやく正式に名乗る機会を得られました幸運に感謝いたします」


 イヴは丁寧に、所作の美しい礼を取った。

 きちんと貴族の教育を受けてきたのだなと、その立ち振舞だけで分かる。


「お勤めご苦労様です。先日は忙しい中、私のわがままを聞いてくださいまして、ありがとうございます」

「いえ、あのあとすぐ軍の帰還のための露払いに出立いたしまして、非常に助かりました。奥様にいただいた携帯食の試作品!!」

「それはよかった。……詳しい感想をお聞きしてもいいですか?」

「もちろんです」


 何度か顔を合わせていたけれど、ようやく名前を知れた弓兵団長イヴ。

 アステライトよりは少し年若く、背丈も、体型もしなやかで細身だ。森に生える若木の木肌を思わせる茶色の髪と、曇り空のようなグレイの瞳。人懐っこい笑顔の爽やかな青年。


 彼に、夜に作っていた携帯食の試作品を渡して、意見を求めた。一口サイズのキャラメルナッツだ。


 食べごたえ、腹持ち、持ち運び後の形状、移動した先での食べやすさ、そんなことを聞いていくと、イヴはきちんと答えてくれながらもひどく感心したような声をこぼす。


「軍が用意している携帯食に満足してないわけじゃないですが、まぁ、あれは、慣れで食べているようなものですから。ついでに甘味は多くありません。だから素直に嬉しかったです。つい、若者にあげてしまったり、仲間に渡したりしてしまいました」


 知らぬ間に試作品の試食者が増えていた。


「では、その方たちにもお聞きすれば感想をうかがえるということですね」


 ちょっと恥ずかしいけれど、嬉しく思う。


『勝手に渡したのかとは、咎められないのか……』


 そんなことをイヴが思っていたことなど、もちろん気づかない。


 イヴは穏やかそうな表情でじっと私を見ている。


「他の携帯食より甘いのは分かっていますので、歯磨き、できるだけ忘れずにしてくださいね? ……若者にあげた…、……軍所属の一番若い方は、どれくらいの年齢ですか?」

「は、はい?」


 突然、携帯食とは関係のなさそうなことを聞いたから、イヴが驚いた顔になった。


「……ええと、一番若い兵士は、十七でしょうか? 歩兵隊にいたはずです。我が弓兵隊では、十九が一番若いですね」

「十七……」


 思っていた年齢と違った。

 あの夜食ドロボウの赤い目の少年は、どう見てももっと若い。


「あの、戦士見習いの子たちは? 夜間警備の実地訓練に出るような」


 イヴの顔に明らかな疑問の表情が浮かんだ。


「『戦士見習い』というものは軍に存在しません。『兵士見習い』としてならおりますが、夜間警備に参加させるようなことはありません。彼らは、十二ほどでしょうか? 大体は城下の家から通っておりますが、よほどの理由がない限り、城の兵舎で寝起きはしていません。貴族身分の者は学園に通う者もおりますし、平民でも基本的には城下の学校に行っております。必要な修学をすでに修めた者、特殊な理由があって戦士の誰かから推薦を受けた者、明確な理由がない限り、十五以下の者を兵士として城に受け入れることはありません」


 その説明がたいへん興味深くて、感心する。


「特殊な理由とは?」

「主に孤児になった者でしょうか。近年は英雄様の代からウォルフィンリード当主様のご活躍が目覚ましく、魔物への対処も領民が理解してきたおかげで、一夜にして集落が滅ぼされるなどということはなくなりましたので、それに伴って見習いたちの数も激減したそうです」


 イヴの語り口調で理解する、かつてそんな恐ろしいことが平然と起こっていた事実。

 そしてそれが当たり前だったという認識。

 魔物との戦いがある過酷なウォルフィンリードの常識が確かに垣間見えた。


「孤児院に子どもたちを任せきりにするわけではないのですね?」

「はい。現在、軍に所属する歴戦のジジイども……、……、……戦士たちは、そういったことを味わった者が多くおられるようで…、……どこからともなく見込みのある者を引き取ってきて、戦士として育てると城下のご自分の家に預けて見習いとして彼らをここに通わせたりしています。それでも彼らを『戦士見習い』とは呼びません」


 イヴが口を滑らせた悪態に、軍の中でも色々あるんだなと察した。


「軍は広く兵志望を受け入れておりますので、年若い者から育成する、なんてことに力を入れたりしていません。どんな年齢の者でも、年二回行われる入軍試験とその後の訓練に耐え抜けば、兵士として迎え入れられます。ま、その後も地獄……、いえ、甘いものではありませんけど」


 地獄……?


 今度こそ口を滑らせた、とイヴはさもなんでもないと装ってみせているが、目がちょっと泳いでいる。


 そんな地獄に居続けているイヴ自身の思惑もさることながら、とりあえず突っ込まないでいてあげるほうがいいだろう。


 考えを自分の疑問に戻す。


 イヴのいうとおりなら、あの夜食ドロボウの赤い目の少年は?

 誰か、軍に所属する戦士の引き取り子?


 彼の口から「戦士になる」という言葉が出ていたのだから間違いはないだろうけれど、それにしては年若く、イヴが否定した夜間警備に参加しているという異例さ。


 そこに重点を置いて聞けば、夜間ドロボウさんの正体が分かるかもしれない。


 本当はこんな回りくどいことをしなくても彼に会ったときに直接聞けばいいのだけれど。


「あの」


 尋ねようと口を開いた。

 だけど目の前のイヴは、突然現れた年配の戦士たちにドッと勢いよく両肩を抱かれて、体勢を崩しかけた。


「ぐおっ?!」

「よーお、イヴ。可愛らしいお嬢さんと仲良くなにをしゃべってるんだ?」

「期待の弓兵団長様、楽しそうだな? なんだ? 新しい使用人、にしてはなんだか……」


 野性的な視線が私を捉える。

 その視線に敵意や警戒はないものの、珍しいものを見つけたと言わんばかりに、値踏みしてくる様子。


 イヴに絡みついた、ゴツゴツとした太い戦士の腕たち。

 年季の入った戦士の鎧、その出で立ち、風貌。

 粗野で乱暴そうではあったが、歴戦の戦士であることは一目で分かる。


 イヴやアステライトよりも随分年上で、シアンと比べたら少し若く見えるが、その鍛えられたたくましい身体つきが年齢を読みにくくさせていることは一目で分かった。


「殺されたいですか!! 戦士長!! 師団長!!」

「おん? お前が儂らを殺すのか?」

「やってみろやってみろ」

「弓兵風情の俺があんたら殺せる訳ないだろ!! 閣下にだよ!!」

「んん?」

「アステライト様にか?」


 戦士の顔に疑問が灯る。


「この方を使用人と一緒にするな!! 奥様だ!!」


 イヴの怒声に数秒、動きを止めて、それから戦士たちは改めて私を見た。


 イヴとじゃれていた彼らの後ろには、戦士長と師団長である彼らについてきた部下も多く控えていた。

 その視線が一斉に、私を捉える。


 とてもとても、たくさんの知らない人。

 そう認識したとき、今まで感じたことのない恐怖が身を襲った。


 彼ら一人一人がウォルフィンリードの兵だ。

 全員が、アステライトの大事な部下で、領民。


 そう分かっているのに、たくさんの視線にドクドクと鼓動がおかしな早鐘を打つ。


「奥様?! まじか、お初にお目にかかります。戦士長を務めます、ゴーシュ・イェルンと申します。貴族身分はございません。グラジエフ……様との約束で、生涯をウォルフィンリードに捧げ、この地に骨を埋める覚悟でございます」


 前辺境伯様のことを呼び捨てにしかけませんでしたか? きっと、ゴーシュはグラジエフ様と仲が良かったのだろう。


「師団長を務めます、レンゲン・シズキと申します。出身はアキツシマ。あちらでは貴族身分を持っておりましたが、アスラン国では意味を持ちません。どうぞ一兵士と同じく接しくださいませ」


 アキツシマ王国出身者に多い、鳶色の瞳。レンゲンの細められた目元に年齢を現すようなシワが見えた。


 なぜか早い鼓動を必死に抑えながら、ちゃんと挨拶をくれた二人へ礼を取る。


「王命によりエルトフォード公爵家より嫁いでまいりました、リオノーラと申します。長くウォルフィンリードでご活躍される戦士様とお見受けいたします。どうぞこれからもご健勝に、アステライト様をお支えくださいますよう、お願い申し上げます」


 ドレスを揺らして、頭を垂れる。


 慌てたのは戦士たちのほうで、そして後ろで控えていたシアンやニビアたち使用人と文官たちだった。


 まさか、嫁いできたばかりだとはいえ、生粋の貴族、それも公爵家の出の令嬢が一戦士に頭を下げるなどあるわけないと思っていたのだろう。


 でも、私、生粋のってわけじゃないんですよね。


 身分云々を傘に着るつもりもないし、戦場に立てない私がアステライトを守れるわけがない。

 そうなったら、共に戦場に立てる彼らにこそ、地に頭を擦り付けてでも頼むこと。


 頭一つ下げることでアステライトの無事が叶うなら、別に貴族としての誇りなんていらないと思う。


「ご丁寧にありがとう、奥様」

「儂らにそれほどかしこまらないでください。これでももう奥様には感謝しております」


 身を正すと、戦士たちはにやりと粗野に笑う。


「最近歳のせいか、眠って起きても腰が痛くてなぁ。敷布も柔らかいものを使っておったのに、まさかそれがいかんとは」

「うむ、俺も硬い敷布が好きだったのだが、最近節々が痛むのが取れず」


 しみじみと二人が語るのが、一新された寝具の話題だったので、はっとなって口を出す。


「確かにそのあたりのことを考慮させていただきました。いくら好みがおありでも、身体を休めることができないものはいけません。腰痛の方には硬すぎず柔らかすぎない敷布を。病床の方たちの敷布も同じくよく見直しまして……。それでも柔らかなものがお好きでしたら、シーツを柔らかく肌触りの良いものに変えてみるなどいかがですか?」


 ゴーシュの顔がぱっと明るくなる。


「硬いのがお好き…、……レンゲン様はアキツシマ王国ご出身。アキツシマでは、いい匂いの草を編んで床にしておられませんでしたか? 兄が今アキツシマ王国に外交に出ておりまして、事前に文献を読みました。床にするほどの素材は手に入らないでしょうけれど、同じ草で、枕を作っている者がいるそうです。『イグサ』でしたっけ? 枕一つなら、国家間の輸出入に乗せていただくことはできそうですね」


 レンゲンが目を輝かせて、故郷の懐かしい匂いに心を震わせた。


 思ってもおらず、奥様が気さくに言葉を交わしてくれたものだから、戦士たちはまるで若返ったかのように無邪気な笑顔を浮かべた。


 そんな姿を見ながら、イヴがぼそりと呟く。


「そろって身体痛いって、やっぱりジジイ……」

「お?! 言ってくれるな?! クソガキめ!!」

「そうさ、ジジイだ。それに勝てんのはどこの団長たちかな?」


 ゴーシュの太い腕がイヴの首に巻き付き、弓兵団長の身体が軽々と浮く。


「ぎゃああっ、っそうか!! ネログラヴィ様がおられないから、訓練予定が変わってんだ?! 師団長、暇なんですね?! だからって絡みにくるのやめて!!」

「そうさ、その分他の兵たちの訓練に当てようとしたんだがな」

「皆、よく眠れて体調がいいらしい。サクッと終わってしまったのよ、サクッと」

「だから次の訓練対象探してんのか!! 俺等弓兵団は昼食前に、作戦会議っ!!」 

「ほう、では弓兵団は午後にしよう。他に当てはあるか?」


 首を絞めるように持ち上げられて見えるのに、イヴは苦しげでもなく余裕で、彼を抱えているゴーシュも軽々としたものだ。

 レンゲンの質問に、イヴは地に足がついていないことなど気にしていないほど自然体に、腕を組んで答えた。


「ダンジョンになにかあったときに選ばれる潜降者をまとめて鍛えてみればどうですか? 彼らは兵士の動きとは別に冒険者としての動きも学ばなければだから、楽しめますよ、きっと」

「ほう!!」

「良い案だ。いただこう」


 にやにやと歴戦の戦士たちが笑う。

 上官を待っている部下たちの中から数名、ひぃっ!! と声を上げた者がいた。


「ダンジョン……、兵士の中からダンジョンに潜られる方がおられるのですか?」


 ほんの小さな疑問だったのに、全員の視線が一斉に私に向いた。


 その視線の多さに、ひゅうっと息が細くなるほどの緊張を覚える。


「ダンジョンに潜るのは必ず冒険者というわけではございません。奥様」

「手強い魔物がダンジョンの奥に湧いたり、新種が現れたりなどしましても、情報入手のために潜降隊が組まれます」

「ご当主様もときには潜られますよ。もうお手のものですね。油断も手抜きもされませんが」

「アステライト様も…?」


 目が回りそうになる感覚を抑え込み、アステライトの話題に興味深く聞き返す。


「戦士の称号を得るために必要な条件の一つが、単独潜降でダンジョンを踏破することです」

「ご当主様はそれを十六でなされています。弟のソルアンドレ様は十九のときに。亡きグラジエフ様でも十八のときでしたね」


 戦士の称号を得るためには条件があるとは知っていたが、その内容を全部正しくは知らない。

 それほど過酷なものなのかと、感心に口が開く。


「常人で経験を積んだ者でも、十代のときになぞ若気の至りでもやろうと思わんだろうに。その点、英雄様は十二のときにやってのけているのだからそのとんでもなさっぷりが……、おっと」

「戦闘狂というか戦神に愛されているというか戦馬鹿というか……、おっと」

「ウォルフィンリードの御当主たちは本当に勇ましいですね」


 一歩間違えば不敬になりそうな言葉を、イヴがどうにか上手くまとめて隠す。

 焦っている彼らの顔を見て笑う私を見て、彼らも笑った。


「もっと、お話をお聞かせいただきたいです……」


 戦士たち、兵士たちの目線から見る、私の知れないアステライトの話を聞けるのは楽しい。


 もっと聞きたい。


 でも、なんだかくらくらするのはなぜ?


 心臓がばくばくしているのが治まらない。

 兵士たちがいっぱいいて、どうしても私に視線が集まっている、と意識すると、息がしにくくなる。


「奥様?」

「奥様、どうなさいました?」


 背後から、シアンまでが私に声をかけてきた。


 少し振り返って見ると、そこにも、使用人たちと文官たち。

 私たちが何をしているんだと興味深く見ている他の者たちも。


 人、人、人。


 その、すべての視線の先に、私?


 ざぁっと血の気が引く気がした。

 目の前が眩みそうになる。


「奥様?」


 イヴが手を伸ばしてくれた。 


 男の人の手だ。


 一瞬、王城の廊下で、さまざまな欲望に満ちた眼差しで私に迫り来た貴族の男性たちの姿が脳裏をよぎった。


 彼らは違う。

 ウォルフィンリードの兵たちだ。

 私を傷つける者たちじゃない。


 分かっているのに、あまりのたくさんの人たちの視線に、息が詰まる。


 呼吸がしにくい。



「身を正せ」



 静かな静かな声だったのに、腹の底に響く、ビリビリとした気配が一帯を覆った。





リオノーラ・ウォルフィンリード

イヴ・ラングストン弓兵団長

ゴーシュ・イェルン戦士長

レンゲン・シズキ師団長

シアン

ウォルフィンリード軍の皆々

ウォルフィンリード文官の皆々

使用人の皆々

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