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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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この身は常に火中にあった

アステライト視点

 リオノーラがエルトフォード公爵家に入った経緯をこの場で聞いてしまいたいと思ったが、最側近と思えるこの者たちにさえ、聞かせていいことなのかとためらう気持ちはあった。


「リオ……」


 抱きしめたリオノーラを見下ろして、そっと黒髪を撫でる。


 名を呼んだ俺の声にハッとして、リオノーラはびょんと飛び上がるほど跳ねて身体を離そうとしたのだが、その力は抱きしめていた俺の腕を離すことも、払うことも、ましてや吹き飛ばすことも全くできなかった。


「申し訳ございませんっ。あのっ、離して…っ」


 腕の中でゴソゴソ動くリオノーラ。


 イヤリングを外すために髪をかけたから、あらわになっている耳の先までじわじわと赤く染まっていくのが見える。

 黒髪が流れる、細い首も肌も薄桃色だ。


 ゴクリとつばを飲み込んでしまう。


「アステライト様……?」


 薄く紅を引いた花のような唇が俺の名の形に動く。


 ああ、今すぐ口づけたい。


 一向に離す気配のない俺を不審に思って顔を上げたリオノーラの眼差しを見て、理性が飛びかかるのが分かった。


「ごほんごほん!!」


 ビオラがあからさまに、わざとらしく、そして怒りもこもった大きな咳払いをした。


 静かに控えていた三人。

 シアンはいつもどおり冷静に、仕事用の態度で空気のように。

 ニビアは穏やかな笑顔をニコニコ浮かべたまま、微笑ましそうな眼差しで。

 ビオラは明らかに苛立った、下手をすれば今にもリオノーラを俺から引き離す手伝いをするために駆けてきそうな気迫を持って。


 仕方なくリオノーラを解放して、正しく椅子に座らせ直した。


「感謝する。そこまで気を回すなんて、きっと俺はできない。兵士だけではなくその家族も、……そしてやはり俺も、『わがまま』などと言い訳をつけて行うリオの行動に救われる」

「いいえ、本当にこれはただの私の『わがまま』です。どうぞ重く考えなどしないでくださいませ」

「そうはいかない、……と言っても、リオノーラは受け入れないんだろうな。リオの性格は理解してるつもりだ」

「うぐぅ…っ」


 とうてい、いいとこの貴族令嬢がしないような呻きを上げて、声を詰まらせる。


 よく見ていればときどき、公爵令嬢リオノーラの中に俺の知っている森の魔女のリオが見え隠れした。

 そんなの、気づいてしまったら笑みが抑えられないに決まっている。


「だが、これ以上の私財をなげうつのは控えてくれ。いくらなんでも月の雫(それ)はやりすぎだ。宝石の質を見ればそれが月の雫の中でもさらに最上級の物だとすぐ分かる。そんなものを持っているのは誰か、売ったのは誰か。それがウォルフィンリードから市場に回ったと、ソーラス殿なら隣国にいても調べをつけられるだろう。フォーレスタからソーラス殿にリオノーラの事情と現状を説明する手紙は送っているはずだが、リオがそれを手放すほどのことが起こっていると思われたら……、……」


 思わず最悪の事態を考えて、片手で目を覆ってうなだれた。


 ウォルフィンリードに来たばかりの妹が、私財を確保するために、どう見ても公爵である兄ソーラスから贈られたであろう最上級の宝石、宝飾品、アクセサリーを手放す?


 冷遇でもされてるのかな? と勘違いさせるなんてこともあり得る。


「シアン、弟に手紙を書く。一式揃えておいてくれ。フォーレスタを通して外交官代表であるソーラス殿にも送るから、そちらの準備も」

「かしこまりました」


 控えているシアンが丁寧に頭を下げる。


「弟さん…? ……兄様が行っているアキツシマ王国摂政配様?! どうして」

「ん? アキツシマに手紙が届くまで、どんなに早くても二週間はかかるだろ? 正式にソーラス殿に手紙を届けようとしたら、今は国経由になっちまうから、かかる日数は倍かな? それでも直接送るよりずっといい。他国にいる要人に、他国から直接手紙を送っても、検閲やら真偽確認とかで、本人の手に届くまでにどれだけの日数がかかるか分かったもんじゃない。それが、家族からの急ぎの手紙でもな」


 そこまで説明したところで、リオノーラの顔色がみるみる青ざめていった。


「……どうりで兄様に手紙を送っても、返事が一つも返ってこない…っ!!」

「おいおい、なにかソーラス殿に送ってたのか? いつ頃だ?」

「ええと……、南部での大雨の騒動が落ち着いた頃で……」

「フォーレスタが薬を広めたあとか? 結構前じゃないか。日数的にもそろそろ返事が返ってきててもおかしくないかもしれないが」


 リオノーラがガバッとビオラへと振り返った。


「ビオラ!! ゼリゼに連絡を取って、兄様からお返事がないか確認を取って!!」

「かしこま…」

「これ」


 リオノーラの願いを受け入れようとしたビオラを、ニビアがすぐに押しとどめる。


「奥様、ご実家に連絡を入れられるときは必ずご当主様にお断りを入れ、家令長を通してくださいませ。その一手間を惜しまれますと、どんな信頼関係があったとしても、いらぬ疑いを生み、背信行為や内通かとお立場を悪くされる要因となります」


 ハッとなったのはリオノーラだけでなく、ビオラもだった。

 ビオラはすぐさま深く頭を下げて己の行動の軽率さを省みて、リオノーラは申し訳なさそうに俺を見た。


「ごめんなさい…っ、連絡を取ってもいいでしょうか?」

「構わないよ。シアン、そちらの手配も」

「承ります」


 ほっとしたリオノーラの表情に、話を続ける。


「俺はそんなまどろっこしいのは嫌いだ。万が一俺に何かあったとして、なにをおいても連絡を取る必要がある相手は隣国の弟しかいない。そのあたりを踏まえてもらって、俺と弟のやり取りは最速で行うようになってるんだ。弟の妻の、アキツシマ摂政とも幼いときから知らぬ仲ではないから、そのあたりはお互いに信用を盾にして。簡単な軍事機密扱いってほどかな? だから、弟に直接、ソーラス殿に声をかけて貰えるよう書いたほうが早いと思ったまでだ。もちろん、礼に則ってソーラス殿にも正規の手順で書くが」


 ぽかんとしたあと、リオノーラはゆっくりと我に返って、そして少し考えて、やっぱり申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「ごめんなさい…。やっぱり、迷惑になってしまいました……」

「そんなわけがないだろ? リオノーラも改めてソーラス殿とのやり取りの仕方が確かめられてよかったじゃないか。ソーラス殿になんて送ったんだ? 心配させるようなことだったのか?」

「はい……、その、自分ではどうしていいか分からなくて兄様にお知恵を借りたかったのですが、……返事が来るより先にどうしようもなくなってしまって、王太子殿下がお助けくださった形です」

「フォーレスタが? ……それって」


 俺とリオノーラを、「白い結婚」をさせようとまで思った原因では。


 俺の驚きを汲み取って、リオノーラは隠し立てするつもりはないとばかりに説明をしてくれた。

 まるで自分自身を情けないと思っているような、深い落ち込み具合で。


「公爵である兄様が外交に出ている隙にと私への求婚が増えてしまい、縁あって宰相様が私を褒めてくださったこともあって、私の噂に尾びれ背びれがついて……。エルトフォード城の中に賊が入るほどにまでなってしまい、もう私一人ではどうにもできなくなってしまったのです」

「賊だと?!」


 そういえばフォーレスタが「白い結婚」の話を持ってきたときも、なかなかに切羽詰まった状況だと聞いてはいたが、まさかあのときすでにそこまでの事態になっていたとは。


 あのときの無関心な自分を殴りつけたい。

 憐れみはあったが、対岸の火事を見るような気持ちだったと記憶している。


 まさか、数多の求婚を受け、身の危険を感じ、心細い中、公爵領を当主代理、夫人代理として支えていたのが、ずっと探していた魔女リオだとは思いもせず。


 なにが対岸の火事だ。

 ずっとこの身は渦中の、火中の中だったのだ。


 俺がリオを求めているならば。

 彼女を妻にと望んでいるならば。


 探している、と言いながら、なにも見てはいなかった。

 なにも見えていなかった。

 可能性、なんてものを無視して、ただ闇雲にウロウロしていただけだ。


 リオが森を去ってから、何度かあっただろう、貴族として接する機会。


 隣領のことだ。

 すべてが分かるわけではないが、遠すぎるという話ではなかったのに。


 フォーレスタによく言われてしまう、「もっと国内情勢くらい詳しく把握する癖」をつけていたら、懇意にしている隣領エルトフォード公爵家に迎えられた妹御の容姿くらい、早急に情報として手に入れられたはずだ。


 そうしたら、……森の魔女リオと、リオノーラ公爵令嬢の容姿が酷似していることなど、知れたはずで。


「領内の治安が悪くなるのをどう抑えたらいいか、私が出張ると逆効果でしかない気がして、兄様におうかがいを立てたくて手紙を書きました。私がいなくなったことで終息していればいいのですが……。今、エルトフォード城下はどうなっているでしょう? 城の皆も、王太子殿下も私の無事を優先してくれましたが、……やはり無責任過ぎるかと。……辺境伯様にもご迷惑をかけているのが現状です。兄様に顔向けできない。……、……いっそ」


 身分を捨てて、誰も知らぬ森の奥へ帰ってしまったほうが。


 そんな言葉が、リオの口から出てくるんじゃないかと思えた。


 思わずリオノーラの手を掴んでいた。

 まるで、この世界に引き止めるかのように。


 森で生活していたリオが、元より貴族であると自覚しながら生活していたとは考えられない。

 なにか理由があって魔女の母親と森で暮らしていた。


 彼女はシフィアフラ・エルトフォード前公爵の落とし子?

 その魔女の母親が、噂すら聞いたことのない、姿を見たことのないエルトフォード前公爵夫人?

 リオノーラは自身が公爵令嬢と知らずにいたのでは?

 そして、俺と再会を果たす前に、ソーラス殿が正式にエルトフォード公爵令嬢としてリオノーラを迎え入れた?


 いまだ想像の域を出ない推測が、ガチガチと音を立てて謎であったものの輪郭を組み立て上げていく。


 聞かなくてはいけないことがある。

 確かめなければいけないことがある。


 だけどそれよりも先に、伝えないと。


「迷惑じゃない」


 握った手を、優しく、大切に繋ぎ直す。


「迷惑なんかじゃない、リオノーラ」

「アステライト様……?」


 不思議そうに見上げてくる、夜明け前の夜空のような複雑な色味をした美しい瞳。


「安心してくれ。リオノーラが不安に思っていることは、全部解消する。リオノーラの無事は、安全は、必ず守る。……だから、どこにも行かないでくれ。ここにいてくれ。……俺の、妻として」


 願うように、口にした。

 真っすぐにリオノーラを見て。


 リオノーラは目を大きく見開いて息を呑み、そして少し首を傾げて、どこか弱々しく笑った。


「……はい」


 その素直な返答に、嬉しさだけがこみ上げた。


 やっと伝えることができた。

 そう思って舞い上がって、俺はそれらがまだまだ言葉足らずだったことに気づいていなかった。


 リオノーラが握り返してくれない手にこそ、気づかなければいけなかったのに。





アステライト

リオノーラ

シアン

ニビア

ビオラ

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