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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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身なりを整えて

 鼻血を止めるためにも、身なりを整えるためにも、一度城内でリオノーラと別れることになった。


 シアンが俺のあとについて、他の者たちはリオノーラと一緒にまた作業に戻っていく。

 俺の準備が整い次第、説明のために時間取り合うと言った言葉をちゃんと信じて。


 城内全体が活気づいているようだ。

 雰囲気が明るいというか、皆それぞれの仕事をいつも通りこなしもしながら、その上で少し楽しそうな。


 自室で鎧を脱ぎ、湯を浴びて身綺麗にする。

 そのころには鼻血も止まっていた。


 部屋に戻ると、執事たちが鎧と剣を手入れのために持っていくところだった。

 恭しく頭を下げて重そうに鎧を運んでいく。


 シアンだけが残って、慣れた様子で普段遣いの軽い革鎧を提示してくれた。


 またこれもいつもどおりなら、俺がいなかった間に起こったことをシアンから説明を受け、内政の事務仕事の書類などに目を通しながら休憩して、おおよそのことに決裁をして、各団長から上がってくる、今回の軍行の振り返りを書き出した報告を読みながら昼食を取って、その後ネログラヴィと警備の者たちと一緒に腹ごなしの訓練に移行する、という目測を立てるのだが。


 チラリとシアンを見る。


「ご当主様に決裁を仰ぐほど重要度の高い内政はただいまございません。奥様の権限にて滞りなく城内は回っております」


 丸ごと一つ、やらなきゃいけないと思っていた仕事が既にリオノーラの手で終わってるんだが?


 驚く俺に、シアンはなんだかとても嬉しそうに口元に笑みをたたえている。

 仕事として接しているときに、彼が明確に表情を変えて感情を表すのは案外珍しい。


「どのような采配を振るわれたか、詳しいお話は奥様からおうかがいされるのが、ご当主様には良い刺激になるかと存じます」


 それは暗に、リオノーラと共にいられる時間を必然的に得られますよという、一種のご褒美の提案じゃないか?


「その采配の結果は、城の中の、とくに女性使用人の顔を見ていただければ一目瞭然かと。……私ももう長く城の内政に携わってまいりましたが、……これほどとは」


 シアンの顔に浮かぶ苦笑い。


「さっき城の中を歩いたときにも少し感じた。……なんだか、母上が生きていたときのようだと思ったよ。だいぶ昔だな、俺がまだ子供のころの」  

「私も、女主人がいるといないとではこれほどまでに差が出ると、長らく忘れておりました。前当主様も、先々代当主様も、奥様を早くに亡くされましたから」


 母も祖母も、父と祖父と夫婦そろって過ごせた年月は二十にも満たない年月だった。


「それを思えば、ウォルフィンリード辺境伯に嫁ぐ女性は不憫だな。きっと、戦が近いこの環境が元より貴族のまっとうな令嬢として過ごしてきた母上たちには、合わなかったのかもしれない」

 

 それを自分の現状に当てはめてみる。


 こんな戦城で生活させることは可哀想だからと、こんな戦いばかりの領で暮らさせるのは不憫だからと、リオノーラをエルトフォード公爵家に帰す?


 ソーラス殿が無事外交を終えて帰還されたら、王命の白い結婚を素直に破棄して離婚して、手放す?


「できるわけがないだろ、そんなこと…っ」


 歯を噛み締めながら、内心がこぼれ出た。


 腰鎧を縛ろうとしていた手で握っていたベルトが、力を込めすぎてギチリと鳴る。


「奥様の安全を考えて、離婚でも想像されましたか? 代々ウォルフィンリードご当主が一度は悩むことだそうですよ? ただし、それを実行に移せる胆力を持った愚か者の当主は一人も存在しませんでしたが」


 シアンの言葉を聞いて、冷静に返る。

 そして、少し恥ずかしくなって目を泳がせた。


「……長年家令長としてこの職に着かせていただき、ウォルフィンリード領内政に深く関わらせていただいております。そのすべてを返上して、私個人の意見としましても、……あの奥様は手放してはいけない。そして、他者に奪われてはいけないと考えております」


 領内使用人たち全ての長として長年仕えてくれているシアンの、明らかに使用人の枠を越えた進言に驚きを隠せない。


「どういうことだ?」

「聡明なアステライト様ならすぐにお分かりになられます。このあと奥様が今なされておいでの、兵士たちの寝具を一新したことに関する説明をお受けになられたら」


 そしていつもどおりの冷静さに戻る、見慣れたシアンの表情を見て、俺は身支度を整え終わった。


「分かった。行こう。先触れを出してくれ」

「かしこまりました」


 シアンがすぐ、執事を呼んでリオノーラのもとへ行く先触れを通達するよう手配する。


 そして剣を受け取ると、それを携え、俺は部屋を出た。





 昼食を前にした時間に差し掛かっていたので、リオノーラはすっかり貴族女性らしい装いに着替えていた。


 髪に編み込まれていた俺の色の布も解いて、豊かな黒髪をまた違う髪形にまとめている。


 俺のものだと主張するような色味から、彼女らしい色へ。


 残念に思ったのは言うまでもなく、それを面に出さないようにすることで必死。

 後ろに控えているシアンが憐れみの目で俺を見ていたことには気づいていたけど、仕方ないじゃないかと思うことしかできない。


 華美過ぎないドレスは、本来リオノーラの歳を考えればもっと華やかで豪華なものを選んでもいいだろうと思うのだけれど、実用性や動きやすさなんかに着眼点を置けば話は別だ。


 この戦城、ウォルフィンリード城内を華美なドレスで過ごすにはただただ不便だろう。

 そして、使用人や兵士たちの不興も買いかねない。


 その点をちゃんと踏まえた、落ち着いた色合いの布地と、リオノーラの身体に添うような作り。


 リオノーラ自身が好みそうな、薬を作るのにもペンを握るのにも袖周りが邪魔にならなさそうで、スカートの柔らかさを見ても足回りも動きやすそうな、彼女の細い腰や形のいい胸元をきちんと強調した作りの、魅力的な……。


『あ、多分これ以上真面目に観察してたらまた鼻血が出るやつ……』


 断腸の思いで思考を打ち切った。


 リオノーラがかしこまった礼を取ろうとしたから、それを止める。


「形式張った礼はいい、リオノーラ。俺がいない間に内政のことをありがとう。苦労はなかったか?」

「はい、なにも。皆よくしてくれました」


 微笑んで答えてくれる表情に偽りはなさそうだ。

 内心、深く安堵する。


「そうか。……それと、あまり躍起になって色々してくれようなんて思わなくていいんだぞ? リオノーラが快適に過ごしていけることを一番に考えてほしい」

「ありがとうございます。ですが、なにもせずにいるほうが辛いこともございます。勝手をさせていただいておりますこのことは、本当に私のわがままで行いました。協力してくれている城内の者たちへの一切のお咎めはないようにだけ、先んじてお願い申し上げます」


 なにか非があるならばリオノーラが一身に受けるということだろう。

 そんなこと、させるわけがないけれど。


「分かった。詳しく説明をしてくれるんだよな? ……私財を投じたと聞いたが?」

「はい、少しばかり」


 そこでリオノーラは周りを見回した。


 リオノーラがいるからとやってきたここは、文官たちが使う政務事務室の隣の、共有の資料室へと続く部屋だ。

 今も頻繁に文官と、資料を見ようとする使用人たちが出入りしている。


「あの」


 リオノーラは声をひそめて、そっと俺との距離を詰めた。


 とても近く。


 ……とても近い!!

 いい匂いがする!!


 リオの匂いだ。

 このまま抱きしめたいぃっ!!


 必死で平静を装う。


「先日、この全容をシアン家令長に説明したところ、アステライト様にご意見を必ず賜るようにと進言を受けました。そのようにしたいのですが、信用のおける最低限の者だけを残してお話ができる場所に移りたく存じます」

「人払いをせよと? ……構わんが」


 リオノーラが「わがまま」と言ってやっている兵士たちの寝具の一新とそれらの処分と活用。

 それが人払いが必要なほどの説明を要するものなのかと軽く疑問を覚えたが、先ほどのシアンの思わせぶりな発言もある。


 すぐにシアンに目配せを飛ばし、文官たちが使うこの近くの小さな会議室を一つ用意させた。


 リオノーラをエスコートして廊下に出ると、ちょうど弓兵団長と騎兵団長が各部隊の今回の軍行の報告の束を持って俺を探してやってきたところだった。


「閣下」

「報告を持ってまいりました」

「分かった、もらおう。……ちょうどいい。少しの間見張れ。誰も取り次ぐな」

「は?」

「はい?!」


 二人の団長を扉守りに指名して、会議室に入る。


 部屋の中に入ったのは、俺とリオノーラ、シアン、ビオラ、ニビア。

 たったそれだけ。


 なんなら団長のどちらか片方も招き入れようかと思ったが、彼女が語りたい説明を聞いてからでもいいだろう、とリオノーラこそが気を許している彼らだけを許すことにした。


 リオノーラを席に着かせると、俺もその隣の上座に着く。

 リオノーラは丁寧に、手に持っていた用紙を小さな会議机の上に広げた。 




アステライト

シアン

リオノーラ

ウォルフィンリード文官の皆々

報告にやってきた団長たち

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