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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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帰城・ウォルフィンリードの伝統?!

アステライト視点

 城に到着したのは、朝と呼ぶには遅く、昼と呼ぶには早いほどの時間だった。


 下馬し、それぞれの団長部隊長と言葉を交わし、解散を言い渡すと、それぞれが残りの役目を終えに散っていく。


 数人の団長たちは決まって俺のあとに続く。

 軽く城の中を見て回って、変わったことがないかを確認してから、やっと終えることができる。それがいつもの流れだ。


 まだ解散直後であちこちざわついている。

 城内を目指そうと足を進めていたが、兵舎のほうがやけに明るく騒がしく、自然とそちらに目を向けた。


 そんな俺の視線に気づいて、弓兵団長が後ろから声をかけてきた。


「閣下、あれが先日お伝えしました、奥様が采配されました寝具のことで」

「ああ……」


 帰り着いた戦士たちに声をかけて好みを聞いて、待機の兵たちが仲間のために選んだ寝具を運んでいるのか。


 確かに、厚い敷布なんかは重さもあるし、運ぶのも一苦労だろう。業者にすべて任すとなればそれなりの出費にもなるが、力自慢の兵士たちを手の空いているときに、仲間のために駆り出すならその分、手間も金もかからない。


「軍行に出ていた者たちを労う意味でも、仲間の手はありがたいな」

「奥様が運送業者と話をつけてくださって、寝具を変えた者から、古い寝具をどうするか選んでいいと」

「選ぶ?」

「はい。もちろん劣化具合は確認するそうですが、領内の孤児院に送る、領内の個人病院に送る、もしくは家族親族のもとに送る、と選ばせていただけるそうです」


 弓兵団長の説明に、静かに驚いて振り返った。

 なんて手間を平然とやっているのかと、本当にそんなことをしているのかと疑いたくなる気持ちで。


「それも運送費は奥様が業者に支払い済みだそうで、もしも家族に寝具を送るのであれば、自己で家族に送りたいものがあれば一緒に運ぶと。手紙の一つですら一緒に……」


 ウォルフィンリードの兵士たちは、なにも必ず領内出生の者だけを所属させているわけではない。

 他領から、他国から、ここで身を立てるとやってきた者たちもいる。


 そんな者たちが、どれほどの頻度で家族に仕送りや現物を送ることができているだろうか?


 もちろん、薄給で命を投げ出す戦いに立たせているわけではないが、それでも頻度はそう多くはないはずだ。


 たった一回。されど一回。確実に家族のもとへ自分が生きている証を送ることができる機会を与えられる。


 おせっかいと取る者もいるだろう。

 だが、温かな御手だと思う者もいるだろう。


 そして、家族に縁のない者たちですら、どこかの孤児院の子供たちに、どこかの病床に伏す者にと、ささやかな優しさを届けられる。


 どこか知らない場所で、自分が全く預かり知らぬ場所で、感謝されているかもしれないと思えるだけで、行動の一つに意味ができる。


 兵舎のほうでざわめく兵士たちの顔つきを見れば、その途方もない善意だけの塊に見える説明を受けて、信じられないといった顔つきになり、仲間たちからさらなる説明を受けて表情が明るくなったり、また疑問を深めたりと様々だ。


 だが、今までになかった、まるで催しのようなことに、明るさが満ちていた。


 背後にいた団長たちが何かに気づいて、小さく声を上げた。

 何事かと、彼らと同じ方へ視線を向ける。


 俺も止まった。


 シアンとビオラを従え、他にも幾人かの執事に指示を出し、やってきた文官から書類を受け取っている、ウォルフィンリード流の服に身を包んだリオノーラの姿。


 ドレス姿ではない。

 有事のときにウォルフィンリードの女性が着るような動きやすい服装。


 装飾のほとんどないシャツと軽い上着、身体の線に沿った女性版のトラウザーズと底のしっかりとした靴。


 リオノーラの艶やかな黒髪をまとめながらも、編み込まれているような布が、昼に向かう日差しを浴びて微かに光った。


 青空色の布に縫い込まれた金糸が反射したようだ。

 なんだか、見覚えのあるような色味だなと思った。


 シアンとビオラがこちらに気づき、リオノーラにそれを教える。

 すぐに彼女は俺たちを見て、こちらに足を向けた。


 そして俺の前に立ち、丁寧に礼を取った。


「おかえりなさいませ、アステライト様、各団長様。無事のおかえり、心から嬉しゅうございます」


 主の帰還を喜ぶ夫人の言葉として礼節を弁えた対応。


 思わずぐっと詰まる。

 あふれ出しそうな色々な気持ちを、今はまだ押さえ込む。


 こちらも彼女の礼節に対して真摯な行動をしなければ、部下の前であまりにも彼女に対して失礼だ。


「ああ、労いをありがとう。……俺がいない間に、色々してたみたいだな?」

「はい、私のわがままで勝手をさせていただきました。皆さまのご協力で午後には完了するかと思います。詳しい説明は、よろしければこのあとお時間をいただけましたらと具申いたします」

「構わない、聞かせてくれ」

「はい」


 リオノーラに付き従って、同じく俺たちの帰りを丁寧な礼を持って迎えていたシアン率いる他の者たちも顔を上げる。


 ビオラがリオノーラから預かっていた書類を渡し直し、彼女は俺のそばに寄った。


 リオノーラが説明をしようと書類に目を落とす。

 俺も一緒になって、リオノーラの持つ書類に目を落とす。


「あ」

「あっ」


 団長たちの数人がなにか気づいたと声を上げたから、リオノーラの説明が始まる前に顔を上げた。


「……なんだ?」

「いえっ!! なんでもありません!!」

「申し訳ございません!!」


 凄まじく慌てて、頭を垂れる団長たち。

 他の団長も、口を押さえている。


「なんだ? 言ってみろ」

「いえ…っ」

「その、大したことでは…っ」


 言い渋って、言いよどむ。


「言え」


 冷えた声で命じると、団長の一人が観念したかの面持ちで口を割った。


「奥様の衣装が、とくに御髪の布が、閣下の色だなと思ったまでです!!」

「私めも同じことを思いました!! 申し訳ございません!!」


 仲間一人に軽口の責を負わせまいと、すぐに隣の団長も口にする。


「は?!」


 思ってもいなかった回答に驚いて、そしてリオノーラを見る。


 黒髪に編み込まれた、金糸を縫い込んだ青空色の布。

 よく見れば、女性用のウォルフィンリード流の服の袖口や襟、裾、少しだけある見事な衣装の飾りにも青色と金糸。


 俺の瞳と、髪の色。


 唖然としていると、リオノーラは説明をしてくれた。


「アステライト様が呼んでくださいました御用達店の者たちにウォルフィンリード流の服を頼みましたところ、このように仕立ててくれました。とても動きやすくて気に入っております。……その、……夫の色を使うのが当たり前、だそうですね? ウォルフィンリードの伝統は素敵ですね」


 そんな伝統聞いたことないけど?!


 ガバッと顔を上げて、シアンを見る。

 一瞬だけ、彼が口元を引いて笑ったのが見えた。


 明らかに、御用達店に色指定を指示したのは彼だろう。


 一目見て、誰の庇護を受けているか分かるような色味。

 まだウォルフィンリード辺境伯夫人として多くの者に顔を知られていないリオノーラが、高貴なドレス以外の姿で城をウロウロしていては、侮られるか、はたまた辺境伯夫人以外の者と間違えられることも容易い。


 でも、この色味に気づかない者は、この城の中には居ないだろう。


『リオノーラは俺のものだと宣言してるみたいな……』


 所有欲と独占欲の表れみたいな、絶対的な俺の色に、リオは身を包んで……。


「トラウザーズも初めて着ました。似合ってますか?」


 恥ずかしげに微笑んで、リオノーラは俺に問いかけた。


 身体の線を惜しげもなく晒しているようなその細身のトラウザーズは正直、似合っているし、綺麗だし、扇情的だし、俺以外の前で着ないで欲しい。


 それでも、言わなくちゃ。


 女性を褒めるのは当たり前で、礼儀で、本心を持って綺麗なものは綺麗と伝え……。


 ガバッと口元と鼻を、片手で押さえ込んだ。


 なにが起こったのかと、皆が驚きの表情を浮かべる。


「……すまん、……鼻血が出てきた」

「「「「えっ?!」」」」


 あちこち複数人の叫びが重なった。


「大丈夫ですか?!」


 リオノーラが即座にポケットから真っ白な布を取り出して、鼻を押さえている俺の手の中にそれを渡してくる。


「わる…、すまない……」

「やはりお疲れなのでは?! 早く城へ、少しお休みになってください!!」

「ああ、少し休む。皆、悪いが後を頼む」

「はっ!!」


 団長たちの返事がしっかりと重なった。


 なんとも情けない帰城だと内心思いはしたが、ハラハラと心配そうに俺を見るリオノーラがしっかりとそばについてくれていることに喜びを噛み締めて、血の味がするのなんて気にもしないで、口を隠したまま笑った。





アステライト

リオノーラ

ウォルフィンリード軍団長の皆々

シアン

ビオラ

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