夜が幸せになると言わしめる
アステライト視点
ウォルフィンリード城まであと二日という道程。
中継地の砦にたどり着いた。
思っていたよりもずっと早い帰還の知らせを受けて、迎えよろしくやってきた二個小隊が加わって、入れ替わりで先発隊を組んで送り出したところ。
帰還までの軍行を話し合った、作戦会議を終えたばかりの場。
「うひぃ、腹減った。うめぇ…っ!! 染みるぅ」
来たばかりの弓兵団長がうめきながら、ポケットから何やら取り出して口に放り込んだ。
「なに食ったの? てか、飯食ってないのか?」
「甘味? 甘い、いい匂い。なに食ったのお前?」
それを彼と仲の良い歩兵副団長の一人と、騎兵副団長が見ていた。
「思ってもいない速さで軍が帰ってくる連絡を受けたから、小隊率いて急いで城を出たんだよ!! ちょうど飯前。俺だけ食いっぱぐれ。そっから道すがら魔物蹴散らして露払いして、携帯食かじってここまで来たんだ。このあと飯食うーっ!!」
そんな会話が、簡素な会議室の開け放たれた扉の向こうの廊下から聞こえてくる。
「携帯食?」
「こんな甘い匂いのが?」
仲間が首を傾げるのを見て、弓兵団長はポケットから油紙に包まれた一口大の物を、彼らに一つずつ分け与えた。
「城を出る日の朝に、奥様が『感想を聞かせてほしい』と渡してくださったんだ」
「奥様が?」
奥様?
ぐっと彼らの話に興味をそそられ、書類から顔を上げて耳をそばだてた。
「お前を名指しで?」
「ああ、俺が閣下の結婚式に出てたの覚えてたらしい。防衛戦帰りでお世辞にも綺麗なんて言えやしねぇ身なりだった俺をだぜ?」
「なんでお前だけ覚えてもらえてるんだよ?」
「いやいや、お前のことも覚えておられたよ? でも、閣下と一緒に軍行に出てるとかはご存じじゃなかっただけ」
「マジで?!」
「ええー…、羨まし……。俺は閣下の結婚式参加できなかったしなぁ。掃討に残ったしよ」
カサカサと油紙を開く音が聞こえた。
「うわ?! え、甘っ、美味ぃっ!! 俺甘いの好きだからすげえ美味い!!」
「え? ……うわ、美味ぁ!! いいなこれ、歯ごたえもあるし、なんか元気が出る」
「だろ?! もちろん軍支給の携帯食も持ってきてたけどさ。それに足してこれ、すげえ美味くて、腹持ちもするし、奥様天才かよって思った」
「これ、奥様が作ったの?!」
「手ずから?!」
「そうおっしゃってた。シアン家令長も食ったって言ってたけど、実働している兵士にも忌憚のない意見を聞かせてほしいって言ってさ。そんで俺らのこと思い出してくれたそうだ」
(実はこの弓兵団長と歩兵副団長は、不眠不休を続けてしまっていたアステライトを休ませてほしいとリオノーラに嘆願しにきた二人だった。そこで「奥様」と関わりができていたのだが、もちろんそんなことをアステライトが知るわけもない。)
「まさか、俺がもしも閣下と出るほうじゃなくて城に待機だったら、奥様手ずからこれ、いただけてたってこと?」
「だろうなぁ」
「ううっ、惜しいことをしたぁ……」
その惜しむ気持ちは一体何に対しての気持ちなんだと問い詰めてやりたい衝動に駆られる。
「帰ったら驚くぜ? あの人すっごいの」
「驚くってなにが?」
「とりあえず、夜が幸せになる」
「ええ?!」
「はぁ?!」
驚きの声が聞こえてくる。
なんだか意味ありげな言い方に、さすがに眉間にしわが寄った。
「夜が幸せ?!」
「……奥様のおかげで?!」
「いっひっひ。まんべんなく、誰一人欠けることなく、城中の兵士がな」
「なにそれ?!」
「城中の…、夜…っ」
花のない、規律でガチガチに自戒している軍行が終わろうとしている兵士の理性をあえて揺さぶって楽しもうとする仲間のやり口。
ゴクリと、生唾を飲み込むような緊張の雰囲気が伝わってきた。
「公爵家の、ここ数年までほとんど噂も聞かなかったご令嬢だろ?」
「エルトフォード公爵の妹なんだよな?」
「うん。それでもそこらへんの甘やかされた貴族のご令嬢と同じだと思ってたんだけどさ……」
にやにやと、どこか嬉しげな弓兵団長の声音。
同じ兵士、戦士として仲間をからかってやろうとする気持ちは分からんでもないが、その話の中心に出されているのが俺の妻だということが面白くない。
このまま黙って聞いているなんてことができずに、後ろから音もなく近づいて、がしりと弓兵団長の肩を抱いた。
「楽しそうな話だな? 詳しく聞かせてくれるか? 俺の妻が、……なんだって?」
一瞬にして、弓兵団長の顔が蒼白になり、歩兵副団長と騎兵副団長の表情が凍った。
「閣下?! はっ!! 現在城では、奥様が私財で兵士たちすべての寝具を一新され、快適に過ごすことができております!! 傷病者の病室が優先され、私が城を発つときには待機の兵士すべてに行き渡り、残るは軍行に出た者たちを待つばかりです!!」
弓兵団長はハキハキとした声で、胸を張って報告をくれた。
「……寝具を一新? 私財で?」
「はい!!」
首を絞めかけていた弓兵団長を解放してやると、彼はほっと息を吐いた。
「俺の寝床、結構くたびれてたから嬉しー……」
「あ、俺も……」
歩兵副団長と騎兵副団長がそう呟いて、思わず口を手で押さえた。
「なるほど。それで、夜が幸せに、か」
チラリと横目に弓兵団長を見やる。
彼は顔を引きつらせながら、首をすくめて礼を取り続けている。
「妻にもらったというものを俺にも分けてくれるか?」
「も、申し訳ございません!! 先ほど彼らに分け与えたので最後です!! 試作だとおっしゃられて、念のため早めに食べてほしいと言われていたので……」
「なんだ、そうか」
軽く肩を落としてみせる。
「閣下の分はきっと、城に帰り着けば奥様が手ずから渡されるのでは?」
「……かもな。期待しとくよ。あんまり妻のことを面白おかしく吹聴するな。ほどほどにしておけ」
「はっ!! 申し訳ございません!!」
三人が揃って礼を取り、俺はそれ以上詰める気もなく、彼らを残してその場を去った。
帰城へ向かって、やることはまだある。
でも、……思ってもいないほど、残念だと、ショックだったことに驚いた。
『リオノーラの手作りのなにか……、食いたかったな……』
廊下の壁に寄りかかってため息を吐く。
俺が食べれないのに、弓兵団長の他にも何人も、リオノーラの手作りのなにかを食べているやつがいると?
『……、……ちくしょう』
笑顔でギリギリと歯を噛み締めて、それから歩き出した。
アステライト・ウォルフィンリード
弓兵団長
歩兵副団長
騎兵副団長
ウォルフィンリード軍の皆々




