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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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戦士なら誰でも発症する病

アステライト視点

 こんな日々は当たり前だったはずだ。


 隣領に近い砦で戦い暮らし、平定まで指示を飛ばす。

 魔物を屠り、兵たちを統率し、人々の暮らしを守り、同じく魔物と戦う戦士と過ごし、隣領の貴族たちと言葉を交わし、労いあい、今後の戦いについて話し合い、良き統治を目指し合う。


 必要以上の殺戮は望まない。

 魔物の大量発生をさせない事前準備を怠らない。

 万が一に備えた人々の心づもりを指導する。

 いざというときの兵士たちの行いに目を光らせる。


 そう、いつも通り。


 今日も戦い、砦で作戦会議を終え、各部隊長と今の状況と明日の予定を話し、だいたいの戦況の見通しと終息を予測して、続いて口をついて出た言葉は。


「……地上の魔物を殲滅すれば、城に帰ってもいいはずだよな?」


 だった。


「か、閣下?!」

「閣下?!」


 いつもの、兵たちの士気を上げるための冗談かと一瞬思ったらしい団長や部隊長たちは、いつになく真剣に、据わった目で遠くを見つめながら、ひどく落ち着いた声音で、ほぼ決定事項のように呟いた俺の様子に驚愕して震え上がった。


「し、城でなにかが待っているとでも?」

「そうっすよ、閣下。いつものことでしょ?」

「今までも二ヶ月三ヶ月は平然と城外生活してましたよね?」

「今回も、安全面最優先でいっても一ヶ月後には余裕を持って平定して、なおかつ隣領との境界周辺もしばらく問題なく行くはずです」


 そう、分かっている。


 今回の戦いは魔物の異常行動で、移動して来た魔物が自領から隣領へ「逃げよう」とするかの如くだったからこその掃討戦となった。


 無理をする必要はなく、兵士たちにも無理をさせる必要はない。

 隣領への手筈と対処は終わっている。

 あとは大量発生でも起こさなければ、彼らが言う通り、一ヶ月もすれば城に帰れる。


 ……一ヶ月も後に!!


 リオノーラとまともに話をしていない!!

 エルトフォード公爵が外交を終えて帰ってくるのはいつだ?!


 このまま俺が戦いに出ている間にソーラス殿が帰って来られたら、リオノーラはすぐにでもエルトフォード公爵領に帰ってしまうんじゃ?!


 王命の結婚は、あくまでリオノーラの無事を確保するための仮初めの白い結婚だ。

 なにもかもの問題を片手間で解決してしまいそうなあのソーラス殿が帰ってきたら、俺は即座にリオノーラと離婚させられるに決まっている。


 王命の結婚を破棄し、離婚して?


 俺はもう一回リオノーラに正式に結婚を申し込む。


 いや、ありだと思うよ? 状況的な正しさとしては間違っていない。


 でも?


 誰が見ても、なんで一回離婚したの? ってならない?


 少なくとも俺はなる。


 そして、リオノーラはそれで良いのか聞いてない。話し合う時間も取れてない。


 俺はもういっそのことフォーレスタが提示した王命の「白い結婚」という認識を破棄して、本当の夫婦になりたいんだけど?!


 もちろん、ソーラス殿にも懇切丁寧誠心誠意俺たちの関係を説明する気でいる。

 逆に、あの有能すぎるソーラス殿のもとに帰したくない。


 リオノーラが必要としないなら結婚などせずにエルトフォード公爵家に居たらいい、と言っていたんだっけ?

 溺愛じゃね?! まぁ、リオノーラみたいなのが妹だったら可愛くて仕方ないかもだけど。


 というか、リオノーラがエルトフォード公爵家に迎えられた経緯ってどうなってんの?


 そのへんの話も何も知らない。

 圧倒的に、話をする時間が取れていない。



「帰りたい!!!!」



 心の中で叫んだはずが、言葉になって漏れてしまっていた。


 部隊長たちが絶句した。

 団長たちが目を丸くした。


 俺がそんなふうに言ったことなんて今までに誰も聞いたことがないから、当たり前だろう。


 しんと静まり返っていた。


 それが、一変する。


「ついに閣下が『戦士なら一度は発症する帰宅欲求病』を発症だ!!」

「まじだ!! 祝え祝え!!」

「この前は新婚の副弓兵団長が発症してたろ?! ひゃっほう!!」

「伝達伝達!! お前ら本気出せ!!」

「やっちまうぞ!! 掃討して帰ろう!!」


 なぜか意気揚々と、嬉々として楽しげに、皆、やる気に満ちて作戦室から飛び出していこうとする。


「え? あ?」


 さすがに驚いて、彼らを目で追った。


「グラジエフ様もときどき発症しておられたので、恥じることなんてありませんよ、閣下!!」

「大手を振ってさっさと戦終わらせて帰れる!! やるぞー!!」

「戦力出し惜しみ無しだぞ!! 行くぞー!!」


 意気揚々と立ち上がり、武器を手に勇み行く部下たち。


「ま、待て、策をちゃんと!!」


 慌てて止めにかかったが、歴戦の仲間たちは。


「閣下がさっきまとめてくださったでしょ」

「行きますよ、閣下。はやく帰りたいでしょ?」


 晴れやかな笑顔で、戦いへ誘ってきた。


 俺のもとに集ってくれている、老いも若きもウォルフィンリードの兵士たち戦士たちは、亡き父にも仕えていた者たちでもある。

 場合によっては、俺よりも長く父のそばにいて父を見てきたこともある者たち。

 俺よりも長く戦場にいて、戦を身近に生活してきた者たち。


 今更ながら、改めて聞きたいことが出てくるなんて思ってもいなかった。


 戦士なら一度は発症する帰宅欲求病ってなんだ?!


 俺は笑いながら剣を手に取った。






 「戦士なら一度は発症する帰宅欲求病」。


 たとえ戦士でも、家は恋しいし、家族は大事だし、戦いばっかりだと嫌になるし、剣を投げ出して戦場忘れて、くつろぎたいし、心機一転心身回復したくもなる。


 それで当たり前。


 戦闘のためだけに生きる、狂った人形なんかじゃないのだから。


 掃討が終わり、帰り支度を進めていると、帰還に浮き立つ気配の中、別の意味でも嬉しそうな歴戦の戦士たちがコソコソと寄ってきた。


 彼らは揃って俺よりも年上。

 団長や部隊長は若い者に任せて自由気ままに彼らを補佐する、父にも仕えていた猛者たちだ。


「まさか若が発症とは。ふふ、嬉しい限りで」

「なんというか、我ら老害どもはやっとかと安堵する気持ちです」

「若はいつも頑張りすぎ……」

「真面目……」

「戦闘狂……」

「戦馬鹿……」

「なんかここぞとばかりに貶されている気がしなくもないが?」


 彼らは揃って「そんなわけがない」と声を合わせて否定した。


 そんな彼らの言動を詰めたいわけじゃないから、言い返したい不服感はあるけれど、じっとりと見つめ返すだけにとどめる。


「懐かしいなー。グラジエフ様が発症したときを思い出す」

「当主自らが発症は、なかなかないからな」

「若い奴らはあちこちで発症してるから、その辺調整するのも団長たちの力量だしな」

「そもそもアステライト様がそこまでにならないよう采配を最初から振るってくれておるのに、まったく、若い奴らは堪え性のない」

「儂らが若い頃はもっと酷かったのに」

「大きく変わったのは、やはり英雄様の頃だろうなあ」


 この英雄様というのは、俺が二歳頃に死んだ祖父のことだ。 

 アスラン国にいまだ名を轟かせる大英雄。ウォルフィンリードが誇る戦士の中の戦士。


「英雄様が『帰りたい、帰ろう』と言い出したのが始まりであり、定着したのだと噂だからな。この病は」

「うむ。その理由が『嫁に会いたい』とか『生まれたばかりの息子に会いたい』だからなぁ」


 ちなみにこの生まれたばかりの息子が、俺の亡くなった父グラジエフだ。


「グラジエフ様も『俺が見てない間に息子が歩き出したらどうする!!』とか叫んでたな。その頃、アステライト様が生まれて一月だったか?」

「その次は『俺が見てない間に息子が喋りだしたらどうする!!』だったな。ソルアンドレ様が生まれてちょっとだった」


 しみじみと昔話を楽しむ初老の戦士たち。


 父上……。

 初めて聞いた、そんな話。


「さぁて、若の帰りたい理由はなんじゃろうなあ?」

「これこれ。若者には若者で色々あるて」

「アステライト様はこれでも新婚だぞ?」

「おや? フォーレスタ坊や殿下が持ってきたワケあり案件じゃろ?」

「なんにせよ、発症理由は『嫁に会いたい』か。ほっほ、英雄様と同じか」

「おんや? 若、長年の想い人は諦められたのですか?」


 期待と好奇、下世話に若者をいじくり倒して楽しもうという、娯楽に飢えた年長者の余裕を持った態度。


 それに真正面から対応していたら、疲れるのはこっちだ。


「ああーっ!! もういい!! 好き勝手言っててくれ!!」


 ニヤニヤしている自称老害の戦士たちを振り切って、号令を飛ばした。


「帰還する!!」


 予定よりもはるかに早く、軍はウォルフィンリード城へと帰還の道を辿った。





アステライト・ウォルフィンリード

ウォルフィンリード軍兵士の皆々

ウォルフィンリード軍戦士の皆々

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