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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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内政、はじめました

リオノーラ視点

 さすがウォルフィンリード。

 国の要の軍侯爵家。


 私が見てきたエルトフォード公爵家の内政とは違うところがたくさんあって、重きを置いているところが全然違った。


 領内地域のことを一つ教えて貰うだけで感心に声が上がる。

 特産物一つについても興味が湧く。

 境界の森、山脈、ダンジョン、魔物に対する考え方一つにまで、違いが見つかる。


 全部が発見の連続。


 ウォルフィンリードの先人たちの知恵と領民たちの生活は、森に住んでいたときの自分の思考と近いかもしれないと思うときがたくさんあって、共感と称賛と感動が常に湧き上がった。


 そんな中で私ができること。


 まずはエルトフォード公爵家のみならず、どこの貴族の家でも共通するような通常の内政をさっさと片付けてしまう。


 それから執務室を飛び出して、普段からアステライト(当主)の補佐として内政を見てきた家令長シアンの意見も仰いで、早急に手をつけたいところ、私が気になるところ、使用人たちから要望が上がっているもの、を優先的に着手していく。


 ここで忘れてはいけないのが、ウォルフィンリードでは兵士たち戦士たちの意見もかなり高い優先度で見ていかなければならないことだ。


 彼らの士気は、間違いなく戦に影響する。

 そしてゆくゆく、アステライトの統率力へと響く。


 だからといって甘やかせばいいと言うわけでもない。


 その折り合いを見つけて、良し悪しを見極めるのは為政者(こちら)の仕事だ。 


 ウォルフィンリード前辺境伯夫人が亡くなられてから今までシアンがほとんどやってきた内政は、悪くはない。


 普通の貴族なら十分に行き渡った内政で、手筈で、使用人たちの中から不満の声もとくにない。


 それは確かに古くから貴族の家々の女性たちにも伝わってきただろうやり方だったり、その家に合ったやり方だったり、と理解できたが、……ごめんなさい、それをただ実行して保ってきただけという印象。


 そして、実行の命を下ろしていたのが男性たち、というだけで、女性使用人たちの気持ちがほとんどといっていいほど汲み取られていないことなどすぐに気づいた。



 一日目。

 またたく間に、女性使用人たちの待遇を変えた。


 何度でもいうけど、今までも悪かったわけじゃないの。


 でも、自分たちも分かっているだろうけど、ここは戦城(いくさじろ)

 戦い、生きるか死ぬか、そんなものがいつだってそばにあるウォルフィンリードの最大最上、最後の守りとなるべき城なのだ。


 だからといって、張り詰めたばかりの戦士たちのためだけの場所であっていいわけがない。


 いくら戦って勝っても、帰る場所がなければ意味がない。

 そしてその帰る場所にいる者たちが、健やかで心穏やかでなければ、戦士たちだって次の剣は握れまい。


 ここは、そうでなくてはならない。


 どんな失意の戦になろうとも、この城に帰り着きさえすれば、また次が、と心の拠り所になり続けなければならない。


 そこを支えている多くの女性使用人たちの待遇が満たされているほうがいいじゃない? 

 毎日幸せに楽しく仲良く働く女性たちにお世話されるほうが、兵士たちも喜んじゃったりしないかな?



 二日目。

 傷病兵たちの治療院、及び医者と薬師たちの状況を見に行った。



 三日目。

 文官たちと交流した。


 ウォルフィンリードはやはり、戦士であることを誇る傾向にある領風だから、なんだか肩身が狭い様子だった彼らと、ものすごく領内の文化や祭り、特産物や伝統なんかのことで盛り上がった。


 文官の仕事が戦士に劣るなんてことはない。

 それぞれがそれぞれの「戦い」なんだと告げると、彼らはとても嬉しそうだった。



 四日目。

 厨房、食事、兵食、食物の仕入れ、保存。とりあえず食にかかわるすべての人と会った。


 午後には兵士たちの兵舎を管理する者たちに会って、兵舎がどんな環境か、使われている家具、寝具、水回り、いろんなものを見て回った。



 五日目。

 ……なんて日にちを数えていくのも忘れてしまいそうになっていく。


 日記にはもちろん日付とその日に何をやったかを書いているから忘れたりはしないけど、毎日、自分にやれることを探して、実行して、話し合って、とするだけでも大変な日々だった。


 今日は、ウォルフィンリードのここ数年間の天候を記した記録日誌を片手に、ここ数年間の作物量と、特産物の生産量を見比べて。


「リオノーラ様、ご休憩なさってください。お茶が入りましたよ」


 ニビアは別の用事でちょっと出てもらっているので、ビオラがお茶を用意してくれた。


 私は思わず、ビオラに向かって話しかけた。


「ねぇ、ビオラ。すっごくたくさんやりたいことがあるのに、ものすごくいっぱいやれるの。余裕と時間があるって感じがする。どうしてだろう?」


 ビオラは私が記録日誌を持ったまま席に着いたのを見て、丁寧に茶を淹れてくれた。


「あれじゃないですか? 煩わしくてかなわなかった、無駄な紙の整理と釣り書の確認と絵姿を見なきゃいけないとか、紙の無駄の削減方法に頭を悩ませずに済んでいるからでは?」


 ビオラの言葉に、合点がいったと目を見開いた。


 毎日毎日無駄なほど届いていた、見たことも会ったこともない人たちからの恋文。エルトフォード公爵令嬢をパーティに誘う招待状。ついでにソーラス兄様宛の恋文とパーティの手紙たち。


「そうだ、本当だ……!!」 


 私にとってあれは本当に煩わしく精神を悩ませる物体だったんだと、しみじみ感じた。


 お飾りの夫人()が、当主(アステライト)がいない間に城をウロウロして、なにをあっちこっち引っ掻き回しているんだと注視していた大半の使用人や兵士たちも、そばに必ずシアンがいること、常にニビアの意見も聞いていることを見て、徐々に警戒心を薄めていった。


 そして、私が変えようとしていることが思っているよりもささやかなことばかりで、毒気を抜かれたようでもあった。


 私がやったことなんて、本当にささやかなことばかりだった。


 アステライトに結婚式のときに宣言したとおり、領の財政を傾ける気はないし、民の血税を宝石に変える趣味はない。


 他にあったことと言えば、アステライトが手配してくれていた、夫人()のための衣装や身の回りの物を揃えるために城下の御用達店の者たちが来てくれたことだろう。


 彼らに頼んだことは。


「ウォルフィンリードの女性が動きやすいと感じる基本的な服を数着作ってください。ドレスではなく服を。装飾はいりません」


 そんな、わざわざ御用達店に頼むには的外れな内容だった。


「しかし、奥様」


 もちろん、御用達店の者たちは揃って難色を示した。

 彼らは彼らで、自分たちが提供することのできる物品に誇りを持っているのだろう。


 一応(訳ありとはいえ)ウォルフィンリード辺境伯に迎えられたばかりの新婚の妻。

 それなのに、そんな夫人が求めたものは貴族らしい煌びやかさとは縁遠い実用的なものばかりだなんて。


「私はエルトフォード公爵家で着尽くせないほどドレスをいただきました。ですが、ウォルフィンリードで、万が一戦になった場合、万が一戦う場合、そして普段兵士たちを労いに会いに行く服を持っておらず、また、どんなものなのかも知りません。今の私に必要なのはそういうものです。傷病兵に会いに行くときにドレスを着ろと? 領地を見て回るときに着飾れと? 辺境伯の権威を示すために、私が着飾ることも必要でしょう。でも、それは今ではない」


 そして、そんなものを披露する場など、私が辺境伯夫人としてウォルフィンリードにいる間に来るかどうか。


「ウォルフィンリードに生きる女として必要になると思うものを揃えて見せていただきたいのです。戦いがそばにある暮らしというものを知らない、無知な女でごめんなさい。城での暮らしも、支えてくれる使用人たちがいるからやって行けています。生活を支え、領の経済を回す、貴方方の協力をも得たいのです」 


 御用達店の店主及び、付き従ってきた店員達は微かに震えて、頭を下げてくれた。


「あと、個人的になのですが、こちらを買い取ってくれますか?」


 私の指示でビオラが彼らの前に差し出したのは、エルトフォード公爵家を出るときに、何かがあって路頭に迷うようなことがあっては困るからと持ってきた、ソーラス兄様が散々与えてくれたエルトフォード領産のアクセサリー、宝石、貴金属。


 そう多くはないし、大きくもないけれど、小さな粒のような宝石がいっぱい付いているから、価値はそれなりにあるはずだ。


 ひゅっと、店員たちが息を呑んだ音が聞こえた。


「買い取り、でございますか?」

「ええ、これを買い取っていただいてできたお金で、城の兵士たちの寝具を一新したい。傷病兵の病床はとくに」

「城内の寝具ではなく?」


 確認するかのように尋ねられたので、うなずいて見せた。


「ええ、兵舎のものを。私が個人的に気になってしまったことだから、城の予算は使いません。取り替えたあとの寝具と布類は摩耗状態によりけり、廃棄も考えますが……、ねぇ、シアン、領内の孤児院や個人病院の状態はどんなものかしら? 場合によっては下賜するにあたって、運搬し、配達する業者を手配しなくてはね。試算しましょう。ああ、代金が足りないようでしたら言ってください」


 正直、なんだこの女性は、と部屋の中にいた誰もが思った。


 夫人のためだけに与えられた時間で、夫人の威厳と体裁を整えるための物を揃える場であるのにもかかわらず、華美なものなど一切求めず、だが消費をしなかったわけでもなく、私財を惜しみなく兵士や領民のために使うと言った。


 おおよそ、普通の貴族女性が他家に嫁いで最初にやることじゃない。


 皆が唖然としている中、なぜかビオラだけは自慢げに胸を張っていた。



 そのあと、私は軽く採寸を受けて、御用達店の者たちはとても意欲に燃えた様子で帰っていった。


 寝具は、硬い、柔らかい、その中間、好みがあるので一斉に交換とは行かず、部屋を持っている兵士たちそれぞれの協力を得ながらきちんと行き渡っていった。


 今、戦で城外に行っている者たちにも、もちろん帰ってきたら順当に行き渡るように手配した。


 まだ使えるものは、無駄なく領民に下賜する。


 やることはこれで終わりじゃない。

 まだまだ次から次へと目につく。


 楽しくない手紙を読む苦痛な時間がない分、私は日々楽しく、お飾りのウォルフィンリード辺境伯夫人の内政の、ささやかな仕事に勤しんだ。





リオノーラ・ウォルフィンリード

ビオラ

シアン

ウォルフィンリード領御用達店の皆々

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