一人目覚める寝台の上
リオノーラ視点
目を覚ましたら、朝だった。
遅い朝や昼間じゃなく、ちゃんと早い朝だった。
大きなベッドに一人。
ここがアステライトの部屋の寝台の上だということはすぐに分かった。
そして、アステライトがいないのは、また今回も、だということも。
兵士たち、戦士たちは朝も早い。
自主的に身を鍛えるために、昼夜問わず城のどこかしらで鍛錬や訓練に勤しんでいる姿が見られる。
アステライトは早朝に身体を動かすのが日課らしい。使用人たちが教えてくれた。
彼がいないのが、鍛錬に出たからなのか、戦に赴いていったからなのかは、今は分からない。
ただ少し、肌を重ねた夜が明けた朝、目覚めたときに一人だというのがこれほど寂しいものなんだなということには驚いた。
今日もまた、この身体にはアステライトが残した名残が残っている。
起き出そうかと身を起こしたときに感じる甘い倦怠感と震え。身体のなかから溢れ出てきそうな、注ぎ込まれた彼の熱。
恥ずかしさといたたまれなさと、どうしたらいいのかと悩む気持ちと、やっぱり嬉しさがごちゃごちゃになった感情が込み上げるばかり。
そして。
『昨日、どうやってここに来たの?! 食事をしてて、それから?! なにが起こったの?! また彼と肌を重ねた?! このシャツはアステライトのだよね?!』
着ていたはずのドレスはない。
代わりとばかりに着せられた、アステライトの大きなシャツ。
侍女を呼んで身支度を手伝ってもらえという無言の圧力ならぬ、貴族の常識が読み取れる。
でもそうすると、侍女であるニビアには、私とアステライトが「白い結婚」をしたにも関わらず、閨を共にし、夫婦の営みをしていると晒すことになるのでは?
……いや、もう三日目にもなれば、言い逃れもできずにバレているだろうけれど。
ニビアは湯浴みも着替えも手伝ってくれている。
だから、私がどこで目覚めて、どんな状態だったから湯浴みが必要で、身体中についた唇の痕を隠せるドレスを選んでくれて、自分の寝所で眠っていないことだって知られている。
『アステライトはなにを考えているの? やっぱり私が知らない貴族の常識があるの? 白い結婚って他にも種類があるの? どうしよう……、このままアステライトの熱を覚えてしまったら、……もう一度さよならと言うときに辛いよ……』
胸の奥が軋んだ。
でも、結局はどんなことになってもたどり着くのは再度の別れだ。
ウォルフィンリード辺境伯の想い人の話。
覚えていないわけがない。
忘れてしまえるわけがない。
だから、期待なんて抱かない。
アステライトが私に対してある程度の情を抱いてくれていることは理解している。
心配からきた怒りに任せた激情や、懐かしさからきた身体の触れ合いだったり、憐憫からきた庇護があるのだろう。
けっしてそれを、愛情だと錯覚してはいけない。
そう思ってしまったら、……辛いのはただただ自分だけだから。
『俺には好いた女がいる』
アステライトはきっぱりとそう言ったじゃないか。
少しだけ、少しの間だけ、いい関係でいればいい。
辺境伯夫人としての仕事をこなして、仮初めの母親を演じて、ウォルフィンリードの戦士たちと領民を慈しんで。
お飾りのウォルフィンリード辺境伯夫人になったエルトフォード公爵の妹は、公爵の妹として恥じない人だったなと思ってもらえればいい。
ソーラス兄様が帰ってくるまで。
そして、穏便に離婚が成立しても、ウォルフィンリードとエルトフォードの家の間に、昔と変わらない交流が続けばいい。
エルトフォード公爵令嬢にできることなんてそれくらいだ。
我慢すればいい。
ステラを想っていることを心の中に伏せ続けたのと同じように、それをこれからも続ければいいだけ。
リオの本当の気持ちなんて必要じゃない。
……誰か他の人を想っているなら、私を抱かないで。
必要以上に優しくしないで。
私のことを心配なんて、もうしないで。
でも、それを言葉にして直接、伝える勇気がないのも確かだ。
ステラにとって私はいつまで経っても、心配してあげる対象である森の魔女の少女なんだろう。
アステライトにとって私は、貴族社会の暗部情勢に巻き込まれて可哀想だから庇護してあげなくちゃいけないと思った隣領の公爵の妹、だろう。
落ち込んでいく気持ちに、はっと我に返る。
だめだ、だめだ、だめだ。
ほら、笑え笑え。
作り笑いの練習はいっぱいしたでしょう?
私の気分一つ、態度一つが兄様の評判になる。
リオはいらない。
必要なのは貴族の令嬢として生きる「なにか」だ。
深呼吸を繰り返してから、私は侍女を呼ぶためのベルを鳴らした。
アステライトが朝と呼ぶにはずっと早いうちから兵を率いて急な防衛に出ていったことは、すぐにニビアが教えてくれた。
私は彼女に手伝われ、湯浴みをして身を整えて、朝食を摂り、とまあ、なんとのんびりしたものかと自身を省みて思うばかり。
アステライトとともに戦線に立つことなんて、まずできない。
戦に向かう者を見送りもできない。
安全な城の中で守られて、彼らの帰りを待つだけ。
なんと無力な。
エルトフォード公爵家にいたときには感じなかった無力感だった。
どうしてこんな風に感じるのだろうと疑問には思ったが、それに対する答えを言葉で得るよりも、自分がすべき行動とやらは明確に分かっていた。
だから、動き出した。
自分にできることを。
エルトフォード公爵令嬢として学んだ知識を。
「力ある魔女」の娘として、薬師として育った知識を。
ウォルフィンリード辺境伯夫人として、なし得ることのすべてに変えよう。
本腰を入れて内政に手を入れ始めた私に、家令長シアンも、侍女をしてくれる筆頭メイド長のニビアも、優しく温かな手を差し伸べてくれた。
そしてなぜかとても嬉しげだったのが不思議だった。
リオノーラ
ニビア




