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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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いよいよ対面する晩餐、……のはずが

リオノーラ視点

 城に入ったところで、私を迎えに戻ってきたニビアとビオラに遭遇した。

 アステライトに抱き運ばれている私を見て驚いた様子だったけれど、否定的なことは何も言わず、部屋まで運んでくれようという彼の後ろに黙って着いた。


 アステライトは私を部屋まで連れてきて、そっとベッドの上に下ろしてくれた。

 夫人用のリビングはあるのだけど、連れてこられた場所が寝室のほうだったことに、若干恥ずかしさを覚える。


 足の痺れはだいぶマシになったが、自力で立って歩くのはまだ辛い。


「ありがとうございます」

「いや、俺のせいだから。動けるようになって、ちゃんと温まってから来てくれ」

「はい」

「リオノー……」


 大きな手が私に触れようと伸ばされて、途中で止まった。


 アステライトの後ろから、ニビアとビオラの無言の圧がかかっている。

 交流を図ろうとすることはいいことだが、身動きもろくにできない凍えた女性に一方的にかまって、なおかつ時間を取らせているのはどういうことだと問いかけたいと顔に書いてあった。


 その気配を感じ取ったのだろう。

 苦々しく表情を歪め、惜しむように手を下ろして、アステライトは立ち上がる。


「では、あとでな」

「はい」


 優しい微笑みを浮かべて、アステライトは部屋を出ていった。

 それを見送ると、ニビアとビオラは夜支度のために動き出した。


 続きの水回りの部屋へ入り、手際よく浴室の準備をしたり、夕食用のドレスを用意したり、時々戻ってきて、私の足の痺れが取れたか聞きに来てくれる。


 足を擦りながら、私は考えていた。


『……いよいよ、か』


 心の中で呟いた。


 しなければならないと、待ち望んでいた対話。

 彼の養子の息子も同席しての夕食。

 となれば、私たち二人の過去のことはそこでは話さないはずだ。


 まずはこれからどうしていくか、改めて関係性を確認するところから始めるに違いない。


『ネログラヴィというのが、息子さんの名前か……』


 どんな子なんだろうか。

 嫌われないように努力したい。


 しばらくの間だけの仮初めの母。

 きっと彼の方も複雑な心境だろう。


 そしてアステライトに確かめなくちゃ。

 名ばかりの妻でいられるのかと。


 白い結婚の定義をもう一度、確かめ合わなければ。


 見つめた手のひらに残る、アステライトの髪の感触を思い出す。


 ……もう、あんなことはきっと二度とない。


 覚悟を決めて、痺れの取れた足で立ち上がった。




 

 食事は始まって、席に着いたのは着いたのだが、そこにネログラヴィと呼ばれる養子の息子である少年の姿はまだない。


 主人の席に座っているアステライトをチラリと見たあと、自分の向かい側に準備だけはちゃんとされている空席を見た。


 その視線の意味に気づいたのだろう、アステライトは給仕に声をかける。

 すると、給仕は音もなくするりと晩餐室を出ていき、代わりに家令長シアンがやってきた。


「ネログラヴィ様は先ほどお帰りになりました。今、急いで身支度を整えられております」

「そうか。急かすつもりはないんだがな。リオノーラは先に食べておくといい」


 一緒に待つと返事を返そうとしたのだが、アステライトはすぐにシアンが差し出してきた書類と、小声で彼が告げてくる言葉に耳を傾けはじめた。


「奥様との夕食時に無粋かと思いますが、これだけは急ぎで……」

「構うな、いつものことだろう? あのダンジョンの新種の話と、例の魔物の移動経路か…、不可解な…、……この移動予測だと……」


 私のそばに給仕がやってきて、食事を運んできてくれた。

 何種類かの飲み物も、丁寧に注いでくれる。

 しゅわりと泡立つ果実の飲み物の芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。


 まだそこまでお腹が空いているわけではないから、一緒に待つことなんて苦じゃないんだけど。

 そう思いながらも、とりあえず飲み物を口にした。


 口の中で炭酸が弾けて、爽やかで甘い液体が喉を潤す。

 そういえば、冷えた身体を温めるために湯浴みをして夜支度をしたあと、また冷えては困るからと水分を控えた。


 思っていたよりも喉が渇いていたようだ。

 あっという間にグラスを空にしてしまうほど、美味しく感じた。


『色々な果物の味がする。こんなの飲んだことない。おいしーい』


 チラリと給仕に目配せすると、意図を汲んでくれたようで、二杯目を注いでくれる。

 嬉々としてそれを飲んだ。


 ウォルフィンリードは魔物が多いというのが定説だけれど、それに伴い土地に染み込む濃厚な魔素によって土が肥沃だ。

 国の中で一番農耕が盛んで、作られる農作物は美味しい。もちろん、果物も、木の実も。


 エルトフォード領の境界の森の家でよく採っていたベリーも甘酸っぱくてお気に入りだったが、ウォルフィンリード領の今の季節に出回っているベリーはもっと甘い。

 森の家で、自分の手で作れる程度の甘味しか知らなかったから、エルトフォード家に迎えられてからソーラス兄様の手によっていろんな甘味を与えられた。

 自分が、それなりに一般的な女性と同じように甘味が好きなんだと再認識した。


 けっして兄様の甘言に惑わされて甘いものを欲しいだけ食べていたわけではない。(そんなことしたら絶対太っちゃう!!)


 でも、未体験の美味しいものや甘いもの、ジュースなんかを口にするとやっぱり気分が嬉しくなって楽しくなってしまうのは、自分だけじゃないはずだ。


 二杯目を飲み干して、身体の内側が温かくなるような気分になった。


 目の前に提供されている食事にゆっくりと手をつけ始めた。


 そういえば、私の分の食事量はウォルフィンリード流には合わせないでほしいといった内容のメモはちゃんと厨房の者たちに届いたようだ。

 明らかにアステライトと私に提供されている料理の量に差がある。ありがたい。


 ウォルフィンリードの戦士たちはどれだけの量の食事を一回にするんだろう?

 アステライトはどれだけ食べる?


 もしも魔物の発生を聞いたら飛び出していかなければいけないのだし、兵食、兵糧は大事だ。

 どんなものを食べているんだろう?


 給仕が三杯目の飲み物を注いでくれた。

 美味しいサラダとスープを食べきってから、飲み物を口にする。


 夜中の厨房で会った少年も、お腹が空くからと夜食ドロボウをしてたなぁ。


 戦いの中で空腹は、集中力を欠くことに繋がる。

 長く魔物との戦いを繰り広げているウォルフィンリードが食事を疎かにすることなんてないと分かっているけれど、食事の質や、腹持ちや、急な戦闘中に対応できる戦闘食やなんかはどうなっているんだろう?


 私は剣を手にして戦うことのできない者だから、いや、いざとなったら武器も持つけど基本的にはただの邪魔にしかならない。


 かわりに戦ってくれる戦士、兵士たちにしてあげられることはなんだろう?


 名ばかりのウォルフィンリード辺境伯夫人でも、辺境伯領のためにできることはきっとあるはず。


 すぐに考えつくことは、お給金のこと以外では、食事のことや、支給される薬のこと。

 エルトフォード公爵領ではほとんど考えなかった案件だ。


 そんな「できること」は、公爵令嬢としての自分よりも、魔女のリオとしての自分に近い気がした。


 くぴくぴと三杯目の飲み物を飲み干した。


 不意に、ステラが自分の領に来ないかと誘ってくれたときのことを思い出した。


 いい薬を作ってくれたら喜ぶ、と薬師の自分の腕を買ってくれた言葉が嬉しくて、むず痒かった。


 そういえば、ステラが言っていた友達って?


 ん?

 ウォルフィンリード辺境伯の親友は、王太子殿下。


 給仕が四杯目の飲み物を注いでくれる。

 それを一口、飲み込んだ。


 なんだか大事なことにたどり着いた気がしたんだけど、頭の中がふわふわする気がする。


 ええっと、ステラの友達がステラを助けたことに感謝してくれてて……。

 私は、ステラが住んでいる領で、小さな薬屋を開いて……。


 お薬をステラと友達が買いに来てくれる? きっと兄様も買いに来てくれるよね? ビオラは店員になるとか言ってくれたり?


 お薬だけじゃなくて、ときどきクッキーも店頭に並べちゃったりして? 

 じゃあ、厨房で会うあの赤い目の男の子も買いに来てくれるかな?


 他のみんなも来てくれるかな?


 それってなんだか楽しい毎日。


 ああ、いい気分。


「……リオノーラ?!」


 ステラの声がした。


 顔を上げると同時に頭が揺れて、なんだかとても眠い。

 ひどく慌てた様子で、ステラが私を抱きとめてくれた。


「酒を飲んだのか?! 飲めるようになったのか?! 苦手だと言っていただろう?!」

「お酒は苦手れす……」


 背後で、えっ?! と給仕が驚いた声がした。


「どれだけ飲ませた?!」

「それが四杯目です!!」

「……こんな小さなグラスで?」


 なんだか信じられないといわんばかりの疑問に満ちたステラの声が降ってきたけれど、気にしていられなくて、こてんとステラの胸に頭を寄せた。


 ここなら眠っても大丈夫。

 だって、ステラの腕の中だもの。


 眠気に逆らわず、ひどく素直に目を閉じた。





リオノーラ

アステライト

無言の圧力を送るビオラとニビア

シアン

給仕の皆々

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