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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 お互いに益がある…はず

 私に思いついた全てを説明して、フォーレスタ殿下は大急ぎで城を発っていった。

 目指したのはウォルフィンリード辺境伯領だ。

 その足でアステライト・ウォルフィンリード辺境伯を説得しに行くらしい。


 私はまだ何が何だか分からないまま、理解が追いついていないまま、とりあえずフォーレスタ殿下に言われたとおり、最小限の荷物と、どうしても持って行きたいもの、連れていきたい使用人を一人に絞ること、と言いつけられたことを守って行動をはじめた。


 領政を家令長および信用おける補佐と使用人に預け、城を出る。そうしたほうがいいと思えるほど、私の状況は切羽詰まっている、とフォーレスタ殿下は判断を下したのだ。


 私がいなくても、ソーラス兄様が帰ってくるまでの間に円滑に公爵領を回すための、使用人たちを動かす手はずを整える。

 どうしても当主代行の決裁が必要なら、私がいるのは隣領ウォルフィンリード。早馬を走らせれば二日以内に裁可を仰げる距離だ。


 私の当主代行の補佐に兄様がつけてくれた者たちも有能な者たちばかり。家令長もメイド長も信用が置ける人物。よほどのことが起こらない限り心配はないだろう。


 私の侍女ビオラだけを連れて行くことに決めた。


 本当は、いくら王太子殿下と親交の深いウォルフィンリード辺境伯といえど、どんな人か身をもっては知らない。

 どんな扱いを受けるかも分からない。

 だから一人で行こうと思うと告げたら、ものすごい剣幕でビオラが吠えた。


「私はミオシス様についてアスラン国に来ました!! ミオシス様に一生涯仕える覚悟を決めてです!! その思いをミオシス様は知っていたのに、私を置いて行かれました。もう生きては会えず、手の届かない場所へと。そんなミオシス様が残したリオノーラ様にお仕えする。私は、二度と、主に置いて行かれたくありません!!」


 すがりついて泣かれて、連れて行かない選択肢は選べなかった。


 小さな荷物を作った。

 母の薬のレシピ本は、やっぱりどこへ行くにも忘れずに持っていくものだった。


 ビオラは公爵令嬢の威厳をいつでも保つためにあれもこれもと言って持って行きたがったが、私自身はほとんど、この公爵家にはじめて来たときと同じような荷物量だなと思って笑った。


 準備だけは整えた。


 そもそも、アステライト・ウォルフィンリード辺境伯が承諾してくれなければ始まらない話である。

 そのことは王太子殿下も心配しながら隣領へ向かっていったのだから、どうなるかは分からない。


 そうして時間ができて、ようやくちょっと心に余裕が生まれた。

 私だけでなく、みんなに。


 だから聞いてみた。


「ねぇゼリゼ、ビオラ、『白い結婚』ってどんな結婚なの?」


 みんなが焦って飛び上がったのは、言うまでもなかった。


 あ、これは、私が閨事のことを知らなかったときと似た反応です。

 無知さを反省します、ごめんなさい。


 そして私は、白い結婚についての説明を受けるのだった。




 男女の関係を伴わない、書類上だけで形式だけの結婚。

 そう説明されて、飛び上がって驚いた。


 貴族社会にはそんな結婚もあるのかと、驚きを通り越して感心さえした。


「本当は愛のない結婚をした貴族夫婦の関係を現した、なかなかに不名誉な結婚を指す言葉なんですが……」


 でも、お互いに愛がないからと一線を引くのは、ある意味誠実なことではあるかもしれない。


 ただし人としては、夫婦になるなら身体の関係はなくても心の歩み寄りや交流の場を持つのは必要なことだと思う。


「ウォルフィンリード辺境伯様は、もう長い間、想い人がおられて行方を探しておられるという話だし……」


 ソーラス兄様から聞いた話と、王太子殿下とのお茶会で聞いた話を思い出す。

 ついでに、夜会に出たとき、どうしてもあった待ち時間なんかで、色々な人がウォルフィンリード辺境伯のその話を楽しげに話題にあげていたのを耳にした。


 王太子殿下がしてくれた白い結婚の提案を、私とウォルフィンリード辺境伯に当てはめてみる。


 王太子殿下の提案どおり、ウォルフィンリード辺境伯と白い結婚をする。

 まずそもそも白い結婚なのだから、肉体的接触などは無し。

 ウォルフィンリード辺境伯に想い人がいるのは国内でなかなかに周知の事実。


 そんな人が私と結婚する。


 間違いなく訳ありの白い結婚だと周囲は考えるだろう、とすぐに思えるほどの傑物、らしい。


 それほど、ウォルフィンリード辺境伯は想い人に一途な感情を抱いている、らしい。


 これも全部、兄様とフォーレスタ殿下が教えてくれた情報だ。


 ウォルフィンリード辺境伯の血脈は、代々妻を大事にする家系だそうだ。

 名ばかりでも妻になる私を蔑ろにはせず、邪険にも虐げもするまい。


 そもそも、困っている女性にそんな扱いをするなど、戦士の称号を持つ者がすることではないと勝手に思う。


 お互いの親の葬儀にも顔を出し合うほどの仲で、そこそこ交流のある隣領当主の妹である私。

 今現在の状況と事情を汲んで、ソーラス兄様が無事外交を終えて帰ってくるまでの間、白い結婚を結んでもらって、庇護を受ける。


 その尽力に報いるために、今は夫人不在ということで当主自ら行っているだろうウォルフィンリード辺境伯領の内政を手伝う、なんてどうだろう?


 日々、魔物との戦いの最前線であるウォルフィンリード。

 辺境伯様の実務仕事が一つ減るだけで、余裕が生まれたりして楽になるんじゃ?


 最前線の軍が使う薬には、深く深く興味が湧く。

 あわよくばその知識を垣間見たい。

 そして必要ならば私が作る薬を、最前線で戦う兵士たちの助けに使ってもらったり……。


 ぽやっと夢見てしまった。


 自分の薬が多くの兵の助けになるところを間近で見られるなんて、薬師冥利に尽き……。


『私、薬師としてウォルフィンリードへ行くわけじゃないんだった……』


 わくわくしかけてしまった心をどうにか落ち着かせる。


 私は、難攻不落の戦城(いくさじろ)ウォルフィンリード城で匿われ、名ばかりの妻という立場を得る。

 そんな私に謁見しようとするなら、夫であるウォルフィンリード辺境伯の許可がいるはずだ。


 日々戦場の最前線にいるウォルフィンリード辺境伯に謁見の許可を取れるまで、どれだけの時間が必要になる?


 そうこうしている間に時間は過ぎるだろう。

 そもそも、もうすでに結婚した令嬢に求婚しようなんて、頭おかしいのかな? と思われて仕方ない行動だ。


 そんな奇行に走る貴族の男性。

 国政から遠ざけて間違いないと思います。


 想い人がいるから、名ばかりの妻に興味を抱かないウォルフィンリード辺境伯。養子の跡継ぎもすでにいて、実子を急いで求める必要もない。


 本当はまだ結婚する気はなく、身の危険を回避するために結婚という手段を取るエルトフォード公爵令嬢。秘しているステラへの想いのために、誰か他の人と身体を重ねたいとか、子を生したいとか思わない。


 ソーラス兄様さえ帰ってこられたら、円満な離婚が迎えられる。


 なかなかどうして、お互い益はあるんじゃないかな?


 思わず期待に胸が躍った。


「いやいや、私一人がその気になってどうするの? 私という政治的に邪魔くさい存在を抱え込むことで、辺境伯様に迷惑がかかるかもしれない。それを煩わしいと思われるかもしれない。いくらご親友とはいえ、フォーレスタ殿下の説得に応えてくださる保証はないんだから」


 もしも断られて、この計画が白紙に戻ったとしてもがっかりしないように言い訳を並べ立てた。


 長年、想い人を探し続けられるような誠実な方だ。

 その想い人のためにも、結婚して妻を持った、なんて噂が立ち上れば困るに違いない。

 うん、断られても仕方ない。


 そう思っていたのに。


「リオノーラ、アステライトが承諾した。結婚式は一週間後だ。ウォルフィンリードへ向かってくれ」


 とんでもない報告を持って、フォーレスタ殿下はエルトフォード城へ戻ってきた。


「急いでくれ。暴走気味の輩が、父上にエルトフォード公爵令嬢との縁談を取り持ってくれないかと嘆願してきたらしい。貴族連中の様子と、貴女の現状に父上は心労で今にも倒れそうだ」

「そんな…っ」

「私はこのまま早馬で王都へ帰り、貴方とのアステライトの結婚に必要な書類を全て手配して見届けだけで終わるほどにまとめてくる。二人の結婚衣装は見届け人とともに贈るから、ウォルフィンリードで受け取ってくれ」


 フォーレスタ殿下は必要なことを伝えるだけ伝えて、また馬に跨った。


「多少強引に事を運びはしたが、アステライトは決して貴女に酷いことをするような男ではない。私が保証する。どうか今は貴女自身の身を守るために、友の妻となる道を選んでくれ。何かあればいつでもウォルフィンリードから手紙を書いてくれ。では、行く」


 フォーレスタ殿下は馬を駆って、急ぎ王都へと帰っていった。




 私とビオラは完全に身分を隠して、厳重に警戒した状態で、ウォルフィンリード城までたどり着いた。


 普通、馬車でも二日半あれば余裕という道程を、四日かけて内密に移動した。


 目にした荘厳な戦城、ウォルフィンリード城。

 はじめてエルトフォード城に来たときとはまた違う不安が、漠然と胸にこみ上げてくるのは当たり前の感情だろう。


 私は、これから顔も知らない人の名ばかり妻になる。


 ソーラス兄様が帰ってくるまで、白い結婚を受け入れる。


 それはどんな日々なんだろうか?


 真の夫婦になる相手ではない。

 でもせめて人として、名ばかりの夫婦でも温かな関係が築ければいい。


 私を助けるために結婚してもいいと選んでくれた人に、何を報いればいいだろうか。


 私は一歩、ウォルフィンリード城へと足を踏み入れた。





リオノーラ

フォーレスタ

ビオラ

エルトフォード城の皆々

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