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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 謁見・欲望渦巻く廊下

 国王陛下との二人だけの謁見は、陛下の真摯な礼から始まった。

 私は完全に恐縮してしまい、正直、何を言って返したのか覚えていない。

 どこかシフィアフラ父様と似た面立ちがある国王陛下の御顔に照れてしまって、どうもしっかりと冷静な振る舞いができなかった。


 国王陛下も、多くは語らなかった。

 二人だけの謁見、としてはいたけれども、真実の意味で二人だけというわけではないのは十分分かっていた。


 気配すら感じ取れない場所に王を守るための影が潜み、見えないだけの位置に、信用は十分あるだろう近衛が控えている。


 彼らが耳にしたことを外へ漏らすわけはない、と思っていても、それもまた必ずしも保証されるものではない。


 今回の疫病の蔓延を防ぐための進言を真にした人物。

 薬とそのレシピを惜しげもなく国民のために王家に献上した薬師。

 かつて従甥を助けた「力ある魔女」の意志を継いだ魔女。

 亡くなった従兄弟夫婦の、隠された愛娘。

 次期宰相に望む従甥の、溺愛の妹。

 やっと会えた、かわいい従姪。


「私の子はフォーレスタだけだったからな。娘がいたらそなたのようだったのではないかと思う」

「もったいないお言葉です、陛下」

「ソーラスが外交を終えて戻ってきた後、必ずエルトフォード領へ参ろう」


 どうやらその話をフォーレスタ殿下からお聞きになっているようだと理解する。


「どうぞ、お待ちしております」

「ああ、共にソーラスの無事の帰還を待とうではないか」

「はい、陛下」


 謁見は和やかに終わり、私は陛下からもう一度感謝の言葉を賜って下がった。


 廊下に出て、侍女や護衛騎士にそばにつかれて、ようやくほっとする。


 国王陛下との謁見のために緊張しっぱなしで、それからようやく解放された私は、このとき気が抜けていて、顔を隠すための髪飾りを付けるのをすっかり忘れていた。


 王城の長い廊下を、帰るために歩いていく。


 前から幾人もの、しっかりとした身分のありそうな貴族男性たちの一団がやってきたことで、はっとなった。


 廊下の端に寄り、道を譲る。

 目を伏せ、少しでも顔が見えないようにと頭を垂れる。


 前にも言ったが、いくら公爵令嬢といえど私には王城の中での役職はない。

 身分が高いのは事実だが、役職ももっていない小娘が大きい顔をしていい場所ではない。どんな状況であれ、むやみ矢鱈と自らの家格をひけらかす趣味もない。


 彼らがすでに討論を始めている内容で、国の南の方面の領地を治める貴族たちだと分かった。

 どうやらこのあと、国王陛下と会議なのだろう。


 豪雨による被害状況の後始末、他領からの支援の割り振り、疫病蔓延未遂の影響などを含めた詳しい話し合いが、より深く行われるに違いない。


 私の前に差し掛かろうとした彼らの視線が、一斉にこちらに向いたのは気づいた。

 それを、微動だにせず受ける。


 黙って礼儀正しくしているだけで避けられる厄介事があるならそうしたい。

 だが、今回は不運にもそうならなかった。


「これはこれは、こんな場所に美しい花が」


 彼らの注目が私に集まってしまったことに、どうしようもない後悔を抱いた。


「ふむ、見慣れないご令嬢だ」

「この先は国王陛下の謁見の間である。何用か?」


 彼らの言葉に、そのときようやく顔を隠すための髪飾りをつけ忘れていたことに気づいた。


 私はデビュタントのときも、どんな夜会に出るときも極力、顔がちゃんと見えなくなる髪飾りをつけて出席していたため、しっかりと私の顔を知っている貴族は少ない。


 見慣れない令嬢と言われても当たり前で、そんな見慣れない者が王への謁見の間の廊下にいたら、ほどほど常識と忠義のある貴族なら身元を尋ねたくもなるだろう。


「先ほど、国王陛下との謁見を終えてまいりました。帰路を行く身でございます」


 顔を伏せたまま、彼らに告げる。


「国王陛下と謁見を?」

「こんな妙齢のご令嬢が?」


 小声で彼らがざわめき合う。


「……顔を上げてくださるかな?」


 私の正体を測りかねている、警戒心をなくさない声音。


 諦めに近い思いで、だけど毅然と顔を上げた。

 敵意は抱かない。

 感情はすべて凪いで。

 ただ、彼らを目に映すだけ。

 その心持ちで、身を正した。


 このとき、貴族の男たちの目に映ったリオノーラの姿を形容しよう。


 伏せられた目が彼らを見たとき、誰もがその美しさに息を呑んだ。


 夜明けの空をただ美しいと眺めたことが今までの人生の中で幾度かあったはずだ、と思い出すほどの、夜明け色の黒い瞳。

 身を正したことで流れた黒髪の艶やかさは、月の浮かんだ夜空のようだった。


 若々しく、みずみずしい肌。

 上等なドレスに身を包んだ品のいい立ち姿で、彼女がちゃんとした貴族の教育を受けた女性だと理解する。


 しなやかな女性らしい肢体、なまめかしい曲線。だが過分にいやらしいわけでもなく、華奢にも思える身体つきに庇護欲まで掻き立てられる。


 先ほど聞いた声は耳に心地よかった。

 凛としてまっすぐにこちらを見る眼差し。

 その見惚れるほど美しく、また可愛らしくもある面に何かしらの感情が乗ればいいのに、と男たちは思った。


 それが笑顔ならどれほど愛らしいか。

 それが怒りなら、女神を前にしたかのように(かしず)こうか。

 それが妖艶な誘いなら、甘美な罠でも飛び込もうか。

 それが自分が与えることの出来る快楽に歪むものなら、どれほどの征服欲を満たすものになるか。


 ぐわりと、彼らの思考の中で、胸の内で様々な感情と思惑が湧き立った。


「これほどのご令嬢がこのアスラン国に居られたとは!!」

「是非ともお近づきに。ご令嬢、婚約者はおられますかな?」

「貴殿は結婚なされているだろう?! ご令嬢、お名前は?!」

「はっ?! まさか王太子殿下の御妃候補ですかな?!」

「なんと…っ?!」


 勢いよく詰め寄られ、勢いよく質問と勝手な憶測が飛び出した。


 それだけはどんなことがあっても否定しなければいけないものだと分かっているから、何よりも先に言葉に出した。


「王太子殿下の妃候補ではございません」


 その一言は、正しく理解されたのだろう。

 妃候補ではない。

 ならば、自分たちにもチャンスはあるという、光明として。


「ご令嬢、お名前は? どこの御家の方ですかな?!」

「だからお主はもう結婚しておるだろう!!」

「何を言う!! 息子の嫁に迎えたいと思ってなにが悪い!!」

「お前の息子はまだ十歳であろう!!」

「ならばお前も、このご令嬢とどれだけ歳が離れていると考えている!!」

「まずは御家をうかがってからだ。ご令嬢、お名前を」

「そうだ、もしも御家が……」


 彼らの目に、ギラリと欲望めいた暗い光が飛んだのを確かに見た。


 もしも万が一、私が貴族の中でも低い身分の、彼らにとって御し易い立場であったならば。


 私が無知だったからと、メイドたちと皆で一緒になって勉強した、男性の欲望という思考を思い出す。


 女性を征服し、蹂躙し、思うままにしたいというような欲望は、権力者であるなら強く持っていたっておかしくない思考だと考察した。

 だからこそ、理性を持って貴族として、人として在らねばならぬはずだと思うのに。


 人の心など、湧き上がった欲望に簡単に支配される。


 彼らの眼差しに、それらを見る。


 ゾワリと震えた。

 身の内側が凍るように冷たくなった気がした。


 私は、いずれ彼らのような貴族のもとに嫁いで、子どもを産まされるというの?


 愛や恋など関係のない貴族の結婚。

 だけど、子どもを産むためには肌を重ねる必要がある。


 ステラとしたみたいなことを、誰か別の人とするの?

 私を欲望の対象としか見ない貴族の誰かと?

 そこにお互い情もなく? 



 ……割り切ったと思ったはずだった。



 愛や恋など関係のない貴族の結婚と出産が私の未来にはあるんだと理解していた。

 頭では。


 でも、今、こうやって欲望の対象として迫られて、貴族の結婚を求めると迫られて。


 心が否定する。


 嫌だ。

 ステラ以外の人に触られるなんて、彼以外の人の子どもを産むなんて、嫌だ。


 少なくとも今はステラのことしか欲しくないと思っていたい。


 怖い。

 触らないで。


 私はステラしか欲しくないから、お願いだから私に欲望を向けないで!!


 迫りくる、好奇に満ちた強欲さを感じる狂気。

 物理的に迫りくる、距離を詰めてきた貴族の男性たちの行動に、ひっと息を呑んで後退った。


 その怯えに、男たちの感情が煽られ、彼らの目の色が変わったようにさえ思えた。



「こんな場所で何をしておられるのかな?」



 彼らの背後から、やけに冷静な、そして嘲笑を含んだ声が飛んできた。


 それぞれが凄まじい速さで身を正しながら振り返る。


 全員の視線の先には、宰相ナノシィラ・ペイジフィールの姿。

 彼は高圧的にも見える笑みを浮かべて、この状況を見ていた。


「南部貴族の当主たちが揃いに揃って一人のご令嬢に迫っているなど、いやはや、どこの節操のない夜会に迷い込んだかと思いました」

「いや、これは……」

「宰相殿、ご冗談を……」


 ゆったりとナノシィラが歩みを進めると、一斉に彼らは身を引いて、道ができた。


 ナノシィラは私の前までやってくると、そっと手を差し出してくれた。


 きっと、隠しきれない怯えがまだ残っているだろう。

 それでも、エスコートとして、助け舟として差し出された手を取らないわけにはいかなかった。


「王太子殿下にも皆様ほどの嫁取りの熱意があれば、私の心労も一つ減るのですがね」


 周知となっている、王太子フォーレスタ殿下の妃問題。

 誰しもの顔に、乾いた笑いが浮かぶ。


「彼らとて悪気があったわけではないことをご理解いただきたい。どうか私の顔を立てて、彼らにお名前を聞かせてやってくれまいか」


 ナノシィラは柔らかく目を細め、穏やかに微笑んだ。


 その申し出を断ることができる奇策を、私は持っていない。


「……申し遅れました。私は、リオノーラ・エルトフォード。現在外交官代表として隣国へ赴いているエルトフォード公爵、ソーラス・エルトフォードの妹でございます」


 一層丁寧に礼を披露して見せると、場は水を打ったように静まり返った。

 どうやらその状況は、ナノシィラにとってはとても満足いく状況だったらしい。


「お聞きのとおりだ。本来なら、リオノーラ嬢からこそお声をかけていただかなければ話も出来ぬお相手なのだぞ? 曲りなりにも貴族の端くれなれば、正しき手順と礼節を弁えよ」


 公爵家直系の令嬢である私は、身分だけならここにいる誰よりも高い。

 やんわりとした口調であっても厳しいナノシィラの叱責に、そこにいた誰もが身をこわばらせた。


「さぁ、リオノーラ嬢、お帰りの途中であったな。あとは任せて行かれよ」

「感謝いたします、宰相閣下」

「よろしければ私のことは名でお呼びくださいませ」

「……分かりました。では、ナノシィラ殿、皆様、大変お騒がせいたしました。失礼いたします」


 丁寧に礼をして、私はその場から去った。

 後始末はナノシィラがやるのだろう。


 そして、自分のやらかしを心底悔いた。


 私は、どう行動してくるかまったく予想もつかない、宰相ナノシィラ・ペイジフィールに借りを作ってしまったのだ。


 兄様がいてくれたら、どうすればいいかすぐに教えてくださるのに。


 王城から逃げ出すように帰路につきながら、急いで隣国の兄様に手紙を書くことを決める。


 そして、その手紙を出してソーラス兄様から返事が帰ってくるまでに、私に送りつけられてくる求婚と各種招待の数は激増し、領内に私のことを詳しく尋ねる他領の者が見られるようになり、明らかに不審な者たちがエルトフォード公爵領の城下町をうろつくようになったのだった。





リオノーラ・エルトフォード

アスラン国王

南部領主貴族の皆々

ナノシィラ・ペイジフィール宰相

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