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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 当主代行の日々・魔女の薬

リオノーラ視点

 とりあえず、腹に子はできていなかった。

 ほっとしたのか、残念に思ったのか。

 きっと両方だったに違いない。


 ソーラス兄様がいないエルトフォード公爵領。

 不安はあったが、城の者たちの手も借りて、きちんと領主代行としての責務はこなされ、平穏に日々は過ぎていった。


 私個人、以外は。


 兄様という防波堤がいなくなったのを見計らったかのように、私への求婚と夜会の誘いや、交流の誘いが倍ほどに増えた。


 宰相ナノシィラが、何を思ったか私が良くできた令嬢だと、ソーラス兄様率いる外交団の話題が上がった中で貴族たちの前で言ったそうだ。

 その影響が大きい。


 下手すれば届けられた手紙を読むだけで一日が終わってしまいそうになるから、手紙の内容を読んで重要度を判別するという仕事を新たに作らなければいけなくなった。


 一見耳障りが良いだけの実のない手紙を読ませて給金が発生するなんて、せっかく能力値の高いエルトフォード城の使用人には役不足だ。もったいない。


 だから、だいたい持ち回り制にした。

 足を捻挫してしまった執事。

 手に怪我をしてしまったメイド。

 訓練で怪我をして安静を言い渡された騎士。

 そして、幼い子供を連れて出勤しなければいけない子持ちのメイドに、子供と一緒に過ごしながら、という仕事にした。ついでに読み終わって重要性がないと判断した手紙の裏は、子どもたちのお絵かき紙にした。


 お茶会はともかく、式典と夜会はどうしても出席しなければいけないものがいくつかあった。

 たとえば、国王陛下の誕生日。

 王太子殿下の誕生日。

 王妃様はお身体が優れないため夜会は行われない。

 あまりにも大きな国の祭典。


 エルトフォード公爵代理として出席を余儀なくされた。


 ちょっとした救いだったのは、なまじ身分が高いからこその、拝謁の順番だ。

 私の王位継承権は四位。


 だから、国王陛下のお誕生日の謁見も、国王陛下、王太子殿下、宰相がいる玉座のそばに、私よりも前に拝謁を賜った王位継承権二位の公爵家当主(国王陛下の姉の子、甥に当たる方)夫婦がいるだけ。

 その方たちに次いで挨拶をする。必ず二番目という早さ。

 だから私は既に了承を得ているので、拝謁の挨拶を済ませるとそのまま式典を去る。


 夜会もそうだ。

 夜会の場合、国王陛下か王太子殿下は最後のご登場となる。

 国王陛下は踊らない。お歳のせいと、パートナーである王妃様は身体が弱いために夜会には滅多に出てこられないためだ。

 王太子殿下は若者筆頭とならなければいけないので踊られる。


 そのときは、意中の相手がいない王太子殿下は、公爵家侯爵家、もしくは伯爵家の夫人をまんべんなく、無作為に、贔屓が決して出ないように、ファーストダンスの相手として誘って踊られる。

 なんとも政治的です。


 そして、ドレスの装飾と合わせた髪飾りで上手く顔を隠した私と次曲を踊られる。

 そのときに王太子殿下と短く近況のやり取りを交わし、情報交換をし、心配事、困りごとがないかを話し、後日手紙を送り合う約束をして、ダンスが終わる。


 そして、私は超特急で夜会を去る。

 次のダンスの誘いなど、誰かがしてくる前に大急ぎで。

 捕まってしまえばどんな面倒事になるかは目に見えているのだから。


 そういえば、フォーレスタ王太子殿下のご親友であるウォルフィンリード辺境伯の夜会への出席率は凄まじく悪い。

 というか皆無だ。


 もちろん、日々魔物との戦いが起こるウォルフィンリードの当主が、そう頻繁に夜会で領地を留守にするなんて話を聞いたら、自領の兵士、戦士の士気に関わると私ですら思う。


 戦の最前線に立ってこその軍侯爵。


 そして正直、夜会に来るよりも自領のために公務()に勤しんでいる方がずっと建設的で合理的。

 そういうところはすごく気が合うと思うんだよね、一度も会ったことのないウォルフィンリード辺境伯様。


 無事夜会を抜け出し、帰り支度を整え、王都をあとにエルトフォード公爵領を目指す。



 今までこれでやってこられた。

 きっと兄様が帰ってくるまで、そんな風にやり過ごしていけるだろうと楽観視できるほどには、上手くいっていた。





 南の方の多くの領で豪雨が続いて、その対応に王太子殿下が当たられた。

 彼は何度も現地へ赴き、被害状況を見て、先頭に立って被害の拡大を防ぎ、復興を指示した。


 数ヶ月にも及んだ雨も止み、各貴族からの支援もあって南部地域は落ち着きを取り戻し、王都へ戻ろうとしている帰路の途中、しばらく私の様子をうかがうことができなかったからと、フォーレスタ殿下は少数の側近を率いてエルトフォード城を訪れた。


 なかなかに疲れが見えていた王太子殿下と側近の方たちを労い、もてなす。

 嬉しげに笑って歓待を受けてくれたフォーレスタ殿下が咳をしたのがなんとなく気になった。

 そして、よく見てみれば側近の方たちも。


「殿下、その咳はもしかして長く続いておられますか?」

「ん? そういえばそうだな」

「いつ頃から?」

「いつ頃…、……雨が終わる頃だろうか? 南部のことが終息を見せたから、気が緩んで疲れが出たのかと」


 そう言いながら笑ったフォーレスタ殿下はまた、乾いた咳をした。


「……殿下、一つお願いがございます。私を信用して、一泊だけ城に滞在くださいませ。そして、指示に従っていただけますよう」


 私が「願う」などと滅多に言ってこないことをソーラス兄様も言っていた。そのことをフォーレスタ殿下はよく覚えてくれていたらしい。


「従おう。何をしたらいい?」


 フォーレスタ殿下の決断は早かった。


 私は使用人たちに指示を飛ばし、王太子殿下をはじめ、側近ひとりひとりに部屋をあてがい、一人ずつの使用人をつけた。


 武器防具、持ち物を丁寧に消毒し、薬師たちに薬湯風呂のもとを作らせ、彼らをよく休ませた。

 まるで実験のようだと思いながらも、考えうる三種類の薬を作り、一番効果が得られる可能性の高い薬を王太子殿下へ渡し、飲ませた。



 翌朝。

 王太子殿下と同じ薬を飲んだ者たちは、咳も治まり全快。


 残り二種類の薬のうち、一つは多少の改善は見られたものの変わりはなく、残りの薬を飲んだ者は咳は治まったものの熱が上がり寝込んだ。


 その結果に、王太子殿下への説明をするより早く、私は薬師たちに薬の量産と薬草の手配、その配送の手配を家令長に命じた。


「リオノーラ、どうなっているんだ」

「説明をさせていただきます。王太子殿下」


 応接室に招いたフォーレスタ殿下に、私は丁寧に状況の説明を始めた。


 一言でいうなら、ある種の疫病の蔓延の初期症状だ。


 私は、シフィアフラ父様、エルトフォード前公爵の手記と、過去の領内の天候を記した記録、当時の状況を記した日誌、薬師たちがそれに対応したことを記した記録をフォーレスタ殿下の前に広げた。


「約四十年前にエルトフォード領を含め、王都周辺より若干南の方面でも長雨が続いた記録があります。そのときに蔓延した疫病のような病の記録です。当時対応した薬が、咳が若干改善された者たちに施したものです」


 たくさんの記録に目を落としていたフォーレスタ殿下が、ゆっくりと顔を上げる。


「……では、私が飲んだものは?」

「殿下がお飲みになったものは、……母が残した薬のレシピを私が受け継いだものに、この病に対抗した母の推測と、そこから推測した私の調合を混ぜたものです。もちろん、何度も人の身に施していいものかは、私と母が身をもって試しております」


 フォーレスタ殿下が驚いたのが分かった。

 当たり前だろう、母ミオシスはとうに死んでいるのだから。


「熱が上がられた者たちが飲まれたものは、当時の薬を参考に今の世に普及している薬です。どうぞご心配なさらず。熱は上がりますが、引くころには改善するでしょう」


 さきにそちらの説明をすると、フォーレスタ殿下は少し胸を撫で下ろすような仕草をした。

 だから、話を戻して説明を続けた。


「この四十年前の疫病の薬を作り、エルトフォード公爵領に広がりかけた疫病をいち早く鎮めたのが母です。母ミオシスはそのことで当時公子だったシフィアフラ父様に見初められた、というのが二人の出会いのようで……」


 両親の出会いのことを話さなければいけなくなったことに、若干の恥ずかしさを感じた。

 詳しいことを知ったのは、シフィアフラ父様が残した当時のことを書いた手記にあったからだ。


「母の薬で当時の病はよく治まりましたが、これは年月をかけて変化するものだろうと母は薬の改善を続けておりました。母は亡くなりましたが、私がその研究を継いでおりました。今、城にある薬草で作れるだけの薬を作っております。それをお持ちください。レシピをお渡しいたします。南部の領の薬師たちに殿下の御名で広く伝え、どうぞいち早く国民にお広めくださいませ」


 私の提案に、フォーレスタ殿下は大きく目を見開いた。 


「正気か…?! 薬師のレシピの公開など……、この状況で、この効果の薬、国家を相手にして一財産築けるものだぞ?! 貴女の意思一つで、多くの国民の命を握ることのできる格好の政治的駆け引き案件だ」


 フォーレスタ殿下の言わんとすることは十分理解できた。


 ここにソーラス兄様がいたなら、もっと好条件で、もっと賢く、今よりさらに王家に恩を売るだろう。


 だけど、私は必死に頭を振る。


「あとでソーラス兄様に馬鹿者と言われるやもしれません。怒られるかもしれません。でも、私は名誉や益などいらないのです、必要としません。母はこの病がまた人々を苦しめるんじゃないかと心配しておりました。私は今、そのときに遭遇したのです。どうぞ、過去よりこの疫病の蔓延を予見し、憂いて、心配した心優しい魔女がいたと、王太子殿下の御手で国民をお救いくださいませ。私や、エルトフォード前公爵夫人の名はお出し下さいませんよう、お願い申し上げます」


 頭を下げて、フォーレスタ殿下に嘆願する。


 彼はしばらく黙って、黙って、……それから決意して動き出した。


「済まないが寝込んでいる者たちが改善するまでエルトフォード城で預かってもらう。残りは薬を飲ませ、このあと出立する」

「はい。ご準備を進めます」


 すぐに手配するようにと、部屋の隅に控えていた家令長ゼリゼへ指示を送る。

 そんな私の手際を見てから、フォーレスタ殿下は重そうな口を開いた。 


「……貴女たちの名は公表しない。だが、これは間違いなく一つ大きな借りを作ったぞ。リオノーラ」


 答えに迷ってしまう私に、フォーレスタ殿下は苦笑いを浮かべて少年のように笑った。


 身動きできる側近を引き連れ、作りあげたばかりの薬とレシピを持ってフォーレスタ殿下は王都へ帰っていった。


 国王陛下にすぐ状況を話し、多くの薬を持って再び南部地域の領へ赴き、そこに住む人々に薬を行き渡らせた。


 レシピは広く薬師の手に渡り、この疫病が人々の間で広がることはなかった。


 また、症状を変えて蔓延する恐れのある病気として、このレシピをもとに多くの薬師や研究者が研究に打ち込むこととなるだろう。


 いち早く疫病に気づき、薬を手配した王家への国民の人気は上がって、王太子殿下を未来の国王にと望む声は不動のものとなった。


 私はその知らせを聞いて胸をなで下ろし、父の手記と母の薬のレシピを同じ本棚の隣同士に並べ直して、満足した。


 ただし、国王陛下から直々の手紙が届いた。

 個人的に謁見をしに来るようにという王命だった。


 断れるわけがなく、私は王都へと向かうことになった。





リオノーラ・エルトフォード

フォーレスタ・アスラン

ゼリゼ

病気未満の護衛騎士の皆々

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