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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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私の知っている白い結婚じゃない 1

リオノーラ視点

 魔女は死んだ。

 そう、死んだんだ。

 あ、心配しないで、大丈夫。

 この国では魔女は悪いものではないの。


 この国は周辺を海に面した東側南側以外の西と北側を深い山脈と森で隣国と隔てられている。

 境界、そう呼ばれる魔物が住み生まれる場所だ。


 魔物って怖いものだけれど、怖いばかりではない。その血肉、素材、何もかもが人々の生活を支える魔道具に使われるものになる。


 境界の森や山脈の中にはダンジョンと呼ばれる場所があり、一攫千金と力の誇示のために冒険者たちがこぞって探索に出かけていく。


 でも、そんな冒険者たちだけで魔物に敵うものでもない。


 境界の森に面している領を治める貴族がいる。

 その中の最大の面積を守っているのは、侯爵の位を持つ辺境伯。

 そして次点が、公爵領。

 そしていくつかの小さな領。


 境界に面している分だけ、自領の軍が必要になる。

 辺境伯領はその境界に面した規模の広大さに負けない軍と冒険者を抱え、なおかつ安定を見せる、国一番の猛者が集まる領だ。


 多少腕の立つ若者たちはこぞってウォルフィンリード辺境伯領を目指した。

 上手く身を立てられれば軍に入れるし、もっと自由にやりたければ冒険者になればいい。


 もちろん、夢破れる者たちもいるが、ウォルフィンリード領で数年戦うことが出来た者というだけで、南や東側ではいい仕事口にありつけるし、少し稼げたらそれだけで次の行動を起こすための頭金になるほどには金が稼げる。


 望めば領民として迎え入れもしてくれるらしい。

 そんなふうに、辺境伯領は老若男女誰もの憧れさえ纏う領だ。


 富と名声、憧れと冒険、そして力。


 その全てを上手く掌握し、操り、提供し、また自身も最前線で戦う、それが辺境伯領を治める、通称、狼辺境伯。

 金色の毛を持つ狼のような、辺境伯軍のみならず国内で最強の戦士でもある男。


 アステライト・ウォルフィンリード。

 ……先日、私の夫になった人。



 目を覚ます。

 だけどまたすぐに眠ってしまいたかった。

 それほど疲れていた。


 身を包む、肌触りのいい上等な寝具。フカフカのベッド。公爵家で与えられた自分の部屋かと錯覚したが、すぐにそうじゃないことには気づいた。


 全身に残る、耐え難いほどの甘い甘い倦怠感。


 私は『白い結婚』をしたはずだった。

 そう望まれて、そう納得してやってきた。


 相手がまさか、……恋焦がれ、諦めた人だとは思いもせずに。


 この城に来て、親切に家令長から、同じく王命を受けて夫となる人の説明をもらったときに、彼だと気づいた。


 まさかと思った。

 でも、代々の当主を描いた絵姿を見せてもらって確信に変わって。


 私は思わず期待してしまったのだ。

 彼の側で生きることができる、と。


 もちろん、すぐにその淡い期待は打ち砕かれた。


 内々だけで行われる結婚式までの三日間、城の中で会ったすべての人が、彼の人となりや、その愛情深さを教えてくれた。


 自分が知っている彼の優しさは変わりなく、強さも、信用のおけるその在り方も、何もかもが彼らしいままで嬉しかった。


 だから、諦めはさっさとついたのだ。

 だって、誰も彼もの口から、とても申し訳なさそうに、そして自分たちが王命で「白い結婚」を受けたことを理解した上で、彼が、昔に別れた愛する女性を一途に想って探し続けていることを説明してくれたから。

 


 家令長シアンは、長くウォルフィンリード家に仕える、まさしく彼の腹心だ。

 彼の死んだ父とほとんど同じ年のようで、ほぼほぼウォルフィンリード家三代に仕えているらしい。

 アステライトへの忠誠は厚く、誠実で真摯で丁寧なことはすぐに理解した。


 王命を受け、私がやってきたことも受け入れ、領地防衛のために城を空けている主にすぐに手紙を書いてくれた。

 ほとんど身一つ、一人だけ公爵家のメイドを連れてウォルフィンリード家にやってくるしかなかった私を手厚く迎え入れ、主が帰ってくるまでは賓客としてもてなしてくれた。


 王家から結婚式の準備としてドレスとタキシードが、見届け人と一緒に届けられ、準備を進める中、どこか諦めもしている様子で、歴代当主の絵姿が飾られた間に案内してくれた。

 顔も知らない相手と結婚するのはあまりにも不憫だと思ってくれた末らしい。


 このときにはもう、家令長シアンはアステライトは結婚式までに余裕をもって帰ってくる、なんてことはないだろうと思っていたらしい。

 前もっての話し合いや、この結婚話を白紙に戻すような会話が行われる時間もないのではと考えていたそうだ。なかなかの慧眼、と褒めたいけれど本人的には経験則だそうだ。


 さすがに、身を整える時間もないほどギリギリで、主が戦鎧のまま結婚式に臨むとまでは思っていなかったらしいが。


 ちなみに、きっちりと決まった日時の時間指定や、もしも本人不在でも結婚式をしたという事実だけは絶対に上げろと言ってきたのは見届け人、元をたどれば国王陛下と王太子殿下だ。


 それほど、私に迫っていた悪意ある手は多く、逃れがたく、また国政を今にでも揺るがす脅威となるものであった。


 アステライトに想い人がいる話をしてくれながら、家令長は本当に心配そうだった。

 彼自身の後継者は、もう正式に跡継ぎとして迎えている養子がいるから家門としては心配ないものの、幼い頃から見てきたアステライトの幸せを望む年長者としては耐え難いものがあるのだろう。


 自分にもう親はいないから、父親とはこういうものなんだろうかと想像したくらいだった。


 

 二人目は、筆頭メイド長ニビアだった。

 仕えている年数こそ家令長シアンよりも短いが、比べるには仕事内容が違いすぎる。


 物腰穏やかそうな女性で、公爵家から付いてきてくれた私の侍女(彼女は副メイド長だった)と、仕事内容ですぐに打ち解けた。


 貴賓として迎えられた私の世話についてくれた。

 元は、前ウォルフィンリード辺境伯夫人の侍女としてここへやってきたけれど、彼女が他界した後、筆頭メイド長として城を回す手腕を発揮していた。


 ウォルフィンリード家には代々男児が多く、彼女が世話を焼いたのもアステライトと彼の弟と男児ばかり。

 私の髪を梳きながら、女性のお世話を任されるのは久しぶりで心が躍ると楽しげに言ってくれた。


 そして、この結婚が「白い結婚」であろうと、私がウォルフィンリード家の女主人であると認められている間、誠意を持って仕えると告げてくれた。


 それは、私が愚かな行動をすればすぐにでも見限るという宣言のようでもあった。


 その潔さが気持ちいいほどで、好感が持てた。

 背を正したい思いになった。


 私は、己一人では何も解決できない場所で勝手に(くび)り殺されないようにと救い出されて、ここへ逃げ込ませてもらったのだ。


 エルトフォード公爵である兄がいなければ、意味のない存在。

 未だ、貴族のご令嬢になったことに慣れきれない。

 兄曰く、『なった』のではなく『戻った』のだと何度も言われたけれど。


 ニビアもまた、アステライトのことを教えてくれた。

 他に想い人がいるからといえど、女性に無体なことをする男ではないこと。

 戦闘狂かと思うほど日々戦漬けだが、磨けば輝かんばかりだし、王族主催の夜会に出しても恥じないマナーは身につけ「させて」あるそうだ。


 その言い方には、笑いを誘われた。

 そして、ニビア自身も笑いながら、どこか寂しげに、一つだけ、と忠告をくれた。


「アステライト様は自慢の主ですが、どうぞ親愛以上の想いを抱かれませんように」


 たとえ恋に落ちても、彼の目には想い人以外は見えていないのだと。

 彼に惹かれ、懸想し、むやみにアステライトの気を引こうと画策しても無駄だと。

 様々な女性がそうやって恋敗れていったそうだ。


 身分差があるから、たった一晩だけでもいいと願い出た者たち。

 助けられた村人の美しい女性。

 さる豪商の娘。

 彼の強さに心奪われた女冒険者。

 隣接する小さな領の令嬢。

 身分差など問題のない、隣国の姫たち。


 これは数年前の話だが、王太子殿下経由で正式にお断りを入れた話が夜会でもまだちらほら耳にすることがある。


 その頃から、そんなにも前から、ウォルフィンリード辺境伯には想い人がいるという話はずっと続いているのだ。


 愚かな行動に走り、自滅するしかない道を選ぶより、『白い結婚』であることを正しく理解し、楽しいウォルフィンリード辺境領生活を満喫する方がいいに決まっている。


 そう含ませるニビアの言葉を、ちゃんと理解した。

 笑ってうなずいた私に、ニビアはウォルフィンリード領の特産品を教えてくれた。

 今の時期は甘いベリーが市場に並ぶそうだ。

 たっぷりジャムにして、たっぷりケーキとパイにしたいと告げると、ニビアの顔にも笑顔が広がった。





リオノーラ・エルトフォード

シアン家令長

ニビア筆頭メイド長

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