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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 フォーレスタのお茶会

リオノーラ視点

「ああー…、確かに厄介な人に見られたもんだ……」


 ここに着くまでに私たちが誰に出会ったのか、簡単に説明を終えると、フォーレスタ殿下は頭を抱えてうなだれた。


 優雅に微笑んでフォーレスタ殿下を見つめるソーラス兄様とは対象的に、苦笑いし、呆れて見せて、渋い顔をする。


 王太子フォーレスタ殿下はいつだって表情豊かだ。


 為政者は感情を隠す者が多い。いや、ほとんどといっていいだろう。

 だからこそ、フォーレスタ殿下のように素直に感情表現して見せる方は珍しいのだが、兄様はそんなフォーレスタ殿下の在り方をちゃんと理解して、評価していた。


 彼はわざと周りに自分の感情を読みやすくすることによって、本当の感情を隠すタイプの演技者だった。


 裏表がないと見せかけ、心の底から好意があると信じ込ませることができ、そして素直な感情だと思うものの底に本音を隠すことができる。


 国民には次代の王として人気のある王太子フォーレスタの、本当の喜怒哀楽を知る者は数少ない。


 ソーラス兄様はその数少ない一人であったが、一番ではないそうだ。

 どうやら私のことも、偽りのない感情で接してくれている様子だと、先ほど挨拶を済ませたときに感じた。


 温かな親愛の眼差しに、ほっとした。

 兄様とはまた違うけれど、血の繋がりがあるからこそ感じられる親しみがお互いにあった。


「ナノシィラ宰相は相変わらず病的だなぁ。あれさえなきゃまともなんだがな……」


 王太子の口から、病的で、まともじゃないと危ぶまれる宰相。大概である。


「彼が宰相の座についたのは、私が八歳になる年だったかな? 前エルトフォード公爵が突然宰相の座を返上され、補佐をされていたナノシィラ侯爵が任命されたのだがな? 父王と二人で話している側に私はたまたま同席しており……」


 ぶるっとフォーレスタは身を震わせた。


「敬愛、盲信、行き過ぎた他人からの愛情というものは怖いものだと彼から教わったよ。結局、ナノシィラはとうのエルトフォード前公爵から頼むと一言言われ、二つ返事で宰相の座に就いた。彼の力量は、二十年近く時が経とうとも確かなものだが、如何せん、エルトフォード前公爵のことが関わらなければ、というだけで……」


 となれば、シフィアフラ父様のことが関わってくれば。


 フォーレスタ殿下は、私を心配そうな眼差しでじっと見つめた。


「私が外交に出向く間、約束どおり王家の皆様には妹の絶対の安全を約束してもらいます」


 飄々と、ソーラス兄様は穏やかな笑みの裏に私でも分かる怒りを宿して、フォーレスタ殿下に告げた。


「承知している」


 一瞬だけ見えた、フォーレスタ殿下の真剣な表情。


 私は茶を用意する手を止めて、その真剣さに思わず息を呑んだ


 この場は、外交に出る兄に代わって私の身の安全を絶対的に約束させるための、最後の確認の場でもあった。


 王命を下した王ではなく王太子がその任を担うのは、力を試されているからだと、フォーレスタ殿下は重々理解していると兄に向き合っていた。


 そう遠くない未来、フォーレスタ殿下は王の座に就くだろう。

 その時、宰相の座に就くのは間違いなくソーラス兄様だ。


 これは次期国王の力量を試し、臣下の願いに応えることができるかという、一種の試験。


 臣下の願いの一つすら叶えられない次期国王なら見限ると、宰相として共に国政に関わってやる価値もないと自領に引っ込んでやる、という、まったくの上下関係の逆転だった。


 しかし、それだけのことを要求してしかるべき力量と信用がエルトフォード公爵(ソーラス)家にはあり、またそれに応えるべくして動くことが、王家(フォーレスタ)にとっても当たり前になる。


 私の命や尊厳までかかった、果たされなければ国の未来にも大きく関わる、そんな約束の場だった。


 兄様と王太子殿下の前に、入れた茶と、手製の菓子を並べて、私もようやく席に着いた。


 まず、フォーレスタ殿下が茶に口をつける。

 作法として、最上位者が茶を口にしてこそ茶会が始まるのが当たり前だが、この場では別の意味を持っていた。


 この茶席に並べられた食器と菓子、茶葉などすべてが、エルトフォード公爵家から持ってきたものだった。


 ただし、茶を入れるための湯だけは、直前の王城の厨房から運ばれたもの。

 だから万が一、茶に毒が仕込まれでもしていたら、間者はその湯を用意し、運んだ者など、凄まじく限られた人数で絞られる。


 フォーレスタ殿下は、まるで毒見であるような行動を自ら進んでしているのだ。


 そうする理由が、フォーレスタ殿下(王家)にはあった。


「大丈夫そうだ、ソーラス殿」


 茶を飲み込んで、しばらくゆったりと待ったフォーレスタ殿下は兄様に告げた。


「私とて、そこまでしてほしいわけではないと国王陛下にお伝え願いますか?」


 呆れぎみに肩を落としながら、そうフォーレスタ殿下に告げる。


 私が淹れた茶を優雅に口に運ぶ。


「……今日、あなたが王城でなにかを口にされているところを初めて見ることができました」

「王城に詰めるときは平気で飲まず食わずですから、心配していただくことではありませんよ」

「それでは父王の心配は解消されませんし、あなたを宰相として迎える未来も来ないではありませんか」

「国王陛下が過分なご懸念を抱いておられるだけです。……毒など、食らうときは食らうのですから」


 ふわりと笑うソーラス兄様の柔らかな笑顔に、フォーレスタ殿下は奥歯を噛み締めた。


 兄様は普段、王城に滞在している間、王城の水の一滴も、提供される食べ物の一つも口にしない。

 そんな状態では城内に長く逗まれるわけもなく、長くても二日もしないうちに、王都内のエルトフォード公爵家別邸に下がる。


 その理由は、ソーラス兄様が幼子のころ、国王陛下の私的な茶会で王の手ずから渡された菓子に毒が仕込まれていた事件に由来する。


 王を狙って仕込まれた毒を、幼子だったソーラス兄様は代わりに食らったのだ。


 見るものが見れば、それは王の危機の身代わりになったと思える、一種の美談だろう。


 だが、可愛がっていた愛する従甥に毒の菓子を食らわせた国王陛下の心痛は凄まじく、「力ある魔女」であった母ミオシスの命を削った力によって一命を取り留めたソーラスへ、今でも気兼ねを持っている。


 国王という立場から表立ってそれを表せないことも、謝ることもできないけれど、王城内でなにも口にしない、本来ならば宰相でなくても重席を担って国政に参加してしかるべき力量を持つ公爵を自由にさせている時点で、国王陛下の配慮は凄まじいものだと分かる。


 だからこそ、ソーラス兄様が王太子殿下の茶席でこうして茶を口にしている事自体が、王家にとっては大きな出来事だった。


 兄様は私が焼いたクッキーを、ゆっくりと口に運んだ。

 サクリと音が立つ。


「そもそも、ソーラス殿が食事をするところを見るのも初めてだ。霞でも食って生きているのかと幼いころは思っていたよ」


 フォーレスタ殿下は、とても興味深げにクッキーを食べる兄様を眺めている。


「ご冗談を。それなりになんでも食べますよ。リオノーラ、お前の作る菓子は美味いな。なぜ城でもっと作ってくれなかった?」

「料理や菓子作りは習う必要がないからと時間を取らせてくれなかったのは皆のほうです」


 私がつい最近消息が分かって、公爵家に迎えなおされた妹だということは、国王陛下と王太子殿下は知っている。だから気を遣うこともせずに、私と兄様は言葉を交わす。


 貴族の令嬢が料理をする必要は、基本ない。専属の料理人などを抱えていて当たり前なのだから。もちろん、手習いとして菓子作りを趣味とする令嬢もいるだろうが。


「習う必要がないから、という意味は、教える必要がないほどリオノーラの料理の腕は素晴らしいから、という意味だったか。……ふむ、こちらも美味い」


 干し果実をたっぷり入れたパウンドケーキを、ソーラス兄様は優雅に食べすすめていく。


「本当だ。美味い、リオノーラ」

「恐縮です」


 フォーレスタ殿下からもお褒めの言葉をいただいた。


 ソーラス兄様がじろりとフォーレスタ殿下を緩やかににらみつけた。


 先ほどの挨拶で名前を呼ぶことの許可をわざわざ取ってくれたというのに、兄様的には王太子殿下が親しく私の名を呼ぶことをよく思っていないようだ。


 名を呼び合うほどの親しさを周囲にどう取られるか。

 下手をすれば、妃のいない王太子の婚約者候補と認識されてもおかしくはない。


 血の近さや、エルトフォード公爵家と王家の繋がりがこれ以上深くなっては困るという政治の駆け引きなどは、噂を立てる方にはまったくもって関係ないことなのだから。


「はいはい、気をつけます。エルトフォード公爵令嬢はお幾つだったか?」

「もう少しで十九となります、王太子殿下」

「ということは、ソーラス…エルトフォード公爵が旅立ってから誕生日がくるのか。重任にある兄君に代わって祝いの品を私から贈ろうではないか。何が欲しい? 城か? 庭か? ガラス張りの温室でもいいぞ?」


 提案されるプレゼントの規模が、飛び上がって驚くほどのものだった。


 私は飲もうとしていたお茶をソーサーに戻した。


 笑顔を貼り付けて、笑って見せているだけで、何もできない。


「フォーレスタ殿下、横から手を出してくるのはやめていただきたい。妹はあまり欲のない子でね。私にもなにかが欲しいとねだってはくれないのだ。与えられるものは私が与える」

「それはないだろ、ソーラス殿。こっそり兄と慕うあなたの妹なら俺にとっても妹のようなものだし、あなたがいない間は私がエルトフォード公爵令嬢の兄になりたい」

「ご遠慮願おう」

「そんなぁ!! むぐっ!!」


 まだ食い下がってきそうだったフォーレスタ殿下の口に、ソーラス兄様は素早くクッキーを突っ込んだ。

 サクリと音がして、フォーレスタ殿下はそれを大人しく咀嚼し、優雅に茶を口にした。


 少年同士の喧嘩のような、兄弟のじゃれ合いのようなことをしていても、二人とも根本的な所作が崩れたりはしない。長年培われてきた、最高位の地位を持つ者としての振る舞いだ。

 私ではきっとすぐに付け焼き刃の所作だと見抜かれるだろうな、と身の内に緊張を走らせる。


「本当に美味い。いいな、家族の手作り料理か。うちではありえないことだから」


 フォーレスタ殿下の言う「うち」は、国王陛下と王妃陛下と王太子殿下のことなのだから、当たり前だろう。


「今日のことを父上に話せば喜ばれるだろう。……父上はソーラス殿と茶席を囲むことに未だに怯えておられる。この場にも来たかったろうに、なんともまぁ根性ナシな」


 国王である父を悪しざまに情けなく言う王太子殿下の遠慮のなさに、茶を吹きかけた。


「茶席を設ければエルトフォード公爵ともっと親密な話ができるだろうとは理解しておられるのに、そうしたいと思っておられるのに、感情の面で出来ぬと申される。何度も、毒見なら私がやると言っているのに」

「そして万が一にでもフォーレスタ殿下が毒を食らわれれば、国が揺るぎます。どうぞ私のことなど捨て置かれよと何度も申しておりますのに」


 言葉のとおり、今までにも何度も交わされてきた会話なのだろう。

 フォーレスタ殿下は引き下がらずに、身を乗り出すように兄様に食いかかる。


「だがな? やはりあなたに要職に就いてもらわねば、国の未来に関わるのだ」

 

 それに対してのソーラス兄様の落ち着きようは見事と言わんばかりだ。


「買い被り過ぎです。公爵領からでも助力の手は伸ばせます。今回は王命となったため、仕方なくお受けしましたが、リオノーラが戻ってきてまだたった二年。落ち着くまで放っておいていただきたかった」

「何がどう落ち着くというのだ? リオノーラがどこかの貴族と婚約して結婚して子をなすまでか? 妹より明らかに兄であり当主であるあなたの結婚が先だろう?」

「おや? 妙齢の次代の王ですらまだ妃を迎えていないのに臣下である私が先に妻をもらうなどだいそれたこと、できるわけがありません」


 そして、現在進行形で国民の悩みの種である王太子殿下の婚約者及び伴侶不在が提言される。


「くっそ、また私を引き合いに出して…っ!!」


 やけっぱちぎみに憤り、フォーレスタ殿下はパウンドケーキを口にした。もちろんその所作は見惚れるほど美しい。

 兄様も同じだ。


「ぐあぁ、美味い…っ。リオノーラ、おかわりをもらえるか? 菓子一つでこの腕前なら、貴女の手料理はさぞかし美味いのだろうな。食べてみたいよ」


 こんなに褒めてもらえるなんて思ってもいなかったので、必死で照れを隠しながらフォーレスタ殿下におかわりを給仕する。


「私が妹の料理を食べるのが先です、フォーレスタ殿下」

「そこで対抗してくる?! ソーラス殿はいつだってリオノーラの手料理食えるだろ?!」


 兄様は形のいい眉を吊り上げて、フォーレスタ殿下を軽く睨みつけた。


「この後一度城下のエルトフォード別邸に帰り、明日は出立の儀です。そんな時間などない」

「てことは、私が彼女の手料理を食えるのはソーラス殿が帰ってきてから? オアズケ?! 酷くない?!」

「酷いわけがあるものか。早く良き相手を見つけて、その方にこそ、なにか作っていただくといい。それを妹に求めないでいただきたい」


 優雅な所作をまったく忘れずに言い合う二人の姿は、本当に仲の良い兄弟ようだった。 


 もしかすると、本来なら私もこの輪の中のいて当たり前だったのかもしれない、なんて思った。


 母と公爵家を出て森で暮らすことがなく、公爵令嬢として育っていれば。

 そうしたら、私はフォーレスタ殿下のことも兄のようだと慕ったのかもしれないと想像する。


 今はそんなこと、恐れ多くてできるとも思えないけれど。


「ソーラス殿がこの外交で突然良き相手を見つけて帰ってきたとか言わない限りは、一番先に身を固めるのはやっぱりアステライトか? うう、いよいよ周りからの重圧が……」


 肩を落とすフォーレスタ殿下。


「フォーレスタ殿下はさっさともっと妃選びに本腰を入れるべきだ。……ウォルフィンリード辺境伯はいよいよ想い人と結ばれたのか? 血統のちゃんとした養子を迎えられた話は聞いたが」


 珍しく興味深げに投げかけられた疑問に、カップをソーサーに戻して、フォーレスタ殿下は少し驚いた様子でソーラス兄様を見つめ返した。


「アステライトの想い人の話をソーラス殿もご存知だったのか? ああ、養子の跡継ぎも定めて、後継の問題も無くなって、ほんっと要領いいんだからあいつ。これで想い人の身分がどんなものであれ、妻に迎えることに誰も反対なんかしない。私が夜会に流しておいたアステライトに想い人がいるという話題で注目はされていても非難はないし、逆にこっそり狼辺境伯の恋の成就を応援している団体もあるほどだ。……でも、残念なことにまだ想い人の行方は知れない」


 親友の恋の成就が叶っていないことを心から寂しく思っている、そんな感情が伝わってくる。

 フォーレスタ殿下の優しさに思わず心打たれた。


「その話をアステライト殿から聞いて、もう数年だ。それほど困難な相手なのか……」

「どうだろう。アステライトは色恋沙汰の話はどうも苦手らしく、私にもそこまで詳しく話してくれるわけではないのだ。あいつが女性との駆け引きをやっているところなど想像できなくて、実際に目の当たりにしたら笑ってしまえそうだ」


 先ほどの思いやりはどこへやら。今後はソーラス兄様と一緒になってにやりと笑ってみせる。


「ウォルフィンリード辺境伯は、男から見ても良い男だがな」

「ああ、そういうところだけ不器用で、……それで他と釣り合いが取れているのかもしれない」


 くっと、二人は喉を鳴らした。


「考えられるな。これで女性に対しても戦と同じような得意さを見せつけてくれていたら、あまりの人間性に嫉妬が抑えられんよ」

「ソーラス殿でもアステライトにそんな感情を抱くのか?」

「実際、本人を前にしてはそんな感情など抱く間もないがな。あまりにも晴れ晴れとした偉丈夫で」

「あれを前にして卑屈になれる者は要注意人物として見てしまうよ。心根の問題だ」


 穏やかに笑い合いながら、二人はウォルフィンリード辺境伯アステライト様のことを語り合う。


 そのときのフォーレスタ殿下の嬉しそうで、自慢げな笑顔に、確かな友情を見る。

 王太子という重い責任を持つフォーレスタ殿下が、心から気を許せる友がちゃんといることに、国の未来の明るさを感じた。


 ずっと黙って楽しい会話を聞いていた私に、二人の視線が向く。


「ソーラス殿、どんな相手がリオノーラの相手なら許せるのだ?」

「まだ早いと思っているが? そうだな、それこそアステライト殿を超えるくらいの猛者なら考えてもいい」


 その答えには、フォーレスタ殿下はどこか呆れさえ抱いたようだった。


「現状、国内でその条件を持つ男はいないぞ?」

「ならば妹が公爵家を出る必要は無いと言っているのだ。気に食わぬ結婚などする必要はない。リオノーラが望む相手でないのなら一生嫁に行かずとも私のそばで暮らせばいい」


 この空間に、初めてしんとした静寂が落ちた。


「……ソーラス殿、その愛情はちょっと行き過ぎていないか?」


 優雅にお茶を飲み下して、ソーラス兄様は平然と言葉を続けた。


「エルトフォード公爵家に今、政略結婚は必要ない。悩みがあるとしたらそれこそ跡継ぎの問題だけだ。どうにかしようと思うならどうとでもなる。そのための犠牲に、妹がなる必要は微塵もないと言っているのです」


 まさか公爵家の当主が、公爵家の令嬢が一生未婚でもいいと言い切るとは思っていなかったと、王太子殿下は絶句した。


 貴族の令嬢は結婚して当たり前。

 未婚のまま一生、などもってのほか。


 だけど、……諦めなきゃと思っていてもステラのことをまだ心の中で思い続け、落ち着くまでどうしたって時間がかかりそうな自分には、ソーラス兄様の言葉はあまりにも嬉しくて。


「いいな? リオノーラ、お前の結婚が家のためであるべきなどという考えは無くせ。幸せになることだけを考えろ。そのために私は、お前をあの森から連れ帰ってきたのだ」


 そっと、でも確かに、ソーラス兄様は私の手を取り、握りしめた。


「兄様……」


 見つめ合う私と兄様を、フォーレスタ殿下はどこか羨ましそうに、そして愛情深すぎる兄の言葉に心配そうに眺めた。


「仲良しだ……。羨ましいよ」


 ボソリと呟くフォーレスタ殿下のどこか寂しげな声音に、私は兄様に手を繋がれたまま、彼に向き直る。


「あの、フォーレスタ殿下、兄様が無事外交より戻られたら、なのですが」

「ん?」


 私は一つ、提案する。


「帰還祝いとして催しなどがされることでしょう。その一環として、両陛下と共にエルトフォード城へお招きすることは可能でしょうか? 我が城でしたら、兄様は気兼ねなく食事をなさいます。だから、国王陛下とお茶をご一緒していただくことも、きっと」


 フォーレスタ殿下だけでなく、ソーラス兄様も驚きで目を見開いた。


「そのときに、私も腕を振るえたらと」


 その誘いは、簡単に現実になるような誘いではない。

 深く考えもしない私の、子供じみた提案だ。


 だけど、そこに含まれているのは政治的駆け引きなどではなく、悪意ある陰謀のために失った温かな交流を取り戻すための素直なだけの思いだとソーラス兄様にもフォーレスタ殿下にも伝わったようだった。


「なぁ、ソーラス殿、やっぱり私の妹にしては駄目か?」 

「駄目に決まっているでしょう」


 二人の言い合いが、また仲良く始まる。



 王太子殿下との茶会は終始和やかに過ぎ、私たちは温かな気持ちで王城を後にすることができたのだった。





リオノーラ・エルトフォード

ソーラス・エルトフォード

フォーレスタ・アスラン

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