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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 忘れてくださいと願った夜

 人が住まなくなった家というのは、朽ちていくものだ。


 去年見た時よりも明らかに老朽化した、懐かしい家。

 窓から中を覗いてみる。


 すっかり埃が被っているのが、月明かりでよく見えた。

 誰かが中に侵入したり、荒らされた形跡はない。


 中に入ろうと思ったわけではなく、入り口のドアの前まで行ってみて気づく。


 今通った道。

 すっかり草の伸びた家の前まで来る道に、ほんの少しだけ踏み跡があった気がした。


 私以外にここに来ることができる人なんて、ステラしかいない。


 少なくとも、何度か、私がもう住んでいないと分かっても、ステラはここに訪れてくれているのだと、確信を持った。


 ……何度も?

 きっと、何度も。


 嬉しくて、涙が出そうだった。


 胸が一杯になって、同時に申し訳なさで軋むほど胸の奥が痛んだ。


 別れを言えなかったから。

 さよならを言えなかったから。


 きっと心配をかけてしまった。

 たくさん、たくさん。


 ステラの中では、私はきっとまだ子供のままだ。

 二年前の別れのときと変わらない子供のままで止まってしまっているのだろう。


 でなきゃ、こんなにも私のことを気にし続けてくれるなんてこと、あるもんか。


 どうにか、ステラに伝える術はないものか。

 私はもう大人になっていて、この森にはもう帰ってこなくて、ただの魔女のリオはもういないのだと、あなたに心配し続けてもらう必要はないのだということを。


 ……言い方が違ったや。


 私は公爵令嬢という身分を手に入れてしまって、私の存在は両親と兄の人生を大きく狂わせてしまったものであって、なんの責任も負わず、報いも受けず、贖罪を続けずに生きるなんてできないものだった。


 あなたに心配してもらう価値のないもの。

 優しく子供扱いされて、甘やかされて、心配してもらえて、自分勝手な幸せを望んでいいわけがないもの。


 それが今の私。


 ゆっくりと歩みを家の裏手へ向ける。

 私が歩くと、その動きにつられて、伸びた草に咲いている花が月光を浴びて揺れるのがよく見えた。


 雑草に混じって、よく育った見覚えのある薬草の葉っぱ。いつも手入れしていた裏庭は、すっかり無秩序な薬草畑になってしまっていて、笑みがこぼれた。


 母様が好きだった薬草の花を摘んで、ビオラが持たせてくれた花を一緒に母様と父様のお墓に供える。


 風が吹いて、髪が揺れる。

 長居はするつもりは最初からなかったから、外套も着てきていない。

 少し肌寒く感じる。


 ええと、このあと家の中に入って、ステラに手紙を書いて、ドアに挟んでおけば、もしかしたら見つけてくれるかも。


 届くかどうかも分からない手紙を。

 届いたとしてもそれを確かめることもできない手紙を、……私の狼さんに。



「……リ、オ…?」



 声がした。


 驚いて、振り返る。


 草が揺れる月光の中、美しく光る、青空色の隻眼。

 金色の髪が輝いて見える。


「……ステラ?」


 驚きに固まった彼の表情。


 二年ぶりに見た狼さんは変わらず凛々しくて、でもさらにたくましくあって、彼によく合った立派な鎧をまとった姿は今まで見た中でも一番精悍だった。


 そして何より、傷ついてもおらず、ボロボロでもない彼の様子が、嬉しかった。


「ステラ」


 呼びかけたその名が、嘘なんだともう知っている。


 偽名なんだと知っている。



 でも、……私はそれしか知らない。



 ステラが駆けてきて、次の瞬間には抱きしめられていた。 


「ひゃあ?!」


 たくましい腕の中に収まる。

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられる、その強さ。


 あっという間にステラの匂いに包まれた。ちゃんと覚えていた、彼の匂いは変わっていない。


「リオ…、リオ…ッ!! 今までどこへ…っ、俺はてっきり…っ」


 その声音に、涙が乗るよう。

 必死で、切実で、喉を詰めたステラの言葉が途切れる。


 唇を噛み締めた様子のステラ。

 強く抱きしめられた腕の中から、そんな彼に手を伸ばす。


 ステラの頬を流れ落ちてくる涙を拭うために。


「ステラは案外泣き虫なのですね。……優しい人」


 もう随分前から、知っていたことだけれど。

 ずっと忘れずにいたことだけれど。


 だから、私は、こう願うしかない。


「優しい、……私の狼。……どうか、私のことは忘れてください」


 涙が滲む。


 これを最後にしなければ。


 もう会えないと思っていたのに会えた。

 その奇跡に感謝して、彼がもう私のことを心配して、この場所に囚われる必要がないように。



 ……だけど。



 公爵令嬢じゃない、ただの魔女のリオとして。

 ステラが知るリオとして、願いたい。


 たくましい首に腕を回して、震えそうになる身体を御して、ステラの唇に唇で触れた。


 驚きで見開かれた青い目を、至近距離で見つめる。


 この先、私は愛も恋も関係なく、誰かと結婚し、やがて子を産むんだろう。


 貴族の令嬢としては当たり前のこと。

 エルトフォード公爵令嬢として、当たり前の責務。


 でも、最後のわがままを言わせてほしい。


 これ以上、何も他に望まないから。


「だけど、……ただ一度でいい、……私を抱いてください」


 初めて肌を重ねる相手は、ステラがいい。


 お願い。

 ほんのわずかにでも私に情があるなら。


 子供扱いのままでもいい。

 心配してくれるほどの好意を持ってくれているなら、その延長線上でいいから。


 涙が溢れて落ちた。


 ステラの手が腰を抱いて、私の髪を梳くように頭を支えて、ゆっくりと唇が合わさった。


 身体の奥底から震えるような、そんな喜びが確かにあった。


 口の中で、舌が触れ合う。

 頭がぼうっとして、ステラの口づけの甘さに力が抜ける感覚を味わった。


「ステラ……」


 嬉しくて、嬉しくて、名前を呼ぶ。


 少しでも多く味わいたくて、少しでも多く覚えていたくて、どうしたらいいのか分からないままに、ステラの舌に、舌を絡める。


 腰を抱かれる手に更なる力が入り、足が浮きかかる。

 ステラのたくましい胸にすがりつくように手を添えて、ぎゅうと抱きついた。


「リオ……!!」


 熱っぽく、欲望に燃えたステラの青い目の輝きが綺麗で、その目に見つめられてこの名を呼ばれることがこんなにも嬉しいことだなんて、私は一生忘れないと、口づけを続けながら思った。





リオノーラ

ステラ

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