リオノーラの過去 十九歳の誕生日祝い
私の誕生日が、兄様が隣国に行ってしまったあとに来るから、急かすように兄様に祝いを何にするかと強請られた。
悩みに悩んで思いついたのは、森の家から一番近い村の、お世話になった雑貨屋のおばさんに、身分はもちろん隠したままでいいからお礼と別れを言いに行きたいと願った。
ソーラス兄様は地図で改めて村の位置を確認し、しばし考えたあと、快諾してくれた。
村へ行く準備をする。
本来豪奢な公爵家の馬車の外装を、たとえば平民でもちょっと贅沢をすれば乗れるような馬車風に偽装した。
私の身なりも公爵令嬢としての贅沢なドレスじゃなく、町娘風にも、ちょっといいところのお嬢さんにも見える風に整える。
顔をさらして付いてきてくれる者は、ビオラと護衛の騎士一人。実は先駆けて村に冒険者を装った護衛が侵入しているらしい。さすが兄様、抜かりない。
話をする内容も気をつけなくちゃと前もって兄様にも相談した。
今の身分が不用意にバレないように、不自由なく暮らしていると最低限伝えるだけ。
「もしかしたら知っているかもしれない冒険者ステラの情報についても、聞いてくるといい」
そう、馬車を出す直前に言われて、目頭が熱くなった。
兄様は、どこまでも私の気持ちを考えてくれている。
行ってきますと笑顔で告げて、城を出発した。
境界の森の家に一番近い、懐かしい村に着いたのはもう夕方で、村の雑貨屋は閉まる直前。
おばさんは私の姿を見て、ひどく安堵したと言わんばかりに喜んでくれた。
森の家を出て、もう二年経っていた。
村の小さな宿屋に一泊することになった。
雑貨屋のおばさんと昔話で話し込んでしまい、気がついたときには陽は落ちていたのだ。
宿の他の部屋に泊まっている者たちは、実は公爵家お抱えの護衛たちだ。村の中に敵愾心を持つ不穏な者たちもいなさそうだと報告も受け、すんなりとそう決めた。
食事も終えて、湯浴みも終えて、寝支度をしなければと思ったのだけれど、私は思い切ったようにビオラに頼み出ていた。
「ビオラ、お願い。家に帰ってみたいの」
私の寝衣を用意しようとしていたビオラは驚いて顔を上げた。
「危のうございます、リオノーラ様。せめて明日の朝、護衛を伴ってはいかがですか? ここは、いくらミオシス様の魔物忌避があるとしても、境界の森の近く。エルトフォード城内のような確固たる安全は保証されません」
「分かっています。でも、朝にはここを発たないと王太子殿下のお茶会に向かう兄様との約束に間に合わないでしょう? 今しかないの」
「ですが……」
ビオラが難色を示すのも当たり前で、素直に行かせてくれるとも思っていなかった。
「ここに戻ってくるのは、もしかしたらこれが最後かもしれない。母様と父様のお墓がどうなっているかも確認したいし、……それに」
雑貨屋のおばさんに、私を訪ねに来た隻眼の冒険者はいなかったかと聞いてみた。
森の家を去ってから一度、もうずいぶん前になるが、確かに隻眼の冒険者が血相を変えて私の所在を聞きに来たと、おばさんは教えてくれた。
それから、彼は村には来ていないそうだ。
ならば、森の家には?
確かめに行きたいと思ってしまった。
あれからステラが、私との約束を叶えに森の家に訪れてくれたことは確かなんだと分かっただけで、涙が出そうなくらい嬉しかった。
「お願い、ビオラ。森の家の近くに行きさえすれば、私はエルトフォード城内にいるよりももっと安全な場所にいることになる。ミオシス母様のまじないの力は絶対よ? 今夜だけ、許して。森に入るまでのギリギリの場所まで、護衛と一緒に来てくれてもいいから」
ビオラにとっては、揺るぎない信頼が持てる言葉だったようだ。
私の他に誰が「力ある魔女」ミオシスの力量を信じているかといえば、誰でもない、間違いなくビオラだった。
隣国の王女だったミオシス母様について、共に歩んできてくれた侍女であり、友。
ビオラは手にしていた寝衣から、明日着るはずだった別のドレスを取り出して、私に着せてくれた。
「お言葉通り、森に入るまでご一緒いたします。危ないことは決してなさらないでくださいませ?」
「分かりました。約束します、ビオラ。夜通し起きて待っているとかはやめてね? ちゃんと朝までには帰ってくるから」
「リオノーラ様が言われたことを守る方だとは存じていますよ。……ミオシス様のお墓に、私の分も花を供えていただけますか?」
「もちろん!!」
ビオラは手際よく私の着付けを終えると、私物の持ち物から、まるでこうなることが分かっていたかのように花を取り出した。
それを見て驚いて、それから笑い合った。
ビオラから受け取った花を持って、私は懐かしく、歩き慣れた道を、森の家へ向かって帰り道を急いだ。
リオノーラ
雑貨屋のおばさん
ビオラ




