リオノーラの過去 暇を持て余した美公爵の遊びの結果
今まで、エルトフォード公爵と次期公爵は失踪した公爵夫人と令嬢を探すことに重きを置いていた。
長い間、秘密裏にそのことに人員を、私的な金を、本来プライベートに充てるはずの時間を注ぎ込んでいたエルトフォード家当主たち。
そして悲願であった母の安否が知れ、私を公爵令嬢として迎え入れることができ、前当主は安堵の中、最愛の妻の待つ永遠の眠りにつき、現当主は。
……かなり、暇を持て余していた。
ほとんど片手間に、領内の数ヶ月先を見越した政策を立て、万が一の問題対策まで数案、立て終わっている。
私がやろうと思っていた内政の、積み重ねの集計が必要じゃない他のものを、「手伝う」と言って手を出してきたかと思ったらあっという間に終わらせて、これもまた数ヶ月先まで終えてしまい。
まるでパズルゲームを解くように、余った人員をさっさと必要な部署、箇所、地方の困っているところに送り込んで問題を解決に向かわせ。
読みたかったが、積読にしていた本たちを読破し。
ついには、国王陛下がこっそり送ってきた国政に関する愚痴の手紙から、ぶらりと王城へ謁見に行って、ついでにいくつもの行き詰まっていた政策の解決案と打開案と妥協点と利用点を国王陛下との短い会合の間に話して帰ってきた。
謁見ってぶらりと行ってしてくるものなの?!
私の兄様、優秀すぎるんですけど?!
王都へ行くと、兄様は王都の流行りというドレスやら装飾品やら化粧品やら一式を必ず土産に買ってくる。
最近はそれも頻繁になったので、私の身の回りの物は増える一方。
王都のものに負けず劣らず、エルトフォード公爵領内のドレスや装飾品やらも素晴らしいのに。
だからこそ、私は兄様に贈られた王都流行りの物をエルトフォード公爵領の物と比較して、差を比べて、メイドたちにも意見を求め、化粧品なんかも一つずつ検証し、簡潔な報告書にまとめてソーラス兄様に渡し返す。
そのうえで、着られそうにないデザインのドレスや色味が私に合わない物をメイドたちに下げ渡したり、針子たちに見本として提供したり、作り替えてもらったり。
御用達店に買い取ってもらったり、宝石や装飾加工技術がもとより素晴らしいエルトフォード公爵領内の職人に頼んで作り変えてもらったり、次代の技術者の育成のための練習用に提供し、コンクールを開かせてみたり。
自分一人でどうにも消費できない物体は、周りを巻き込んで一生懸命消費した。
それでも公爵令嬢のドレッシングルームは、まだまだ綺羅びやかに潤っている。
私が書いた報告書を参考にエルトフォード領内の女性が関わる、美容だとか衣服だとか、果ては健康にも繋がるものの質が兄様の采配で向上し、女性が生き生きとしている領内では経済がよく回り、前年よりも結婚する若者の数が少し増えたらしい。
数年間は出生率も増えるかもしれない、と言って、兄様は子どもがいる家庭に対する支援や、医療、病院、医者と看護師の在り方の見直し、領内の薬師の数の確認、薬草の確保と栽培、他領との流通、あらゆることの政策を立てていた。
はたから見ればものすごい仕事量だけれど、本人としてはのんびりと。
そうやって暇を持て余し、能力を遺憾無く発揮しつつ、のらりくらりと過ごしていた兄様の様子は、ついに国王陛下から見過ごせない、とお言葉を賜るほどになってしまった。
王城に呼び出された兄様は。
「今すぐ副宰相の座に就くか、海を挟んだ隣国アキツシマ王家への外交官代表となり、彼の国からの要望である宰相職の指導者として努めるか、どちらかを選べ」
と、王命を受けたのだった。
副宰相の座についた場合、現宰相がいい顔をするわけがない。
これは事実、現宰相の座を奪えと言われていることに変わりない。そうすれば少なからず、国内は揺れる。
隣国アキツシマ王国は、新しい国王と姉摂政が手を取り合って動乱が治まった国内を導いている最中。
姉摂政の摂政配となられた方は、ウォルフィンリード辺境伯の弟殿という懇意さ。ソーラス自身も知らぬ相手ではない。
おいそれと信用の置けない者に任せることのできない、国家間の信用をかけた重要な役目。
国王は遠回しに、信用の置けるエルトフォード公爵に大役を任せたいと考えているのだ。
だが、隣国への外交となれば、数日で行って帰ってという気楽さで引き受けられるものでなく、少なくとも半年以上、自領を留守にすることが明確だ。
国王陛下はエルトフォード公爵家の内情について知ってはいるが、ソーラスが暇を持て余して領内を発展させ、なおかつ数年先を見越した安定をもたらしていること。そして、ようやく見つかった従姪が、従甥が珍しく自慢するほど立派に公爵領を公爵夫人代役として切り盛りすることができるほどの能力を持っていることを逆手に取ったのだった。
ソーラスは(仕方なく)外交官代表となる王命を受けたのだが、そのかわりに遠慮も躊躇もなく、王に申し出た。
「私が外交官代表としてアキツシマ王国へ行く間、妹リオノーラの安全を王家の名にかけて守っていただこう。私がこの王命を受けると知らしめられた瞬間から、妹へのいらぬちょっかいが増えましょう」
飄々と、ソーラスはこの国の貴族たちの行動と思惑を簡単に見抜いた。
「私が居ない間に万が一にでも妹の身に何かあれば、私はその者たちを、そこに携わった者たちを、一人残らず狩り尽くし、死んだほうがマシだと泣いて懇願するほどの目に遭わせます。どうぞ、私にそんな行動を起こさせぬよう、信頼厚き王の采配を信じ、外交官代表の任、謹んでお受けいたします。我が王よ」
優雅に微笑んだソーラスの笑みの艶やかさに、国王陛下は久々に心の底から恐怖で震えたそうな。
ソーラス兄様が隣国へ行かれるまで、準備期間として数ヶ月ある。
出発は私の誕生日より、少しだけ前だ。
大丈夫だ、心配することはない。
一年以内には帰ってくる。
それまでの間、公爵領は任せるが、お前の手腕に不安はないよ。補佐もたくさん置いていくから。
兄様の優しい言葉を何度も聞いたけれど、やっぱり不安は拭いきれなかった。
痩せ我慢をしている私を、兄様は見抜いていた。
そして私は、それでも兄様に対して、行かないで欲しいとか、不安なのだとか、そんな弱音一つ告げることもできなかった。
ただ、分かっています、と物わかりのいいフリをして、本音を隠す。
そのとき、はじめて、私は心の底から誰かに弱い自分を曝け出して頼ることができないことに気づいた。
それが兄様に対してできないのであれば、一体、他の誰にできるというの?
……弱って、弱って、病に寝込むしかできなかった私を一晩中、看ていてくれた人。
『……私の優しい狼…』
あの人がそばにいてくれたら。
私は甘えたことを口に出していたのだろうか?
『ステラは、……存在しない人だ』
だけど答えは、別のところから自己完結してしまった。
ソーラス
リオノーラ
国王陛下




