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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 ステラという冒険者

「以前、お前が探すことができないかと言っていた人物だがな」


 使用人たちが戻ってくる前に、と兄様は回りくどいことなど言わずに切り出してきた。


 そう、私はソーラス兄様にだけ、ただ一度、会いたい人がいると言って、ステラのことを話した。


 十八歳の、成人を迎えた誕生日。

 城の中の身内だけでささやかだが温かなパーティを開いたその後に。 



 山程用意されたプレゼントとは別に、兄様は私に言った。


「煌びやかな宝石もドレスも、豪華な食事も華やかな音楽も、お前が求めているものとは懸け離れていることなど、とうに分かっている。何が欲しい? リオノーラ。……今なら私は、お前が公爵令嬢の立場を捨てて森の家へ帰りたいと願っても……、……叶えよう」


 身を切るような思いの中で絞り出した、兄様の感情を押し殺した声を、私はまだ覚えている。


「……大丈夫です。私は、兄様に必要ないと言われるまで、エルトフォード公爵令嬢としての責務を全うします。森の家へ行きたいと思うことはあっても、ここに帰ってこない選択はしません」


 ソーラス兄様の手をそっと握って伝えると、兄の顔に確かな安堵が浮かんだのを見た。


 だから、私はそんな兄様に、一度だけ、一生隠し通して生きていくだろうと思っていた願いを吐露した。


「そのうえで、会いたいと思う人が、一人、……います。森の家で暮らしていたときに出会った、冒険者の方です」

「……続けて」


 促され、言葉を続ける。


「もう一度、会う約束をしていましたが、彼が訪れるよりも先に兄様と出会い、森の家を去ってここへ来ました。別れもなにも告げられず、心配をかけてしまったかもしれないと思っています」


 私の表情が沈み込むのを見て、ソーラス兄様は優しく手を握り返してくれた。


「その者とはどんな関係だ?」

「彼がおおよそ瀕死の重体で森の家に迷い込んできたのを手当てしました。数年後には、逆に私が病に臥せっていたところを助けられました。お互いに命の恩人、というのは大げさかもしれません」

「ふむ……」


 ソーラス兄様は短く考えを巡らせ、私を見つめたまま、まっすぐに尋ねた。


「恋仲の相手か?」

「ちがっ、違います!!」

「ふむ」


 思わず必死に否定した私をまっすぐに見据える、ソーラス兄様の眼差し。


 なにもかも見透かしてしまいそうな兄様の慧眼から逃げられるわけはないけれど、恥ずかしさで照れてしまうのはどうしようもなかった。


「特徴をもっと詳しく教えてくれ」

「はい……」


 私は、私が知る限りのステラのことを、兄様に伝えた。




「結論から言えば、周辺領に隻眼のステラという名の冒険者はいない」


 突きつけられた事実にガツンと頭を殴られたような衝撃を受けたが、数秒を経て、気を取り直す。


「王都に行ったときにも、そちらのほうでも探ってみたが、条件に当てはまる人物は存在しなかった」


 まず、ステラという名前。

 二十代半ばの男性の冒険者。金髪碧眼、そして隻眼。

 冒険者として腕が立つのか、良家の出身なのか、身なりは富商や貴族のそれに近く、少なくとも父親と歳の近い弟が家族に存在している。


「そもそも名前が偽名であった可能性も高い。隻眼も、眼帯さえつけてしまえば装えることだ」

「……はい」


 ソーラス兄様が淡々と告げる、分かっていながらも分かりたくなかった事実。


 ステラという名前。

 理由があって本名を伏せていたのだろうけれど、それをずっと続けるほどには、私は信用に値しない相手だったのだと突きつけられる。


 彼の目が片方、潰れたのか無事だったのか、という傷を目の当たりにした。


 そのうえで隻眼になったと偽るのであれば、それにも深い理由があるのかもしれないが、……私には明かす必要もない理由だったのだろう。


「……一概に全部が嘘だったとも思い難いがな。たまたま長期間、冒険者稼業を止めているとか、国を出ているとか。隻眼は治療中であっただけで、今は治っているとか」


 あからさまな私の落ち込みように、兄様がフォローを入れてくれたのが分かって、顔を上げた。


「いえ、いいのです。兄様、気を遣わないでくださいませ」

「だが」

「いいのです。諦めがつきました。嘘偽りを含めた付き合いであったにせよ、彼は子供であった私にとても親切にしてくれた。私は、暖かな時間をもらったのです。そのことに感謝こそすれ、恨みも悲しみもありません」


 大きく息を吸って、吐く。


「長い間、調べていただいてありがとうございました。彼のことは子供の頃の良き思い出として覚えておきます」


 確かな思いで、そう告げた。


 ソーラス兄様は少し思うところがあったようだが、そう思い込もうと必死で虚勢を張る私を見て、それ以上深く追及してこようとはしなかった。


 人の感情の機微など簡単に見抜いてしまう、ソーラス兄様の慧眼。エルトフォード公爵家の血に乗る祝福の力。


 魔女である私には受け継がれなかった血の力。


 きっと私が無理やり諦めようとした気持ちだって見抜いてしまっているのだろう。


 でも、これ以上なにができる?


 この国屈指の情報網を持つエルトフォード公爵がほぼ一年かけて、秘密裏ではあったが、ある冒険者を探し出そうとして見つからなかった。 


 思っていたとおり、ステラは簡単に会える、見つけ出せる人じゃなかった。


 ああ、……その名前も、嘘なんだよね?


 私は、存在しない人に恋をしていたわけだ。

 世間知らずで夢見がちな魔女の少女にはお似合いの幻想だったと、諦めてしまおう。


 もう、夢見る少女ではいられない立場に置かれてしまった。


 このまま、エルトフォード公爵が結婚しない、跡継ぎをもうけない、となれば、必然的に妹の私が結婚して子をなして、その子を兄様の養子にする、なんてこともあり得る。


 公爵令嬢ともなれば、そんな現実も二つ返事で受け入れられるだけの、貴族としての常識を身に着けなければ。


 ……この先、私は誰か別の人を好きになるのだろうか?

 それとも、やはり貴族の間では愛や恋など必要なく、合理的な結婚を迎えるのだろうか?


 それは今すぐじゃなくても、きっと少し先の未来にある逃れられない現実だ。


「では、……十八歳のお前の誕生日祝いに頼まれたことはこれで終わりにする」

「はい」


 静かな納得をお互い抱いて、ソーラス兄様の言葉にうなずいた。


「十九の誕生日はもうすぐだが、何が必要だ?」

「……はい?!」


 にこりと笑う、兄様の妖艶で無邪気な笑み。


 私が諦めようとどうしようと、大人になろうと子どものままであろうと、まだまだ兄様の甘さは変わらないようだった。





リオノーラ

ソーラス

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