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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 十九歳のリオノーラ

 エルトフォード公爵令嬢としての日々は、確実に積み重なっていった。

 私が公爵家の内政の一手を任されることになり、それで城内も領内も滞りなく回ることが証明されてから、兄様にかかる仕事の負担が明確に減ったそうだ。


 家令長のゼリゼをはじめ、兄様の仕事の方の側近たちにも余裕が生まれ、激務から多少解放された彼らの顔色が良くなったので、ひとまず安心した。


 余裕を持てた兄様は、その時間を使って全使用人や騎士たち、領内の貴族商人雇用者、果ては領内のダンジョンに関わる冒険者やそれに関わる者たち、あらゆる職の労働時間と労働内容を再確認して、彼らの労働に対する対価の得方やそこに起こる健康への影響を確認してまとめるなんていう、本人曰く「お遊び」をやってのけた。


 そのおかげで、良くも悪くも(この場合悪いと言わしめるのは不当に搾取していた者たちだけれども)色々と変わったのは言うまでもない。


 エルトフォード公爵領はもともと、商売もやりやすく、平民も農民も生きやすい領だ。

 気候も穏やかで農作物は安定して採れ、境界の森は魔女の力で魔物は少なく、かといってダンジョンに潜れば素材は採取できる。


 宝石が産出する鉱山があり、鉱夫を大事にし、加工技術を持った職人を育成することにも手厚い。

 他領で、様々な理由で増えてしまった孤児などを引き取り、そこで勉学させることもする。


 そんな安定した領でも問題は起こって、兄様は忙しい。


 その上、このお遊びのせいで国王陛下から大いに賞賛をいただいたらしく、それと同じことが王都でも各領でもできないものかと頻繁に王城へ呼ばれて、国の行く末を見据えながら語り合い、ついでに違う政治的案件を済ませてくるなんていうことをやっている。


 次期宰相は間違いなくエルトフォード公爵だろうと語られているそうだ。


 そんな話が出たら、あまり仲良くないらしい現宰相の侯爵家がいい気分なわけがないだろう。


 とうに水面下では政治絡みの権力争いが起こっている。


 心配していると、ソーラス兄様は。


「そんなもの、物心つく前からだ」


 と、飄々と受け流された。


 生まれたときから貴族として、子供であっても政治的駆け引きの中で生きてきた兄様。

 私は母様に連れ出されて、そんなものとは無縁な森の中でのびのびと子供時代を過ごした。


 それは、ほんの少し気を抜けば、持っているものをすべて奪われ、家族さえも、命さえも奪われるという非情かつ残酷な世界。


 まだ、知れば知るだけ恐ろしく思える貴族の世界に生きるようになって一年とちょっと。

 私の知らない貴族の常識も多すぎる。


 十九歳の誕生日はもうそんなに遠くもなく、私の存在はおおよそ、アスラン国の貴族社会で認識された。


 そのせいもあってか、あちこちの貴族から社交界のお誘いがくる。

 令嬢たちのお茶会、若者中心の夜会、大規模なダンスパーティ、小規模な家族ぐるみのパーティ。


 そのどれもにソーラス兄様が一緒に直筆の添え書きをしてくれて、断った。

 だから未だに、私の顔はそこまで知らしめられていない。


 今までに私が参加したお茶会は、唯一、身体を悪くされて、表の公務には出てこられない王妃様に呼ばれたお茶会だけだ。

 それも、たった二人のお茶会だった。(使用人やメイドはいたけれども)


 王太子フォーレスタ殿下の深緑の瞳は王妃様譲りなのだと理解した。宝石のように美しい色だった。


 王妃様が無理を押して私をお茶会に招いてくれた理由は様々あっただろうけれど、その一番の理由が。


「……ミオシス様に、よく似て」


 王妃様の口からこぼれ出た言葉で、すべてを理解した。


 父シフィアフラは国王陛下と従兄弟。そうなれば、母ミオシスが王妃様にお会いしたことがないわけがない。

 母と王妃様は、友人だったのだ。

 私はなんだか嬉しいようなこそばゆいような、少し寂しい気持ちで、温かなお茶会を過ごした。


 そして、今。

 内政の仕事のうちで一番煩わしい。


 懲りずに大量に届く、お茶会、夜会、パーティへの招待状。

 そしてお見合い、婚約、求婚の申し込み。


 私宛だけではない。

 ソーラス兄様への分もたっぷり届いているのだから、厄介でならない。


「紙の無駄ーっ!! なにこの豪華な装飾!!」


 手紙を飾るだけのために、金銀がまぶしてある。

 この山積みの煌びやかな紙類をどうにか有効活用する手立てはないかと思考を巡らせるほうがよっぽど生産的だと思える。


 ビオラが叫ぶ私を見て笑いながら、新しいお茶を淹れてくれた。


 今日もまた、私の貴族令嬢としての仕事が始まります。




「ソーラス兄様はご結婚なさらないのでしょうか?」


 今日の分の面倒な手紙たちの処理を終えて、山積みになったソーラス兄様宛の恋文を眺めながら、疑問に思ったことを呟いた。


 ちょうど、片付け終わった内政の内容を見に来ていた家令長ゼリゼと筆頭メイド長リエル、そして私付きの侍女で副メイド長のビオラが、私に視線を注いで固まった。


 今まさにゼリゼから指示を受けた執事がまるで、ここにいてはいけない、といわんばかりの見事な俊敏さで部屋を出ていった。


「想い人はおられないのでしょうか?」


 私の問いかけに、忠臣たちはなんて答えていいか考えあぐねている様子だった。


「それとも、やはり貴族社会での結婚だから愛や恋など口にしてはいけないのですか? ……兄様のご器量なら、よりどりみどりだったでしょうに」


 なぜかリエルが顔を覆ってそっぽ向いた。

 どうやら笑いを堪えているみたいだ。


「私に遠慮されていては困ります。良いお嫁様をお迎えになったら、内政はその方にお任せしなくちゃ。……そうすれば、とりあえずこの見合い申し込みや恋文が殺到することはなくなると…!!」


 それこそこの山積みの手紙の半分が消え失せるはず。紙の無駄の大幅削減だ!!


 私が何を思って目を輝かせたか分かってしまったらしいビオラが、吹き出してしまった口を押さえて呻いた。


 笑いを取るためにこんな質問をしたわけじゃない。こっちは真面目です。


 今の世の中も、このアスラン国も、例外なく女性は早くお相手を見つけろだとか、子供を産むための年齢が、などとプレッシャーがある。


 男性は、特に裕福な男性は何歳になっても周りからの重圧は女性に比べて随分薄い気がする。


 でも、家督を継ぐとか血を継ぐだとかいう貴族や王族は別かな?


 その中でも、兄様は自由すぎる。

 公爵家の跡継ぎがいないのはさすがに家門としてはだめだと思う。


「兄様の気持ちが一番大事ですから、すぐのすぐに結婚しろなどと無理には言いませんが……」


 うんうん、と三人も深く同意してうなずいてくれる。


 私がやいのやいの言い出すより、もっとずっと前から、使用人たち、側近たち、果ては領民たちも心配してきた事柄じゃないだろうか。


 もしかしたら兄様は、私を見つけるまで結婚しない、などと心に誓っていたのでは?


 日々、私に甘すぎる兄様を見ていたらそんなこともあり得そうで困ってしまう。


 公爵家に来て、一年以上。

 もう私のことなど放っておいて、自分の幸せを追い求めてほしい。


「本当に兄様の容姿なら老若男女問わず魅了できるでしょうに……、はっ?! まさか兄様は女性より男性がお好きとか?!」


 ゼリゼが腹と口を押さえて崩れ落ちた。


 同じタイミングでドアが開いて、側近を連れたソーラス兄様がこの執務室に入ってきた。


 淡い青色の瞳を驚きに見開いたあと、穏やかに笑みを浮かべる。(ちなみに、後ろについてきていた側近たちも笑うのを必死で堪えていた)


「私のことは放っておけばいいと言ったろう? リオノーラ」

「ですが、兄様」

「まぁ確かに後継は心配される問題であり、私に意見できる者は、王家を除いてお前しかいないという現状だから、話は聞くがな。……それよりも、ただいま、リオノーラ」

「はい、おかえりなさいませ、ソーラス兄様。周辺領の視察はどうでしたか?」


 私からの労いを受けて、兄様が嬉しそうに優しく微笑む。


「有意義だったよ。ゆっくり話をしよう。ゼリゼ、茶を」

「かしこまりました」


 側近たちは廊下へ出てドア前を守り、ゼリゼはリエルとビオラを連れて、茶の用意をしに執務室を出ていった。


 いっとき、兄様と二人だけになる。


 まるで小さな子供にするかのように、ソーラス兄様は私の頭を撫でた。

 もうそんなことをされて喜ぶほど子供ではないのだけれど、私たち兄妹はお互い、お互いに対して甘いと思う。


 こうして私が甘んじて撫でられてあげると兄様は喜ぶのだ。それに気づいていることも全部分かっていて、ソーラス兄様は目を細める。

 仕方ないなと、私も笑って見せた。





リオノーラ

ソーラス

ゼリゼ

リエル

ビオラ

側近、護衛の皆々

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