リオノーラの過去 デビュタントの夜会と訃報
デビュタントの日がやってきた。
私は、その日のために用意されたドレスを着て、国王陛下へ拝謁賜り、お言葉をいただき、無事、兄様のエスコートで夜会に出た。
散々練習したダンスはそれなりのものになっていて、兄様の足を踏むこともなかったし、他にダンスに誘ってくれた王太子殿下や、侯爵家の令息という人たちに恥をかかせることもなくて、内心ほっとした。
彼らと言葉を多く交わすことはなかった。
一人ずつダンスが終わると、私はちゃんと自分をエスコートしてくれる兄様にそばに戻ることができたから。
その中でも一番多く言葉を交わしたのは、やはり王太子フォーレスタ殿下だろう。
彼だけは、ダンスが終わってもソーラス兄様がそばにいることを許したからだった。
突然存在が明らかになった、エルトフォード公爵令嬢。
どの貴族も私に興味津々で、隙あらば声をかけたいと視線を送っていたが、地位はこちらが上。
この夜会の中で気安く声をかけてこられるのは、王太子殿下以外にはない。
同じ立場の他の三つの公爵家は日中の謁見式には出ていたようだが、若者が中心であるデビュタント後の夜会には欠席と届けていたようだ。
私という存在を知らしめるつもりだったと知っていたら、夜会にまで乗り込んで来ていた可能性は十分あったはずだ。
そのあたりを完全に伏せ、そして彼らの行動を予測し掌握していた兄様の情報を操る手腕はやはりすごいなと感心するしかない。
「王太子殿下、今日は親友殿はご一緒ではないのですか?」
ソーラス兄様がフォーレスタ殿下にそう尋ねた。
「ああ、あいつはもともと夜会自体好きじゃないから仕方ないけど、今回は特に急に」
そこで言葉を切って、フォーレスタ殿下はソーラス兄様のそばへもう少し近く身を寄せ、二人だけしか聞こえない声で囁いた。
その言葉を聞いたソーラス兄様の表情が、ほんのわずかにだけ驚きに揺れて、平静に返った。
「そうですか…。それは、……仕方のないことです」
「さすがに隣領のことだ。公爵のもとにも知らせが入ってくるころだろう」
「そう思います。先にお知らせ下さってありがとうございます」
「いや」
フォーレスタ殿下の表情も暗い。
その様子を気にかけながらも、ソーラス兄様は美しい礼を取ってフォーレスタ殿下に頭を下げた。
私も兄様と共に頭を垂れる。
「それでは殿下、私どもは下がらせていただきます。疾く自領に戻り、その対応にも誠意を尽くしたく存じます」
「許そう。今宵は妹御リオノーラ殿のデビュタント、おめでとう。お互い、ゆるりと時間が取れるときに、また」
「ありがとう存じます」
「ありがとうございます」
去っていくフォーレスタ殿下を見送ると同時に、私とソーラス兄様は夜会の会場を後にした。
去ろうとする私たちに向けられる名残惜しそうな視線など、すべて無視して。
私が夜会用のドレスから着替えている間に兄様はすべての手配を済ませ、その夜のうちに帰り支度を整えた。
エルトフォード公爵領までの短い旅支度が整った馬車に乗せられたとき、やってきた兄様は、側近を従えて自ら馬を引いていた。
「リオノーラ、私は一足先に行く。急ぎの用だ。お前が城に着くころには私はいないだろうが、心配はいらん。そして、内政を頼む」
「はい、承ります。……兄様、急ぎの用がなにか、私が聞いてもよろしいですか?」
兄様は一瞬だけ考えて、まるでフォーレスタ殿下としていた内緒話と同じような距離で私に近づいた。
「前ウォルフィンリード辺境伯がお亡くなりになられた」
隣領ウォルフィンリードの前当主。
亡くなった父、シフィアフラの友人。
ソーラス兄様の表情に、悼むものが、惜しむものが、ありありと浮かぶ。
「現辺境伯のアステライト殿は、若者たちのデビュタントが重なるこの時期には公表を控え、数日後に発表なさるつもりだそうだ」
一年に一度の若者たちの華やかな舞台を、弔いで曇らせないようにとの優しい気遣いがそこにあった。
でも。
「……そうなれば、グラジエフ殿のお顔を見ることはもう叶わぬだろう。フォーレスタ殿下も、国王陛下もご公務があるため、諦めておられたが……」
いつか会いたいと思っていた、シフィアフラ父様が誇らしげに話してくれていた戦士の話を思い出す。
私でさえそんなふうに憧れを抱いた方なのだから、ソーラス兄様にとってはきっともっと。
子供のころから身近で、敬愛さえ抱いてきただろう戦士の喪失。
「兄様、どうぞ道中お気をつけて。疾くお行きくださいませ」
力強く私が送り出す言葉を投げると、ソーラス兄様はすぐに私から離れ、ひらりと馬に跨った。
「お前の護衛は万全に手配してあるが、気を付けてお帰り、リオノーラ」
「はい、いってらっしゃいませ、兄様」
「ああ」
そして、ソーラス兄様と側近たちは一足先に駆けていった。
私はそれを見送り、緩やかに帰路についた。
すっかりエルトフォード城が帰る家になっていることに違和感を持っていなかったことに、そのとき初めて気づいた。
リオノーラ
ソーラス
フォーレスタ




