リオノーラの過去 冒険活劇・獅子王子冒険譚
このアスラン国では、十八が正式な成人と認められる年齢だ。
誕生日はもちろん人それぞれだが、一年に一度、秋の収穫が終わったあとの時期に収穫祭と同時に、その年に成人する者たちを祝う祭りがそれぞれの地方で行われる。
エルトフォード公爵領も然り、王都も然り、どこの領でもだ。
そして貴族の血を引く者たちは、その日とは近い別日にあるデビュタント、王家主催で開かれる夜会に、よほどのことがない限りは出席が義務づけられている。
その日中には国王陛下の御前に参り、謁見を賜る式典もある。
貴族の若者たちからすれば、成人するための、成人してから一番最初の、最大のイベントだ。
そんなデビュタントの日よりも早く訪れる私の十八の誕生日。
エルトフォード城内は朝からお祝いムード一色だったし、公爵領で祝日に設定はされなかったが、かわりに領内に。
「エルトフォード公爵領領主、ソーラス・エルトフォードの正式な妹、リオノーラ・エルトフォードが成人を迎えた」
という発表が周知された。
領内でソーラス兄様の人気は高く、妹がいたのか、と、領民たちは素直に受け入れた。
なぜその存在に誰も気づいていなかったのか。
それとも隠されていたのか。
なにか計り知れない理由があるんじゃないか。
突然現れた領主の妹の存在は、ものすごい憶測を呼び、日々心躍るような話題に飢えている民たちの間で、隠されるように、でも次から次へと、いろんな想像の物語が飛び交った。
前公爵様の隠し子が見つかった?
身体が弱く、城から出ることもままならなかった?
突然お隠れになった公爵夫人と関係がある?
現公爵様が溺愛なされて、城から出してもらえなかった?
あまりの美貌をお持ちで、人を狂わせるため?
どんな内容でも、城の関係者や騎士たちの耳に届けば、もちろんソーラス兄様の耳に入れば、不敬だと一方的に処罰を与えたり、その場で切り捨てることさえできるものだ。
その原因を作ったのがそもそも、私とソーラス兄様そのものなのだから、そんな恐ろしい処罰を与えたりすることはありえないんだけど。
城下町の領内最大の劇場で上演される、王都でも人気を博した劇団の演目。
私の誕生日に合わせてエルトフォード公爵領で上演できるように、兄様が手はずを整えたらしい。
ええと?
王都で人気の劇団を丸ごと、(私の誕生日祝いのために)王都の劇場から奪いとって、いやいや、買い取って、いやいや、公演権をとってきた。
……深く考えるのはやめておこう。これはきっと私が見習ってはいけないやり口だと思う。
成人を迎えたからと、ドレスも何もかも、今までよりも大人びた衣装を身につけ、ソーラス兄様に大人の女性としてのエスコートを受けて、観覧に出向いた。
人気演目の初日ということで、身分問わず、ごった返した劇場へ。
間違いなく劇場で一等の席に、兄様と着く。
演目は、『冒険活劇・獅子王子冒険譚・戦いと勇気と友情の物語』。この物語は実話に基づき、多分に誇張を交えた創作冒険活劇です、と説明までついていた。
獅子とは、アスランの意味。なので王族の話を揶揄しているのだろう。
事実に基づいた創作。
まるっきり作り話というわけではなく、まるっきり真実というわけでもないようだ。
広く大衆に受けるのは愛憎劇なんかが多いが、この演目は冒険活劇と銘打っている。
それなのにこの人気っぷり。
期待にわくわくして、これから始まる舞台へと視線を注ぐ。
本はたくさん読んだけれど、演劇に触れるのは初めてだった。
すっと劇場の明かりが暗転すると、舞台の重い緞帳が開いた。
芝居が終わると、満場の拍手が鳴り響いた。
私も目を輝かせたまま、一生懸命拍手を送った。
ソーラス兄様がそんな私の様子に満足気に微笑みながら、ゆったりと拍手を送っていた。
内容は、獅子王子がダンジョン攻略に挑み、敵の罠にかかるも仲間と力を合わせ、切り抜けたかと思ったら二重の奸計にかかり、親友が怪我を負いながらも王子を逃すために殿を務める、までが前半。
休憩を挟む。
怒涛の後半。
殿を務めた親友の生死も定かではないまま帰り着いた王都で待っていた、自分を狙ったのと同じ首謀者の父王への暗殺計画、改めて王子を狙った陰謀。政治的駆け引きが続く中での婚約者との甘酸っぱいやりとり、そして再び襲いかかる策略。
それを切り抜け、敵を追い詰めた王子を狙う最後の最後の窮地を救ったのは、数多の傷を負いながらも王子のもとへ帰り着いた、殿を務めた親友。
そして親友とともに敵を討ち取った王子は、これからも国のため、未来で良き王となるため、冒険に挑む。
と、大団円で終わった。
興奮冷めやらぬのを上手く隠しながら、ソーラス兄様のエスコートを受け、帰り道を行く。
同じく舞台に満足して盛り上がっている人々の笑顔を見ながら、ソーラス兄様の腕にちゃんと寄り添って歩いた。
万が一不用意にエスコート相手から手を離し、離れ、人混みの中ではぐれてしまうなど令嬢としてはやってはいけないことだ。
兄様はそうやって私が気をつけていることもちゃんと分かってくれて、穏やかに微笑んでくれる。
公爵家の馬車に乗り込み、城へ向かって走り出した。
その時の私と兄様の姿が、ものすごい噂になっていたと知ったのは、しばらく経ってからのことだ。
なんせ、公爵令嬢の顔は、ほとんど誰も知らない。
そして、エルトフォード公爵がそんな見たこともない令嬢を丁寧にエスコートして、大人気の演目を見に劇場へ訪れ、そして仲睦まじく帰っていった、なんて、あっという間に噂になり、市井も、貴族の間でも話題になり、あっという間に王都の国王陛下の耳にも届いたらしい。
その弁明は、兄様が仕事で登城したときにしたそうだ。
珍しく、ソーラス兄様がすんごい嬉しそうな笑顔だったと、あとで国王陛下からお話をうかがった。
エルトフォード公爵にようやく想い人が?! という間違った噂はしばらく人々を楽しませた、……らしい。
実際は妹だった、と判明するのは、私がデビュタントを迎えてからだった。
馬車に揺られながら、ようやく芝居の内容のことで兄様と語り合えた。
「事実に基づいた創作だと明言されていましたが、どれほどなのでしょう? 親友が獅子王子の窮地に間に合ったところなど、胸が熱くなりました」
まだ目を輝かせたまま語ったから、兄様は口元を引いた。
「そのあたりは創作だ。実際は、王子はほぼ一人で首謀者を片付けたからな。怒りに任せて」
喉を鳴らして笑うソーラス兄様の口から出た、確信を持った言葉。
「兄様は事実の方をご存知で?」
「まぁね。少し手伝ったから」
なにも大したことはしていない、と言いたげな口調だったが、私が期待いっぱいの目で見たことで、兄様は少しだけ照れて、得意げにも見える微笑みを顔に浮かべた。
「劇中で王子の政治的駆け引きを手伝った者がいたろう? あれが私だそうだ」
「なんてこと!! 劇中一番の知略者ではないですか!!」
「ふふっ、ありがとう。私がやったことは、親友を殿として残し、自分は生き延びることを選ばざるをえなかった殿下が怒りに任せ、首謀者を、自らをおとりにして炙り出し粛清を加えたものを、たまたま彼の身柄の安全を整えて一緒に登城していた私が、体面を整えてさしあげた程度だ」
王子の体面を整える、なんて、それがゆくゆく国全土に知られる内容となるのだから、生半可なものではないのは確か。
「やはり、内容の半分ほどは実際に起きたことなんですね?」
「ああ、もう五年は前のことだ。良くできた芝居だろう? 私も楽しく観れるよ」
「はい、楽しかったです。そして、気をつけなくてはいけないのですね」
私がそう言葉を続けると、ソーラス兄様は満足そうに、とても嬉しそうに目を細めた。
「リオノーラは賢いね。ああいった奸計は、いつだって私たちにも降り注ぐ。命を狙ってくる者は後を絶ちはしない。お前を正式にエルトフォード公爵令嬢であり、私の妹だと知らしめた。その認知度が高まれば高まるだけ、毒牙はお前を狙ってくる。私の弱みとしても、お前自身を奪うためにも」
ソーラス兄様の手が、そっと私の手を握る。
「そうやすやすとお前を傷つけさせはしない。だが、いざという時は己の身を己で守る心づもりだけは忘れないでくれ。リオノーラ」
ぎゅっと、兄の手を握り返す。
「はい。ソーラス兄様」
その日、私は十八の誕生日を迎え、大人と呼ばれるものの仲間入りをしたのだった。
リオノーラ
ソーラス
演劇を観に来た皆々
ソーラスに軽く騙された皆々




