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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 父の死

 父シフィアフラ・エルトフォード前公爵の死に、公爵領は深い悲しみに包まれた。


 葬儀には名だたる貴族が悼みに参列の意を示し、膨大な数のお悔やみの手紙が届けられ、父の棺には身分問わず、大量の花が手向けられた。


 この深夜が家族のみで会える最後の時間。

 永遠の眠りについた父様のもとに、お忍びで国王陛下が来られたときにはさすがに驚いた。


 明日の朝から行われる葬儀に大々的に参列を示す前に、と言ったあとすぐに。


「今は、……ただ、従兄弟に会いに来ただけの男だ」


 そう呟いて、棺のそばに膝を屈して従兄弟に対面した国王陛下を私たちは少し離れて見守った。


 そして、同じくお忍びでやってきていた王太子フォーレスタ殿下と初めて顔を合わせた。

 ソーラス兄様とはまた違う色味の銀色の髪と、深緑の瞳を持った若々しく立派な王子様だった。


 兄とともに最上位の礼を持って対峙したが、言葉を交わす時間を取れはせず、ソーラス兄様にすべて任せて、私は城の奥へ下がった。


 いくら妹といえど、私には彼らと積み重ねた思い出はない。

 新参者の妹の紹介を和気藹々とするには、あまりにも相応しくない場だった。そんな場を設けるのは別の機会でいい。


 ソーラス兄様に任せておけば、そのあたりのことはいずれふさわしい時期に円滑に進めてくれるはずだ。


 火が消えたような城の中を、一人歩いた。

 私の手には、シフィアフラ父様の最後の願いでもあり、私の望みともなった、父の髪の一房を包んだ布が握られていた。


 たった数ヶ月しか一緒にいられなかった父だった。

 でも、温かな日々だった。

 父から確かな愛を感じた日々だった。


 翌日、荘厳な葬儀が終わり、国王陛下と王太子殿下をはじめとした貴賓たちが帰っていった。

 葬儀自体を完全に終えるのに半月ほどの日数を要し、喪に服す公爵領全体の取りまとめのため、ソーラス兄様は普段にも増して多忙になった。


 そんな兄様を手伝って、本来公爵夫人がするような仕事を任されることにも慣れてきた。


 そしてようやくすべてが落ち着いたとき、父が亡くなってもうすぐ一ヶ月を迎えようとしていた。


「リオノーラ、行ってくるといい」


 兄はすっかり私のための用意を整えていた。

 私はその言葉に従い、そして自分の意思でもって、森の家へ一度帰る支度を整えた。


 大事にシフィアフラ父様の遺髪を包んだ布を、鞄に入れる。


 城を発つ本当の直前、ソーラス兄様は私の手を握ってひどく不安そうに表情を崩し、黙っていられない、と口を開いた。


「リオノーラ、必ず戻ってきてくれ。お前を信用していないわけじゃない。だが、……お前が、公爵令嬢として生きていくことを望まず、本当はもとのように自由に生きられる生活を望んでいるんじゃないかと、思うときがある」 


 目を伏せ、繋いだ手に無意識に力を込めたソーラス兄様の、後悔の滲んだ声音。


「それでも、……わがままを言う。このまま去ろうとは思わないでくれ。黙っていなくなるのだけはやめてくれ。必ずお前の幸せのためになる道をいつだって選ぶ。お前の兄でいさせてくれ。家族でいてくれ。……私を独り、残していかないでくれ。……頼む」


 切実な懇願だった。


 どんな誰が見ても立派な公爵である兄、ソーラス。

 だけど、彼もまた家族である父を亡くしたばかりで、過去多感な時期に母と妹の失踪を味わった心の傷を今なお癒やし切れずに抱えている。


 家族を失くす痛みを誰よりも知っていて、それに誰よりも怯えている、優しい兄。


「帰ってきます。大丈夫です、ソーラス兄様」


 きゅっと兄の手を握り返すと、彼はようやく安堵したように弱々しく微笑んだ。


 そして見送られ、ひととき、森の家へと帰った。


 父の遺髪を、母の墓の隣に埋めるために。

 父の最後の願い。

 母の墓の隣に、父の墓を作るために。




 護衛となってくれた者たちを、長く緊張ただならぬ境界の森の中にとどめておくことには申し訳なく思ったが、だからといって森の家へ招いてあげるわけにもいかない。


 彼らには人避けのまじないの影響が出るギリギリの辺りで待機してもらい、私は一人で家に帰った。


 ほぼ半日を費やし、母の墓の隣に穴を掘り、父の遺髪を埋め、墓石として見栄えのする石を運び、二人の墓にたくさんの花を飾った。


 父の名前を彫ることは、時間的にも無理だった。

 長年の風雨にさらされて、母の墓石に掘った名もほとんど消えてしまっている。

 まあ、そういうところもお揃いになっていいかもしれない、と泥だらけのなりで思った。


 私には、公爵夫人の姿のミオシス母様の姿は想像できなかったし、同じく、もしもこの森の家にシフィアフラ父様と住んでいたらどんな生活を送っていただろうか、と想像することはできなかった。


 でも、そんな二人でも、どんな場所でも、仲良く笑い合って暮らしていけたはずだと想像することはできた。


 ……そうならなかったことが、悔しくて、悲しくてたまらない。


 その原因である自分にかかる自責の念がゴリゴリと身の内を苛む。

 この感情とはこれから先も一生、付き合うことになるだろう。


 家の中に入るつもりはなく、それでも外から入り口のドア周辺を確認し、窓から中を覗いて、家の中も確認する。


 誰かがやってきた痕跡はない。


 家の中は時が止まっているみたいに、薄暗闇に沈んでいた。


 薬部屋に残してきた薬草も、乾燥に耐えられるもの以外はもう駄目だろう。


 家は、人が住まなくなったらどれくらいで朽ちてしまうのだろうか?


 私がここに戻ってこられる機会は、あと何回あるのか、それともないのか。


『ステラは、……まだ、来ていない、のかな?』


 それともやっぱり、一年に一回程度しか会えないのは変わらずなのかもしれない。

 そうなれば、もう、二度と会えないのはほとんど決まったようなものだ。


 森の木々の隙間から射し込んでくる陽の色が、すっかり夕陽色になっていたので、慌てて帰り支度を整える。


 エルトフォード城からここまで、馬車を使って約一日半かけた。

 半日をここで使い、また約一日半かけて帰る。


 もう二度と来ないかもしれない我が家を、振り返り見た。


 目に焼き付けるように。


 そして、いつか去っていったステラが歩んでいった森の道を、私も歩く。


 手を振り、見送り、送り出してくれる人のいない道を。





リオノーラ

ソーラス

国王陛下

フォーレスタ王太子殿下

弔問の皆々

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