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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 父娘の日々

リオノーラ視点

 公爵家の事務仕事、主に夫人が携わることになる領地経営の仕事を勉強がてら父様のそばでやるのが日課になっていた。


 他愛もない世の中の時世のことなんかを話しつつ、父様が、あの貴族はどんな歴史で、あの貴族の当主はどうこう、などと、愚痴にも近い昔話を聞かせてもらいながら。


 その中で、父様が一家だけ褒めちぎった貴族があった。

 隣領のウォルフィンリード辺境伯家だ。


「先日、当主の世代交代がされたね。辺境伯を継がれたのは、長男のアステライト殿だ。ソーラスが祝いを贈っていたろう? もともとは次男のソルアンドレ殿が家督を継ぐはずだったのだが、彼は海を挟んだ隣国アキツシマの摂政配にと望まれて、それを受けたそうだよ」


 シフィアフラ父様の顔色は、一月前この城に来たときよりもずっと良い。

 喀血するほど咳き込むことも減り、話す口調も呼吸も、うんと楽そうだ。


「前当主のグラジエフ殿は、素晴らしい戦士でね。いや、戦士の枠にとどまらず、策士でもあり、立派な経営者でもあり、領主でね。どれだけその手腕を参考にさせてもらったか分からないよ」


 ニコニコと笑みを浮かべる父様の語り口調は、誇らしげに友を褒め称える少年のようでさえあった。


「たとえばどんな?」

「ウォルフィンリードは、ここよりも境界の森が深く、ダンジョンの数も多く、山脈にも多く面している。冒険者も多く、軍も強大だ。それなのに、領内のあの安定、活気と潤い。ウォルフィンリード辺境伯領南に位置する穀倉地帯の風景は美しいよ。機会があると見に行くといい。稲穂の海が金色だ」


 それは領民が、農業にまで携わる身分のない者たちが無事豊かに生活できているということではないだろうか。


「稲穂の海……」


 ステラが語ってくれた風景と同じ。


「見てみたいです」


 素直に気持ちを告げると、シフィアフラ父様は目を細めて微笑んだ。


「来訪をグラジエフ殿に頼んでみよう。……おっと、アステライト殿にだった。今はソルアンドレ殿のご結婚の準備で忙しいだろうね。収穫の時期まであと数か月はあるから、迷惑にならない時期を選ぼう」

「はい」


 コンコンコンコン。

 ドアがノックされる音がして、家令長ゼリゼがやってきた。


「リオノーラお嬢様、ダンスのお時間でございます」


 心の中で、うひぃーっ!! と叫んだ。


 できるだけ顔に出さないようにと思っていたのに、父様にはバレている。


 喉を鳴らしてくつくつと笑われてしまう。


 母様に教わった所作や作法、管理方法、計算なんかは公爵令嬢としての公務、事務仕事に大いに役立っている。


 でも、全くもって、教わったのに活用できないことと、教わってすらいないことがあった。

 それが、ダンスと、ピアノなんかの楽器の演奏だ。


 ダンスは初歩中の初歩のステップを幼いときに教えてもらったが、普段から踊ったりしないのですっかり忘れていた。

 なおかつ、貴族の間で行われるダンスは、男女揃って踊るもの。相手がいないのに踊るわけがない。


 楽器は、そもそも小さな森の家の中にピアノなんてあるわけない。笛があったとしても、警戒用のピーと鳴る笛だけ。打楽器? 必要ある?


 母に教わった歌を歌うのは嫌いじゃないけれど、たかが知れている。


 というわけで、私に音楽の才能はない。


 貴族令嬢が嗜む芸術的なものを他に挙げるなら、絵画や刺繍だろう。


 絵を描くのは苦手ではない。薬草や薬効のある花やらをスケッチしてまとめたりするのはよくやる。ただし、絵の具は使わない。

 一つ買うのに薬を一つ売るのと同じ値段がする絵の具は、母様も手を出さなかった物体だ。


 刺繍は今、理屈を教えてもらっているところ。

 どうしても針と糸と布を持つと、繕いものを想像してしまうせい。


 真っ白なハンカチに花の刺繍を、と説明されて、頭の中で。


「いや、その糸で描いた花に血汚れがついたら、取れにくくて、再利用できないんじゃ…?」


 と思ってしまった自分がいた。


 真っ白な無地のハンカチなら、どんな傷にも即座に対応できるのに、と思うと、全く針が進まなかった。


 お菓子作りを嗜む令嬢もいるそうだ。


 こちらは自信を持って厨房に立てる。

 立てるからこそ、他のことをお勉強なさってください、と立たせてもらえないのが悲しいところだけど。


「では、父様、行ってまいります」


 肩を落とし、諦めて、出来上がった仕事をゼリゼに渡して立ち上がった。


「頑張っておいで、リオ」


 送り出してくれる父の、その穏やかな笑み。 



 彼が死を迎えるまでの、ほんの数ヶ月。


 それはシフィアフラ・エルトフォードにようやく訪れた心穏やかな安らぎと、切望の果てに取り戻した愛に満ちた日々だった。





リオノーラ

シフィアフラ

ゼリゼ

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