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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 母の悔恨、二通の手紙

リオノーラ視点

ミオシス視点(手紙にて)

 シフィアフラ父様は、医者と側仕えの執事に付き添われ、もう一度大人しく休むことになられた。


 ソーラス兄様も仕事に向かわれ、私は一人、自室としてあてがわれた立派すぎる部屋へ向かった。


 まだ迷いそうになってしまう城の中だけれど、私の部屋の前で、ビオラが待っていた。


 私の姿を見つけると、嬉しそうな笑顔を隠しきれずに浮かべ、それから身を正して、仕事用の表情を作る。

 ミオシス母様がシフィアフラ父様と結婚する前、ずっと若い時から侍女として仕えてくれている者。


 部屋に入る前に、そんなビオラに声をかけた。


「あの、……ビオラ、あとでミオシス母様のお話を聞かせてくれる?」


 ビオラは肩を震わせてから身動き一つしなくなり、しばらく経ってようやく、涙とともに笑顔で口を開いた。


「喜んで…っ」


 仕事用に作った彼女の表情は、すぐに崩れた。


 私は必死で涙を拭おうとしているビオラと部屋に入り、机に置いてある、森の家から持ってきた荷物を見つけた。


 その中にある、母様が「森の家を出たくなったら」と「十八になったら」としたためてくれた手紙。


 読むならば、今だ。

 まだ十八にはなっていないが、そちらの方も封を切るべきだろう。


 二つを取り出して、私は静かに手紙を開いた。




 一つ目に開いた、森の家を出たくなったらという手紙。

 その中には、世の中は甘くないんだからね。といった心配から始まった母の体験から来ている外の世界への諸注意がたっぷり書かれていた。


 そして、私の出自のことも。


 リオノーラ、あなたはエルトフォード公爵家の血を引いています。

 貴族として生きたいと願うなら、エルトフォード公爵家の門を叩き、父親と兄に庇護をいただくのも一つの生き方でしょう。


 でもそう望まず、市井で平民として、あなたの望むように生きることもできる。


 あなたは自由を得られる。


 囚われるばかりの魔女ではなく、貴族の令嬢としても、ただの平民の女性としても。


 そのどれを選んでも、あなたが幸せであるように母は祈っています。


 そう締めくくられていた。




 もう一つの、十八になったらという手紙。


 それを開くことに迷いはなかった。



 先ほどの手紙の内容とは打って変わって、この手紙の中の母は、深い後悔と悲しみと、そして変わらない愛に満ちていた。

 

 こちらもまた、私がエルトフォード公爵家の娘であることを明確に伝えていた。


 そして、母がその意思で、生まれたばかりの私を連れて公爵家から去ったことが、本当に正しかったのかと自問自答する言葉がたくさんあった。


 この手紙の中にいた母は、母ではなく、ただのミオシスという女性だった。


 生い立ちから、消え失せない魔女であることに対する劣等感。自分の力を誇りながらも、異質であることに悩み続けた。


 愛する息子の命を救うために力を振るい、命を賭けたことに迷いは微塵もないが、この力のせいで何かが狂ってしまった。


 夫の魔女に対する過保護を止められなかった。もっと話し合うべきだった。そうすればリオノーラは公爵令嬢として何不自由なく、家族そろって暮らしていられたはずだ。


 力の代償として、残りの寿命も少ない私が、こんな森の中に一人あの子を残していくことを心配などせずに、夫と息子が、リオノーラを慈しんでくれたはずだ。


 私は間違っていたのだろう。


 生まれたばかりのリオノーラが、力のあるなしはまだ分からずとも、私と同じ魔女であることが分かったとき、頭の中が真っ白になった。


 思い出したのは、自分の幼いときのことばかりだった。


 ここは、祖国ではない。


 シフィアフラが、ソーラスが、エルトフォード城の誰もが、リオノーラに幼い私が受けた仕打ちをするとは思わない。


 だけど、……ただただ恐怖が勝った。


 祖国を捨てて、シフィアフラのそばでようやく得られた安らぎも愛も、愛しい息子も、待望の娘も、魔女である自分の運命に巻き込まれてしまった。


 シフィアフラが魔女を守るための政策を立ち上げてしまえば、私も、リオノーラも、自由などとは無縁になるだろう。


 人々から浴びせられる視線は、羨望なんかじゃない。


 好奇と畏怖だ。


 そしてやがてそれは異質な者を見る差別と侮蔑に変わる。


 私が生きている間はいい。同じ魔女として苦楽を理解し合えるだろう。

 でも、私に残されている命はそれほど長くはない。


 リオノーラを、苛烈な魔女という運命に独り残していくことになる。


 分かっていたはずだ。


 家族のそばを離れることを思いとどまればよかった。

 あるいは、帰ることを選べばよかった。


 ごめんなさい。


 あなたの自由をと思いながら、私は私の自由を取ったのだろう。


 魔女を守るための政策が敷かれた未来で、私がいなくなった未来で、リオノーラが貴族令嬢でありながら魔女として生きていく辛さばかりしか、私には想像できなかった。


 きっと違う未来があったはず。

 きっと杞憂だったはず。


 夫なら、シフィアフラなら、そんなことにはさせなかったはず。


 でも私は、それを信じきれなかった。


 信じなかったのは決してシフィアフラのことではなく、そんな未来に生きる自分のことだ。


 だからせめて、リオノーラには自分で選び取れる自由を残したかった。


 どうか、愚かな母を許して。


 そして、もし、あなたの父親と兄に会えたら、こんな自分勝手な妻で、母であったことを詫びていたと伝えて。


 愛していたことは間違いなく、誇っていたと。

 あなたのことも愛しているわ、リオノーラ。


 幸せに生きて。




 この手紙を伏せ隠していることができずに、私はこれをシフィアフラ父様に渡した。


 そのあと、手紙を開き始めた父様のそばから離れ、一人自室に戻って、こっそり隠れるようにバルコニーへ出て、そこに座り込んだ。


 よく晴れた青空を見上げる。


 貴族の令嬢はこんな場所に直接座り込んだりなんてしないだろう。


 森の家で見ていた空と同じ色なのに、違って見えるのはただの錯覚だと分かっている。

 じっと晴れ渡った青空を見つめたまま、膝を抱えた手に力が入った。


 もしも、私が魔女じゃなければ。

 もしも、私が女ではなく男で生まれていれば。


 きっと、ミオシス母様はこんなにも悩まなかったはずだ。


 公爵家を去る必要もなく、魔女を守るための政策がどうなったかは分からないが、シフィアフラ父様は母様を守り通し、やがてその身の内の不安も拭い去っただろう。


 シフィアフラ父様から妻を、ソーラス兄様から母を奪ったのは私の存在だ。


 そもそも、私が産まれなければ、こんなことにはならなかったはずだ。


 公爵家はソーラス兄様という立派な跡継ぎを持っていたのだから、家族三人、暮らしていく未来があったはずだ。


 私が生まれたから、私の未来を案じたから、母様は行動を起こした。


 母様自身の心の問題だったと書かれてはいたけれど、間違いなく、行動を起こさせた最後の一押しは私の存在だったのだ。


 どれだけ己を呪っても、過去は覆らない。

 自分の命を絶つような、母の生きた証を消すような愚かな行動を取りたいとは思わない。


 私はこれから、ここで、エルトフォード公爵令嬢として生きていく。


 身にそぐわないと思えても、己を偽って、演技をして、猫をかぶって。


 この身のすべてが、行動が、私のせいで妻を、母を失った父と兄への詫びになればいい。


 そうしても十七年という長い年月の代償を払えないほど、私の存在は忌まわしい。


 境界の森に住んでいた魔女リオはもういない。


 薬師になりたい夢も、なくていい。


 だって貴族令嬢は、薬師になんてならないでしょう?


 私は、リオノーラ・エルトフォード公爵令嬢として、兄を支える生き方をしていく。


 それが、……これから先にある未来だ。


 森の家にはもう戻れない。


 見上げ続ける、青い青い、晴れ渡った空。

 いつでも来ていいと森の家にステラを招いたことも、意味はなくなってしまった。


 ステラが森の家に来てくれても、私は待っていない。

 待っていられない。


 ……待っていたかった。


「いったい、なんの話をしてくれるつもりだったのかなぁ?」


 呟いてみても、もちろん答えてくれる者はいないし、自分には想像もつかなかった。


 弟さんを中心にしたごたごたが終わってからの、真面目な話。

 ステラが言う、全部。

 それが何であれ、聞いてみたかった。 


 私がステラと親しくしていられたのは、身分なんてものがなかったからだ。


 冒険者と、ただの森に住む娘。

 親しく言葉をかわすのに、なんの弊害もない。


 だけど突然得てしまった、公爵令嬢という立場。


 冒険者であるステラとこれまでどおり接することができるもの?

 そうしていいの?


 ……きっと許されない。


 そこにつきまとってくる、身分差というものに隔てられて生まれる批判は、私だけでなく、公爵である兄の評判に関わるだろう。


 もし、ステラが話してくれる全部の中に彼の身分や家のことが含まれていて、彼が豪商の家系や貴族の一端であると話したとして。


 十八になるまで、自分の出自の何もを知らずに森で暮らしていただろう魔女の娘の私は、そこで彼との関係に線を引いたはずだ。


 まさか、自分のほうがあまりにも高い身分を得てしまって、線を引くことになるとは思いもせず。


 こんなことになるなら、再会を許す約束などしなければよかった。


 ステラはまたあの森の家に訪れるだろう。

 それがいつになるかは分からなくても。


 そして、あの優しいお節介焼きの狼さんは、私のことを心配してしまうんじゃないかな?


 会う約束をしていた世間知らずの子どもが消えていたら、絶対に心配してしまうだろう。


 こんなことになるなら、伝えておけばよかった。


「大好きだって」


 言えばよかった。


 身分なんてない、ただのリオとして、ステラが好きだって。


 そして面と向かって、「さよなら」を告げられたらよかった。


 もう、会えない。

 会える見込みもない。


 貴族には貴族の暮らしがあり、身分のない平民とはあまりにも違う。


 だったら、公爵令嬢としてステラと会うことはできる?


 ……これほどまでに変わってしまった私を見て、ステラはどう思うだろう?


 もう森で一人で生きているわけじゃないと安心する?

 ステラの心配も助けも必要なくなったなと安心されてしまう?

 気安く言葉を交わせるような相手じゃなくなったと線を引かれる?


 ……どれもこれも、そんな態度を取るステラを見たいとは思わなかった。


 会いたいのに、会えない。

 会えないと分かっていても、会いたい。



 でも叶わない。



 ぐちゃぐちゃな感情がまとまりもなく頭の中を巡るだけ。



 涙が溢れて、それでも青い空を見上げていた。

 ステラの隻眼と同じ色をした、青空を。





リオノーラ

(ミオシス)

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