リオノーラの過去 父の悔恨
シフィアフラ視点
リオノーラ視点
「私は驕っていたのだ。自分が力を振るえさえすれば、ミオもソーラスも、国さえ守れるものだと。一度、己の力さえ振るわせてももらえずに絶望を見せつけられたというのに」
シフィアフラ父様は、黙って話を聞いているソーラス兄様を見つめてから、私を見た。
「二度とそんなことになるものかと、二度とそんな目に合わせるものかと息巻いて、自分の意志が正しいと盲信して、一番、……何よりも大切にしなければいけない彼女の意志を蔑ろにした」
後悔の滲んだ声音が続く。
私のことを見ていられない、と言わんばかりに、シフィアフラ父様は目を伏せた。
「ミオシスがリオノーラを出産するとき、私は王城から帰れぬ仕事を多く抱えたままだった。魔女を守るための政策の案も、大詰めに差し掛かろうかという頃合いだった。まだ十五にもならないのに、次期公爵として申し分ないソーラスに甘えて領を任せっきりで、この政策が決まれば帰ろうなんて、勝手なことを考えていた」
そして、急な知らせが届いた。
まさか死産だったとか、ミオシスの身に何か起こっただとか、そんな知らせかと恐怖を抱いた。
伝えられた内容は、ミオシスが己の意思で、生んだばかりの娘と二人、公爵家を出ていったという知らせ。
なにが起こったのか理解できず、凍りついた。
その時持っていた仕事をどうやって終わらせたのか、記憶にない。
大詰めだった政策も、帰れぬほどあったはずの仕事もすべて放り出して急ぎ帰った。
そこで待っていたのは、火が消えたような寂しさに包まれた城で、出迎えた使用人たちの表情は一様に暗く、ソーラスなど、隠しようもなく泣き腫らしたあとの目で。
ミオシスの作った眠り薬で、城中の者たちが一時的に、一人残らず意識を失った経緯も聞かされた。
彼女が一番信用しているであろう侍女ビオラでさえ何も知らされておらず、彼女は立ち上がることすらできそうにないほど泣き暮れていた。
ミオシスが出ていった日のままにしてあると言われた、公爵夫人の部屋。
彼女の寝室のベッドの横に生まれてくる子供のために用意したベビーベッドがあったが、その中に毛布などの寝具はなかった。
きっと、そこにあった毛布に包んで、赤子を連れて行ったのだろう。
夫人の部屋の机に、短い手紙が置かれていた。
『シフィアフラ、娘も魔女でした。こんな、魔女である私を愛してくれてありがとう。そして、ごめんなさい。どうか幸せに。ミオシス』
その場に崩れ落ちて、立ち上がれなかった。
手紙を何度も何度も読んで、ようやく気づいた。
本当に守りたかったのは、魔女だったのか?
いや、たまたま、愛した人が魔女だっただけ。
魔女である彼女を、愛した。
だから、そのすべてを守りたいと思ってしまった。
本当は、本当は、魔女であってもなくても、守りたかったのは彼女だったのに。
息子と、生まれてくる子供だったのに。
生まれた娘が魔女であってもなくても、守りたかったのに。
血を吐く思いで、絶望に胸を軋ませながら、後悔に押しつぶされそうになっても足掻きながら、ミオシスと娘の捜索に力を注いだ。
あれほど熱心に推し進めていた魔女を守るための政策を破棄し、王に宰相の座を返上し、自領に戻って公爵としての責務を全うしながら、自分の足でも自領を隅から隅まで妻と娘を探して回った。
見つけられなかった。
ただ月日が過ぎていった。
たまに、ミオシスが作ったと思われる薬が市井の市場や冒険者の手に渡っていたのを偶然見つけ得ることができ、また躍起になって彼女の手がかりを探した。
自分ほど、自領のことを直接目で見て知っている領主はいないだろうなんて思えるほどになってしまった。
ソーラスも同じく、次期公爵であるにもかかわらず、市井にまで顔が知れ渡った立派過ぎる跡継ぎになっていた。
二人を失ってから、十五年も経っていた。
諦めるべきなのかと何度思っても、諦めきれなかった。
自身の年齢と肉体の衰えも感じ、ソーラスに公爵の座を譲る決意をした時期に、ある有力な情報を得た。
「エルトフォード公爵領とウォルフィンリード辺境伯領の境目にあたる境界の森で、魔女に出会ったと」
もちろん、それまでにも境界の森の中も探し歩いた。
だがいくら魔女の魔物忌避がエルトフォード公爵領内にかかっているとはいえど、魔物と戦いを避けられない境界の森内を隈無く、とはいけなかったのは事実。
場所を絞り、何度も捜索隊を派遣してはいたが、自身で赴くにはもう、衰え過ぎてしまっていた。
己の愚かさに、後悔に苛まれることに、もう、疲れ果ててしまっていた。
ソーラスに何もかもを任すほどになっていた。
「血を吐く症状のある病。内腑がやられていることなど重々承知だ。……もう長くは持つまい」
そう、諦めた。
後悔と悲しみと、自身への怒りで内臓を焼き続けたせいだと言われても、なんら不思議と思わない。
そこに伴う肉体の苦しみは、受けて当然の責め苦だった。
「だが、ようやく、……会えた。リオノーラ、……ミオは、妻は、……ミオシスは、……死んだのだな…?」
その問いかけに、私はうなずくしかできなかった。
シフィアフラ父様は黒い瞳を涙で滲ませて、そうか、と深く、短く、納得したと言葉に出したきり、涙に喉を詰まらせた。
ソーラス兄様と私で、父様の骨ばった手を握って、ただ、黙って泣いていた。
母の死を悼んで。
ただ、黙ったまま。
シフィアフラ
リオノーラ
ソーラス
(ミオシス)




