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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 激動のリオノーラ 2

 私を妹と呼んだ銀髪の男性は、ソーラス・エルトフォードと名乗った。


 そして。


「間違いなく、私はお前の兄だ」


 そう告げた。


 兄と名乗る彼の手当てをするために家の中へ入ると、ソーラスの髪色が、母と似てはいたが少しだけ違うことに気づけた。


 若干だが、兄の方が母よりも濃い色味を持った銀髪だった。そして、母に似た青い瞳も兄の方が色味がほんの僅かに濃い。


 だが、そのあまりにも整った顔立ちは、間違いなく母との血の繋がりを感じさせた。


 私よりも随分年上に見えた。

 洗練された立ち振る舞い、色香を纏う物腰、貴族らしく高圧的でもある気品。

 物語の中に出てくる王子様のようだ。


 彼が身につけている高位貴族の衣装。上等な生地にふんだんに使われた装飾、立派なマント。

 その姿が、ここまで豪奢ではなかったが、どこかこの前ステラが着ていたものに似ているな、と一瞬だけ頭を掠めた。

 だが、ぽたりとソーラスの指先から床に血が落ちた音にハッとなったときには、もうその考えは頭の中から消えていた。


 消毒液を取ってきて、彼の腕の裂傷を見る。

 食卓の椅子に二人向かい合い、膝を突き合わせるように座って、黙って手当てを始めた。


 彼が家の中の様子を軽く見回すように眺め見て、喉を詰まらせたことに気づかないフリをした。


 みすぼらしいとでも思われたんだろう。


 別に構わない。

 私はこの家で不自由をしたことも、みすぼらしいと思ったこともないのだから。


 別に、反発心や対抗心からそう思ったわけではない。

 それほどまでに、目に前にいるのは貴族然とした立派な男の人で、そう思われても仕方ないと思えるだけの、私との違いがあった。


 売り物にするはずだった特級の傷薬を迷いもなく選んで彼の手当てに使ったのは、思えば不思議な気持ちからだった。


 彼の怪我にひどく反応した母のまじないに報いたかったのか、それとも、まだ明確じゃないはずなのに、彼を兄と思いたかった私の甘さからだったのか。


 包帯を巻き終わり、ソーラスの手を離す。

 彼は巻き終わった包帯をしばらくじっと見ていたが、沈黙を破るように静かに口を開いた。


「……なぁ、リオノーラ」

「はい?」


 答えてから、ハッとなった。


 私は名乗っていない。


 ソーラス・エルトフォードと彼は名乗ったが、私はそれに名乗り返さなかった。

 その驚きさえ分かってか、ソーラスは言葉を続けた。


「ミオシス母様の墓はどこだ?」


 もう疑いようもなく、そして間違いもなかった。


 私以外に、母の名を呼んでくれる人がいたのだと分かっただけで、もう「答え」としては十分だった。


「家の裏手に」


 答えると、ソーラスは先んじて立ち上がり、私に手を差し出した。


 簡単なエスコート。

 私はそれを当たり前のように受ける。


 ステラといたときは、二人してあまりにもボロボロだったことが多かったから気にしていなかったけれど、母から作法として日常的に教えられた、男性を立てるための女性側の行動。


 これが「当たり前」だと、私も思っている。


 ソーラスと一緒に、家の裏手、母の墓の前まで来た。


 石碑に母の名を掘ってから随分経った。

 名を記した箇所はかすれかけている。


 ソーラスはそっと私から手を離し、母の墓の前に膝をついた。


 綺麗な服が土に汚れることも気にせず、マントが地に広がってついても、ソーラスは深くうなだれたまま、しばらく顔を上げなかった。


 私はそんな彼の背中を黙って見つめていた。


 大きく息を吐いたソーラスの喉が引きつる音を聞いたあと、振り向く月明かりの夜空のような浅い青の瞳が滲んでいた。


「リオノーラ、……お前を見つけたからには、私はお前を連れて帰る。嫌がろうが、どうしようが、……泣いてでも、お前に帰ってきてくれと乞うよ」


 しばらく呆然としてから、ソーラスが言った言葉の不思議さに眉を寄せた。


 強制的に私を連れ帰るつもりでいる、ように見えて、彼は私に乞い願うと言っている。


 その一見矛盾しているようであって一貫した、どんな手を使ってでも私を「帰らせる」ことに繋がる行動。


「帰る…?」


 それでも、違和感しかないその言葉。

 私にとっては、物心ついたときからずっとここが家で、住む場所で、どこにも行かない、行けない場所だった。


 ソーラスは立ち上がり、私の手を静かに取った。


「お前は、リオノーラ・エルトフォード。シフィアフラ・エルトフォード、ミオシス・エルトフォードの間にできた娘。生まれたその日に母と共に姿を消した私の妹、エルトフォード公爵家の令嬢だ」


 突然告げられたことに、ぐわんと目の前が回った気がした。


「父上の体調が芳しくない。……もう、あと数ヶ月も持たないだろう……。頼む、リオノーラ、私と帰ってくれ。一目、お前の姿を父上に見せてくれ」


 必死の言葉が、私の意識を現実に引き戻す。


「父上…、……父様、が、あと、…数ヶ月…?」

「ああ、母様…、母上とお前が失踪してから、父上はすっかり気力を失われてな。宰相の職も辞して、魔女の忌避を頼りに、母上が領内から去ってはいないことだけを心の寄る辺に、ずっと二人を探していた」

「失踪?」


 あまりにも因縁深そうな言葉が次々と出てくる。

 それに疑問を浮かべると、ソーラスは驚きを隠そうともせず、私の手を握る強さを増した。


「……リオノーラ、お前、母上からなんの話も聞いていないのか?」


 コクリとうなずく。


「ミオシス母様が亡くなったのは、何年前だ?」

「……もうすぐ七年です」


 ひゅっと、ソーラスが息を呑んで、その美しい面を蒼白に変えた。


「それほどの間、お前は、……独りで、ここに?」


 コクリとうなずく。


 ソーラスの目が、また滲んだように見えた。

 でも涙が落ちることはなく、そのかわり、ぎゅうっと音が立つほどの抱擁が浴びせられた。


「すまない、すまない…っ!! もっと早く、見つけられていたら、もっと早く、迎えに来られていたら…っ!!」


 ソーラスの言葉に、嘘偽りはなかった。


 心からの詫びと、心から悔いたもの。

 母以外の家族からの情を受けたことがなかったから、戸惑うしかない。


 兄妹というものはこういうものなのか?


 ステラに、弟さんとのことをもっと聞いておけばよかったと後悔した。


「あの、……ソーラス、兄様」


 そう呼びかけていいものかと思いながらも、それ以外に呼び方が思いつかなくて、彼を呼んだ。


 微かに肩を震わせて、ソーラスは顔を上げ、まっすぐに私を見つめた。


「なんだ? リオノーラ?」


 私に向けられたソーラスの笑顔は穏やかな優しさに満ちていた。


 無条件な優しさ。

 それは家族であるからこその優しさなのだろう。


「……私が『帰って』、父様は、……喜ばれるのですか?」

「当たり前だろう? お前と母上を失ったときの父上の落胆は、……言い表せはしない。数年前、ある伝手からミオシス母様が亡くなったことを明確に知ったときも」


 伝手?

 いったいどんな経路で、母様が死んだことが知れたのだろうか?


「そんな父上が、お前の無事を知れて、会えることを喜ばないわけはないだろう? ……現に私も、今、……とても嬉しいよ」


 笑ったソーラスの泣き出しそうな笑顔が、母様によく似ていた。



 私は、ソーラスについて行くことを決めた。


 家から持ち出したのは、ほんの僅かな身の回りのもの。作ったばかりの特級の薬たち。母の手製の薬のレシピ本。残り二通の手紙。そして最後の二本の果実酒だけ。


 楽観していたんだと思う。

 向かった先で、大きく、本当に大きく、私の人生が変わるなんて、このときは想像もしていなかったから。





リオ(リオノーラ)

ソーラス・エルトフォード

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