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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 会いたい人、癒やしたい人

 手で覆って隠していたステラの目から、そっと手を離す。

 

 閉じられたまぶた。

 繰り返す穏やかな寝息。

 疲れ果てた先にようやく得た深い眠り。


 頬と目元に残っていた涙を優しく拭って、眠るステラの顔をしばらく眺めていた。


 ステラが少しでも良く癒されてくれますようにと願わずにはいられない。


 一つのベッドに、二人身を寄せ合って横たわっている。


 穏やかな寝顔。

 こんなにも安心しきった姿で寝られたら、少し複雑な気持ちになるのが乙女心というやつだ。


『子供のころ、弟さんとくっついて寝たとき、か…』


 それはとても深い親愛を私に抱いてくれているということだけれど、……異性としてはまるで眼中にないということでは?


 分かっている。

 分かっていたじゃないか。

 ステラは最初から、ずっと変わらず私のことを子供扱いして心配してくれていた。


 ただちょっと違うのは、そんな子供に手当てを受けて看病されて、恩義を感じてくれている。


 出会ったときがボロボロだったのだから、多少情けない姿を見せても、改めてボロボロの姿を見せても、私が幻滅したり見捨てることは絶対にないと思ってくれているのだろう。


 見捨てたりなんてしない。

 何度でも癒す。


 でも、私も子供じゃなくなるんだよ? 狼さん?


 好きな人に触れたいと、触れてほしいと望む、ただの浅ましい女になったんだよ?


 まぁ、もちろん、そうしてほしい相手に、そう見られていないなら意味などないのだけれど。


 あなたが嬉しいのが一番いい。

 また、次に会うことなんてあるのか分からない私を気にかける必要はない。


 こんなにも近くで、あなたの寝息を感じながら眠れる夜があったことを、私は忘れない。

 あなたの匂いを感じて、体温をそばに感じて、嬉しい気持ちで眠れた夜を、忘れはしない。


 本当はもっとステラの寝顔を見ていたかったけれど、緩やかに襲ってきた眠気に逆らわずに、ゆっくりと目を閉じた。




 朝が来て、私がいつも起きる時間になって目を覚ましても、ステラは隣でとてもよく眠っていた。


 それにすごく満足気に微笑んで、そっとベッドから出て、朝食の支度にかかる。


 とっておきのレシピで美味しいパンを焼いて、一番美味しいジャムを選んで、美味しいと間違いのないスープを作る。


 ステラがここから外の世界へ戻ったあとも元気でいられるようにするには何ができるだろうと考えると、やれることの少ない私は、母の果実酒、薬酒をまたお土産に持って帰ってもらうことくらいしかないなと端的な答えにたどり着いた。


 薬部屋に入って、床の暗所にある果実酒の瓶を二つ抱きかかえて持つ。

 残りはもう、二本しかない。


「ふんふ〜ん♪ 母様の果実酒ももう無くなりそう。自分で作ろうかなぁ? でも作ったところで味見もできないしなぁ」


 レシピはもちろん頭の中だ。

 でも、作ったところで自分は飲まない果実酒の薬酒。熟成するには時間がいるらしいから、とりあえず作っておくのも悪くはないのかもしれない。


 鼻歌交じりに薬部屋を出る。

 テーブルに瓶を置いて、そろそろ焼き上がっただろう、とオーブンを開ける。

 焼き立てのパンの香りが香ばしく立つ。


「おはよう、リオ」


 背後からかかったステラの声の明るさに、明るい気持ちで振り返った。


「おはよ、ステラ。よく眠れた?」

「ん、すごく」


 彼の笑顔の穏やかさに、見違えるような顔色に、安堵が胸に広がった。





「なぁ、リオ」

「はい?」 


 すっかりここを発つ準備を整えたステラの姿。

 私はまた今生の別れだと、とうに気持ちを切り替えていた。


 見上げた青い瞳。

 見下ろしてくる隻眼。


「今、ごたごたしてるこれが終わったら、真面目な話がある。……ちゃんと、全部話すから聞いてくれるか? ……また、ここに来てもいいか?」


 そう聞かれて、驚いてしまった。

 初めて、明確に再会を望まれた。


 いつも「じゃあな」と軽く、明るく、別れを告げるだけなのに。


 少し考える。


 これを言ってしまえば、私はステラを「常に」家へ招いたことになり、人避けの呪いは彼には効かなくなる。


 少しだけうつむいた。

 自分の長く伸びた髪が揺れる。


 もう子供ではいられない、大人の女性となった証明のような長さ。


 真面目な話ってなんだろう?

 全部話すって、何を?

 それを告げられたら、この関係はおしまいかな?


 母の手紙を読まなければいけないということと、ステラの言葉が重なった気がした。


 だけど、私が答えることは決まっていたように、逃げ場なんてなかった。


「……いいよ。ステラだったら、来たいときにここへ来ても。そのときはもう、怪我も、心配になるくらい疲れているのもやめてね? 元気なままで来て」


 明確な受け入れ。

 これで、この場所の人避けの呪いはステラにはもう効かない。


 あとは願うだけ。

 次の再会のときには、最初から元気な姿のステラに会えるように。


「じゃあ、行くよ。出来るだけ早く会いに来たいと思ってる」

「私のことより、弟さんのほうを優先です」

「ああ、しっかりやってくるよ。またな」

「うん」


 笑顔で見送った。


 手を振って、振り返されて、去っていくステラの背中を見送った。


 その背中が見えなくなって、一人になって、……はじめて、涙が出た。


 母が死んだときも、いくつもあった寂しい夜にも、涙は流れなかったのに。


 これは寂しいから? ステラが行ってしまったから?

 それとも悲しいから? 私は変わらなくちゃいけない。子供でありたいと無意識に望んでいたのは私のほうだったのかもしれない。

 そして嬉しいから? また会うことができるという期待が胸を締めつける。


 泣きながら、泣きながら、あと少ししかない十八歳までの私の日常に戻ろうと思っていた。


 十八歳になる日を待たずに、私の日常など大きく崩れ、この家を捨て去る時が来るなど思いもせずに。



 ステラに再会など期待させず、さよならと告げておけばよかったのにと、後悔するほどに。





リオ

ステラ

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