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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 黎明の自覚

 目を開いて、見えた部屋の中は薄っすらとした闇に沈んでいた。

 明け方が近いんだと、窓の向こうに見える空の色で知る。


 頭はまだぼんやりしていて、吐き出す息が通る喉が熱い。まだ熱が下がりきっていないことが分かった。


 それでも、あの凍えるような寒さは感じない。


 横を向くと、私の額の上に乗っていた、よく絞ってあった濡れた布が音もなく目の前に落ちてくる。

 ステラはあれからも、少しでも私が楽になるようにと看病を続けてくれていたのだと分かった。


 窓を背に、椅子に座っている大きな人影。

 家の中なのに分厚い外套を雑に羽織って、座ったまま眠ったんだとその格好で理解する。


 薄闇の中、窓から入る黎明の明かりに、彼の身体の形がやけにくっきりと見えた。


 胸の前で組まれていた腕がゆっくりと解かれ、少し俯いていた顔が上がる。


 開かれるまぶた。

 片方だけの青い瞳が、ほんの僅かな光を吸って薄闇の中に光る。


 ……ああ、なんて綺麗。


 その青をまた見たいと、見ていたいと、一人、この森の家から木々に囲まれた空を幾度も見上げて思った気持ちがあったことを、私はもう自覚している。


「……起きたのか」


 私の目覚めを確かめる、静かに響くステラの声が心地良い。


 落ちた布を取って、ステラはそれをまた軽く水に濡らして絞ると、私の額の上に乗せた。

 そして、ついでとばかりに頭を撫でていく。


「時間は早いが、起きていられるなら何か食べて薬を飲もう。台所勝手に使うぞ? ……味の良し悪しを俺に求めるなよ? 絶対、あんたのほうが料理の腕は上なんだから」


 情けなく笑って、細められる目があまりにも優しい。

 ゆるく笑って、うなずいて返した。


 羽織っていた外套を雑に私のブランケットの上に乗せて、ステラは台所へと歩いていく。

 その後ろ姿を見送った。


 私はステラ以外の男の人と、こんなに親しく喋ったことはない。

 時々、村やなんかで交流する人は、私が魔女のようだと知るやいなや、魔物を見るような目で去っていくから。


 これは、親しくなったからこその憧れや親愛なんだと分かっている。

 ほんのちょっと特別だからって、それだけだって、分かっている。


 ……だけど、私、この人が好きだな。


 何者かもよく知らない、そう頻繁に会うわけでもない、時々出会う森に住む狼のような、強くて優しくて、美しいこの人が。


 そんなこと、絶対に告げない。

 絶対に、口には出さない。


 彼にとって私は心配してあげなければいけない子供でしかない。


 だからこその優しさ。

 だからこそ、こんな危ない境界の森にわざわざ訪れてくれるのだ。


 愛だの、恋だの、そんな名前はこの関係になくていい。

 今はただ感謝を抱いて、あの優しい狼のことが好きだと、この胸の内だけで想っていたい。


 彼はただのステラで、私はただのリオ。

 助けた人に、助けられた。

 それだけでいい。


 ステラの大きな背中を見つめているうちに、朝はやってきたのだった。




 

 時間の制限がある、と忙しく去っていくステラをベッドの上から見送った。

 最後の最後まで心配そうに頭を撫でてくれた優しさを、忘れることはないだろう。


 そして、行くと決めて足を踏み出したステラが振り向くことはない。


 いつものことだった。


 一人になった部屋の中。

 ぱちぱちと暖炉の火が爆ぜる音。

 火にかけてある鍋からゆるやかに湯気が立っている。


 暖かさに満ちた部屋の中、かすかに残る、自分以外の人がさっきまでいた気配。


 ポスリと枕に頭を乗せる。

 寝転んで、閉じられたドアを、ステラが出ていった外へのドアを黙って見つめた。


「ステラが住んでいる領、か……」


 先程ステラが言った提案を、反芻するように考えた。

 まだぼんやり感が残る頭で、ぼんやり考える。


 ステラが住んでいる領へ住む場所を移して、薬師として生計を立てて暮らしていく想像をする。

 小さな店を構えて、冒険者たちを相手に薬を売る日々。時々、ステラも薬を買いに来てくれたりして。


 彼が住む領だ。

 今、こんな危険な境界の森内の、それも魔女の人避けのまじないがたっぷりかかった家に来るより、ずっとずっと、たくさん会えるはず。


 ステラの友達が、王都で腕のいい薬師を紹介してくれる?


 その友達は冒険者じゃないんだね。薬師を紹介できるなんて、王都でも指折りの商会関係者とか、薬関連の利権を持ってる貴族とか? もしくは冒険者組合の関係者とか?


 考えられることはいっぱいある。


 私は母から教わった薬の知識しか知らない。

 他の技術、製法、レシピ、知識は興味深くてたまらない。

 そんなものに携わり、学ぶことができる?


 ステラの友達の関係なら、王都にいてもステラが会いに来てくれることはやっぱり可能だろう。


 くすりと自分を嗤った。

 どこにいても、ステラの姿を追っているじゃないか。


 そんな想像、叶うわけがない。

 母の墓を放って、この場所を離れることはできないと今さっき、ステラに告げたばかりじゃないか。


 その言葉に嘘偽りはない。

 じゃあもし、私はこのままこの場所を離れないまま生きて、ステラがもっとたくさん、ここを訪れるようになってくれたら?


 ステラがもし、ここで一緒に住みたいと言ってくれたら?


 なんて夢物語だろうか。

 そんなことあるはずない。


 あるはずないから、夢物語として想像しておこう。


 どこか寂しくて、でも幸せな気持ちで目を閉じる。


 きちんと食事をしたことと、薬の効果で眠気が襲ってくる。

 きっと次に目を覚ました時には、もっと元気になっていて、いつもの日常に戻れるだろう。



 ……それは本当に、今までと同じ日常、なのかな?



 答えなんて分からないまま、柔らかな眠りに落ちた。





リオ

ステラ

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