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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 再会・隻眼の冒険者

 私の日々は変わらない。

 森での暮らし。

 薬を作って生活費にする。

 本を買って楽しむ。

 季節ごとの森の食材で、食卓を豊かにし。

 一人生きていく。


 もちろん、森の家にはあれから誰も訪れはしない。

 けれど、私の薬を作る技術は自信とともに少し上がった。

 自惚れじゃなく。


 買い取ってくれた私の薬を村で消費する分以外、時々やっぱり大きな街で売っていた雑貨屋のおばさんが、売る先を冒険者組合に変えたところ、倍以上の値段がついたそうだ。


 それを黙って懐に入れてしまわず、おばさんは誠実にその話を私にしてくれた。

 黙って元々の値段で取引をしていたらもっとお金が稼げたはずなのに、おばさんはきちんと私にその話をして、気が向いたら多めに薬を作ってきてくれと頼んだ。


 もともと生活する分には困っていなかったけれど、増えた収入の分、色々買い替えて消費することにした。


 一番は、薬を作るための道具の買い足しで間違いなし。

 今までだましだまし子供の時の服を繕い直しては着ていたけれど、さすがにもうそんなことをやっていられないほど伸びた身長。それでも母よりかは低いみたいで、残された服を着たりもしていたが、経年劣化で布地が頼りなくなっていた。

 だから年相応の服を買って、布地も買って、時間を作って自分の服を作る予定。


 髪も伸びてきた。

 大人の女性だと示すために髪は伸ばさなきゃいけない。

 だから調薬のときに邪魔にならない髪留めや紐も買った。


 古くなっていた包帯も一新。

 思い切って、寝具も一新。


 村でいつも買う小麦粉やバター、牛乳、お砂糖や塩なんかをちょっと多めに買って、自分へのご褒美にたっぷり焼き菓子を作ってみたり。


 もちろん、本も増えた。

 毎日、日課を終えたらご機嫌に焼き菓子を食べながら本を読んでいたんだけど、最近、胸や腰回りがやけにキツく感じるんだよね。これって、下着も一新しなきゃいけないってことかな?


 ……太った、ってことじゃないよね?

 うん、断じてそうじゃない。


 どどんと主張するわけじゃないけれど、明らかに去年よりも膨らんだと思える自分の乳房を見て、なんだか複雑な気持ちになる。


 別に今の生活に不満なんて何もない。

 でも、私が男だったら、きっともっと違う生き方だっただろう。


 今のように森の家で薬師の真似事をしていたかな?


 この国が広いことは知っている。

 本の中だけじゃない、知らない景色を見てみたいと思う時もある。


 冒険者になって外へ出て行ったかもしれない。


 冒険者という言葉に思い出すのは、やっぱりあの狼さんだ。


 そう、ステラさんみたいに強い冒険者になって。


 そういえば、と母が書き残してくれた「この家を出て行きたくなったら」開ける手紙のことを思い出した。

 家を出ていく気は今のところないが、読んでおいてもいいかもしれない、と思いはする。


 そもそも、母様はどうしてこんな境界の森の家に住もうと思ったんだろうか?


 「力のある魔女」だからという理由もあったかもしれないが、それだけではないだろう。

 なにか深い理由があったはずだ。

 その理由を、私は聞かされていない。


 なんの気なしに、窓の外を見る。

 初夏の緑の向こうに母の墓が見えた。


「……木苺、摘みに行こう」


 朝にたっぷり作ったジャム入りクッキーのせいで、瓶の中は空っぽだ。木の実がたくさん採れる間にたくさん作って、ストックにしなくちゃ。


 それにしてもパウンドケーキを果実酒漬けにしてしまったのは失敗だった。

 母様が残してくれている果実酒、薬酒が薬部屋にたっぷりあるのはもちろん把握していた。


 私は普通には酒は飲まないから、飲めないから、パウンドケーキに浸してみたら食べられるんじゃないかと思って作ってみたけど、追加でちょっと焼いて酒を飛ばしてみたけど、だめだった。


 母様はあんなにお酒を美味しそうに飲んでいたけれど、私はだめだ。

 パウンドケーキ自体はとっても美味しく作れたと思ったのに。


 落ち込んでいてもどうにもならない。

 木の実を入れる籠を用意して、家を出た。




 あ、血の匂い。


 草木ががさりと揺れた音がしたあとに感じた。


 そこから明確に誰かがいると感じられて、それが魔物や動物はじゃなく人なのだということは、動きで分かった。


 水筒を開ける音、鞄を探る音。

 草木の向こうに動く、金色の毛並み。


 まさかと思ったけれど、私はまだこの人のことをこれほどまでにちゃんと覚えていたのかと驚いた。


 木に引っ掛けでもしたのだろう、袖が破れて、血が滴っている。


 呆れた。

 また怪我ですか。


「しょっちゅう怪我をする人ですか? ステラさん?」


 驚いて見開かれた、青空色の瞳。

 その目の片方は、ほぼ顔半分を覆うかという見事な彫り細工が描かれた眼帯で隠されていた。


「……ステラでいい。……久しぶり、リオ」


 穏やかな口調。

 私を見て、名前を呼んで、優しく下がる目尻。


「そうですね、お久しぶりです。……目、駄目だったんですか?」 


 私自身の顔に指で触れて、彼の目を指す。


 ああ、せっかくきれいな色の瞳なのに。

 私の力が及ばなかったから、私に知識がなかったから、彼はその目を失うことになったのかもしれない。


「あ…、いや…、あんたが申し訳なく思うことじゃないだろう? 怪我をしたのは俺なんだし」

「それはそうですけど」


 そうして私はもう一度、腕の怪我の手当てを理由に彼を家に招いた。


 怪我を心配したのは本当。

 あわよくば、果実酒漬けになった焼き菓子を食べてもらえないかという目論見も一緒に。


 でももっと別に。


 ……私の名前を知っていて、呼んでくれる人がいるということが、胸の奥に確かな温かさを灯した。




 ステラは、さすが大人。果実酒漬けのパウンドケーキを美味しいと言って食べてくれた。


 そして、私が魔女なのか、こんな境界の森の中に一人でなぜ暮らしているのか、なんて尋ねてきた。


「だが、ここは境界の森の中だろう? こんな場所にここだけ家が建っていて、リオが一人で暮らしている。おかしいだろう? 魔物は来ないのか?」


 まあ、至極もっともな疑問ですよね。


「来ますよ、時々」


 ステラが息を呑んだのが分かった。

 テーブルの上に置いていた手を掴まれた。

 思ってもいなかったステラの行動に、心臓が大きく跳ねた。


 大きくて硬くて無骨な男の人の手。

 彼の看病をしていたときに、この手に触れたことはあるけれど、こうして握られたことは初めてだ。


 熱くて、力強くて。

 まっすぐに見つめてくる青い瞳が、私のことを心配してくれているのがよく分かった。


 危険がないことを伝えると、ほっとして大きな手は離れた。


 そおっと手をテーブルの下に引く。

 手に残る力強い大きな手の感触がなんだかすごく恥ずかしくて。

 顔が赤くなったりしていないことを願うだけだった。


 そういえば、私のことばかり喋らされている。

 不公平じゃないかな?

 だから、なにかこちらも質問をしようと思案した。


「でも、リオが俺に何か聞きたいことなんてあるのか?」


 ステラから尋ね返された言葉に、確かに、と腕を組んで考えた。


 ステラの怪我の理由?

 彼が何者なのか?

 そんなもの、本当に私に必要?


 もしもステラが貴族だと名乗ったら、この関係は今すぐここでおしまいだ。

 なんの身分も持たない私は、彼に礼を尽くさねばならない。頭を下げて、今までの無礼を詫びる必要がある。


 でも、貴族ならなんでまたこんな危険の多い境界の森に一人で来たの?

 私に礼をと思ったから? そんな話題は出てきてないけど。


 今日の彼の身なりを見ても、一人で自由に境界の森を行き来する姿を思っても、きっと冒険者なんだろうと思っている。


 でも、聞きはしない。

 聞いたら、ステラは答えなきゃいけなくなるからだ。


 だから、そんなことより別の聞いてみたいと思えたことを素直に聞いてみた。


「ステラが冒険に出ていて、今までで一番綺麗だった風景は何ですか?」


 なぜそんなことを聞くのかと驚いたステラの表情がなんだか面白かった。


 そう、聞きたかったんだ。

 ステラが美しいと思ったものを。

 美しいと感じたものが何なのかを。


 語ってくれた光景は、悲しくて美しいものと、愛しくて美しいものだった。


 私には知り得ない風景。

 きっと見ることのできない風景。


 それを知るステラが羨ましく、そしてこの時間を持てたことが嬉しかった。


 彼に抱く、純粋な憧れ。


 その気持ちを大事にしたいと、なんでもない会話を終えてステラを見送ったあとも、思い続けていた。





リオ

ステラ

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