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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 狼と話す

「俺の服や鎧はどこに?」


 ステラはほんの微かに頭を動かして、さっと部屋を見渡した。


 その視線の動きの速さ、そして何気なさ。

 一瞬で、この場の状況、在り方、空間の広さまでを把握したように見えた。


 彼が戦士なのは最初からわかっていたが、多分、私が想像する以上の力量を持った人なのだろう。


「ちゃんと洗ってありますよ? でも、壊れた鎧はさすがに直せません。服は、手当てのために一度切りましたがどうにか繕いました。もとから裂けてたところは頑張りましたが、……これ以上破れない程度です」


 そんな彼の服、鎧、身体の傷が、魔物との凄まじい戦闘のあとを物語っていた。


 魔物の爪や牙の攻撃を受けると、服はあんなふうに裂けるし、鎧は壊れるし、傷痕はああなるのか。

 手当てのために何度も見た傷痕の様子を、あとで絵に描いて紙に記録しておかなくては。


 私は、魔物の出る境界の森(こんな場所)に住んでいるけれど、魔物と戦ったことはない。もちろん爪や牙の脅威にさらされたこともない。


 魔女が持つ魔物からの忌避と母のかけた呪いの力で、この家まで運良く(そして運悪く)たどり着く魔物はすでに瀕死の、酩酊状態の、ろくに速さを出すこともできずに動けない、狙いやすいだけの獲物と化している。


 私はそれを、弓で危なげなく射抜くだけ。

 そんなものが戦いであるわけもない。


 正真正銘、魔物との戦いをくぐり抜けてきたステラ。


「分かった。服をもらえるか? 鎧も、無事な分だけは身につけていく。壊れたものは処分しておくか、そこいらの鍛冶屋にでも売ればそれなりの額にはなると思う。好きにしてくれ」


 ……ん? やっぱりなんだか言い方が上から目線だなぁ。


 壊れた鎧でも、鍛冶屋に売ればお金になるの? よほど良い鎧ってことじゃない? それって。


 とりあえず、服を持ってきて手渡した。


 ステラはそれを着ようと身体を動かして、明らかに不自然な体勢で動きを止めた。

 包帯のせいで半分しか見えない顔が、苦悶に歪む。


 当たり前だ。

 いくら傷が順調に治ってきているとはいえ、どれだけの傷を負っていたと思ってるの? この人。


 背中に矢刺さってたよ? 穴空いてまだふさがり途中よ? 痛くないわけないじゃない?


 傷、とまでは呼ばなくても、打撲や殴打がどれだけあると思ってるのかな? 薬は塗ってあげているけれど、内出血や打ち身まで癒せる薬なんてそうそう存在しない。

 それは痛み止めが別で必要なものです。


 包帯の下は、変色を始めた打撲と殴打痕の内出血で赤とか紫のまだら模様よ? 

 これは、何か言うよりも見せたほうが早いってやつかな?


「あの、ステラさん?」

「……っ悪いが、鎧を、持ってきてくれないか…っ? 世話になった」


 そんなことを言いながら、トラウザーズに無理やり足を通して、立ち上がった。

 三日間寝たきりだった上に、ズタズタになっていた足が、急な動きに耐えられるわけがない。


「危ない!!」


 思ったとおり、ガクンとステラの膝が崩れる。


「…っ?!」

「何やってるんですか!! いきなり動けるわけないでしょう!!」


 まるで体当たりをするようにステラの身体を支え押して、ベッドに座らせた。


「構わないでくれ。行かなきゃ…っ。早く、俺が生きてることを知らせないと…っ」


 枕を背にするようにベッドに押し戻されたステラは思わず私の肩を掴んだが、その手にほとんど力が入っていない。


 彼の体格を思えば、私の体当たりに押されたり、押した身体を押しのけたりできないこと自体、まだまだ休息が必要な状態だと知らしめている。


「こんな状態でどこまで行けるというのですか!! どれだけの怪我で、どれだけ危険な状態だったか分かっていますか?! あなたがどれだけ驚異的な身体能力と回復力を持っていても、今すぐは絶対に無理です!!」


 驚きに見開かれるたった一つの青い瞳を見下ろす。


「理由ならいっぱい挙げ連ねてあげますよ?! 今、自分の身体がどれだけ痛むか身に沁みて感じているでしょう?! その足もまともに立たないじゃないですか!! 私を押しのけてみてください。力は入りますか? 無理でしょう!!」


 ステラの手がもう一度私の肩に触れようとして、力なく下ろされた。


「三日間眠り通しでまともな食事ももちろん取れていない。否が応でも体力は落ちている。鎧を纏っても重さに耐えられますか? 荷は持てますか? そもそも食料とかだってないでしょ!! 怪我で視界は半分。この辺りの地理はご存じですか?! もうすぐ夜です。いくらなんでも無謀通り越して、自殺志願者ですか?! せっかく魔物と戦って命拾いしたのに、今すぐまた死にに行くの?! いい加減にして!!」


 挙げ連ねているうちに怒りが湧いてしまった。

 こっちは必死で手当てして、看病もしたんだ。

 助けた命を自分のものだからと目の前で無謀に投げうたれたらたまったもんじゃない。


 唖然としたステラの表情に、ふんと鼻を鳴らして胸を張る、……んだけど、すぐに冷静になっていく。


 言い過ぎたかな? 逆に怒らせてしまって、反撃でも食らったらどうしよう。


 そんなことをすぐに考えてしまえるほどには、私はこの狼さんのことをなにも知らない。

 目覚めたばっかりで力が入りきらないのは今だけで、時間経過ですぐに回復していくだろう。


 そうなったら。


「……わ、かった…、ちょっと、落ち着く。……けど、……よかったら、俺の上から下りてくれるか?」


 反撃はなさそうで、ほっとした。


 ん? 俺の上?


 そう言われて、自分の中で反芻して、ようやく気がついた。


 ステラをベッドに押し付けて、私はほとんど彼の上に馬乗り。

 包帯ぐるぐる巻きでもガッチリとしたステラの腹筋の上に乗っている。


「……、……」


 ものすごく無言で、そっと、だが素早くステラの上から下りた。

 彼に向かったまま、ベッドから下りて数歩後ずさりする。


 必死なうえに怒っていたとはいえ、怪我人にしていい行動じゃない。

 嫁入り前どころじゃない小娘が、立派な大人の男の人に対してしていい行動じゃない。


 落ち着くのは私のほうでした。


「ごめんなさい。私も落ち着きます。……あなたにはあなたの事情があるのは十分分かります。でも」

「いや、事情があるって分かってくれるだけで嬉しいよ。……だけど、のんびり寝てられないのは本当なんだ」


 上体を起こして、またベッドに座り直すステラの浮かない表情をしばらく眺めて、やっぱり折れるのは私のほう。


「……あー、もう、仕方ない!! とにかく今日は諦めてください。明日もう一日だけしっかり休んで、明後日の朝、出発する気持ちでいてください。そのためにしっかり休んで」

「え? あ? 明後日?」


 私の提案に、疑問を抱いたステラが小首を傾げる。

 大型の犬が首を傾げるような可愛らしさがあって、無駄にときめきを覚えた。

 ……彼はどう見ても犬というより、狼だけれど。


「そう。あなたの回復状態と、無茶ができそうな体力次第ですけど。あとは今から痛み止め作りますから、出発のとき、それで折り合いをつけて動いてください」


 気を取り直して、提案の内容をちゃんと伝える。

 ステラは包帯のせいで片方しかない目を輝かせた。


「痛み止め……。助かる…っ」

「怪我人を無茶させることに感謝されるなんて複雑です。とりあえず消化に良さそうで、血が作れそうなものを夕飯にしますから、文句を言わずに食べてくださいね。好き嫌いは認めません。そして大人しく寝ててください」

「ありがとう。食い物に好き嫌いはないよ」 

「それはよかった」


 そして、私は台所に向かう。


 ステラが言葉通り、大人しくベッドに身を横たえるのが目の端に見えた。

 私はそれに、ほんの少しだけ微笑んでしまった。






リオ

ステラ

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