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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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リオノーラの過去 狼さんを手当てする

 (やじり)の摘出を終え、全ての傷を確認し、消毒を済ませた。

 まだまだ、時間との戦い。


 意識のない、自分よりもはるかに大きな男性の手当てが穏やかに優雅に終わるわけがない。


 傷の深いところ、未だ出血が続くところを応急処置で圧迫しておく。

 浅い傷には売り物にするはずだった薬の最上級のものを塗って、さっさと包帯を巻く。


 申し訳ないけれどこうするしかないので、彼を二度三度転がして、血汚れ土汚れのある場所から遠ざけ、自分の汚れた服を超特急で着替え、身綺麗にし、手も消毒し直して戻ってくる。


 圧迫した出血箇所の確認をする。

 次に、顔にある左目の大きな傷に向かい合う。


 消毒はしたが、傷は酷い。

 そっとまぶたをめくるように、その向こうの目を確認してみたが、血にまみれすぎていてどうしようもなかった。


 目の中に異物が入っていないかだけは確認したが、それ以上はどうしてあげることもできなかった。

 母が残してくれた、間違いなく最上級を超えて特級の効果を持つ薬を、あまりに酷い左目の上の創面に丁寧に塗った。


 眼球が傷ついていなければいい。

 そう願いながら、綺麗な布を当てて包帯を巻いた。


 背中の矢傷にも、改めて薬を塗り込んで包帯を巻きつける。


 あと酷いのは片足。

 なかなかにズタズタ。

 よくこんな足でこの家まで歩いてきたなと思える程度にはズタズタ。


 腰回りは鎧が壊れていなかったおかげか、無傷で無事だった。

 私もホッとする。


 いくらなんでも、怪我人の手当てのためだとは言えど、知らない男の人の下着にまで手をかけてすっぽんぽんにしなければならない、というのは勇気がいるどころか、お互いの尊厳というものが失われること間違いなしだったから。


 母が生きていたら笑われていたかもしれない。

 腹を抱えて笑う母の姿を思い出せて、恥ずかしくなったり、楽しく思えたり、なんだか嬉しかったり。


 足先までしっかりと包帯を巻き、とりあえず一度目の手当てを終えられた。


 だが、本当の戦いはこれからだ。

 まずは家中のクッションを集めてきて(もとよりそんなに数はないけれど)ベッドの上に放り投げておく。


「よぅし!!」


 勢いをつけて、意気込んで、力を込めて、彼をベッドまで運んだ。

 ほとんど引きずって運び、ベッドに押し上げるときなんて、身体全体、全身全霊の力を使ったのは言うまでもない。


 ベッドで寝かせて、やり遂げた感で一安心になりはするが、まだまだ終わらない。

 まず、仰向けに寝かせることによって背中の矢傷に響いてしまわないようにクッションや枕、丸めて棒状にした予備のブランケットなんかを駆使して彼の身体を今は横向けに保つ。

 もちろん、下敷きになる身体の側面がずっと同じじゃ、今度はそちら側にある傷に障るので時々体勢を変えてあげなくちゃいけない。


 やることいっぱい!!


 薬部屋から薬草の葉っぱを数種類選んで持ってきて、湯冷ましで作った水に砂糖と塩をほんの少し溶かして、薬草の葉っぱの先を水に浸して、葉先の水を彼の口に流し込む。ほんの一滴ずつくらい。


 そしてまた次の行動。


 血と泥に塗れた出入り口ドア付近を見てげんなりするけれど、仕方ない。


 私の平穏なお買い物と読書予定はどこー?!


 壊れた鎧と、切って脱がせた衣服。帯剣ベルトはあるのに剣はどこ? 無い。鞘もない。剣用のベルトじゃないの?


 はっ?! 切ったけど、この服繕い直さないと、彼の服ないんじゃない?!

 大人の男の人が着れる服なんて、今この家にないよ?!


 あー!! 本当にやることいっぱい!!


 一つ、なにか行動を終わらせては彼のもとへ戻って、薬草の葉っぱで口に水を運ぶ。そこに時々体勢を変えてあげることも足しながら、いっぱいのやること、を消化していった。


 そうしたら、また次にやることが見つかってしまう。

 忙しなく動き続けるしかない。


 それがなんだか楽しいと思えてしまったのは、きっと不謹慎なことなんだろう。

 けれど、穏やかな寝息を繰り返している彼の顔を見て、安堵とともに嬉しくなった気持ちは隠せなかった。



 ぬるま湯で湿らせた布で、彼の髪についた汚れを撫でながら綺麗にして、乾いたタオルで丁寧に拭く。

 髪の中に見落としていた怪我がないかも確認する。


 汚れがついた枕を新しいものに変えて、彼の髪がちゃんと乾いたかを確認するために手で梳いた。

 男の人の髪に触るのなんて初めてだ。


 自分の髪と全然違う。 

 コシがある、といえばいいのか、しっかりした手触り。なんだか大型の野生の獣の毛を撫でているような気分になる。


 彫りの深い野性味溢れる、それでも端正な顔立ちの男の人だ。倒れる前に見たあの青空色の瞳で、戦士の気迫を持って凄まれたら、生半可な者は怯え動けなくなるだろう。


 それもまた、狼のようだなと思えた。


 さて、汚れものを洗いに行かなくちゃ。

 眠れる狼さんの口に薬草の葉っぱの水をまた数滴含ませてから、まとめておいた洗いものを持って水場に移動する。


 薬師の家だから予備の布なんかはかなりあるんだけれど、それでも大事に使いたいものだ。あまりにも酷い血汚れを受けたものを使い回すわけにはいかないけれど。

 それらは潔く諦めて処分を決めた。でも、どうしても今は捨てるわけにはいかない狼さんの服をきれいに洗って干して乾かしてから、繕わなければ。


 明らかに壊れている鎧はどうしよう?

 まだ使えそうな部分もあるにはある。

 それの判断は私にはつかない。

 とりあえず全部、汚れを落として干しておくか。


 今日がいい天気で良かった、と見上げた真昼の高く晴れた空の色が、この狼さんの瞳と同じ色だな、と思えた。



 

 完全に日が陰る前に、よく乾いた服や最初の手当てに使ったものを取り込む。

 洗っておいた鎧たちも家の中の日陰に移動させ、一息。


 自分のための夕食を作る。

 そういえば、忙しくしすぎて昼食はパンを片手間にかじって終わらせたな、と反省した。

 人を看病するなら、看病する側こそ体調と体力維持には気をつけなければいけない。共倒れなんて恐ろしいことは、一番しちゃいけないことだ。


 いつもより夕食をいつもよりお肉多めで、でも消化に良さそうなものを作って食べて、しっかり風呂に入って温まってから、眠る狼さんの傷の具合を再確認した。


 良かった、血は止まっている。背中の矢傷の方も。

 薬を塗り直して、また新しい布と包帯に変える。

 目の包帯を変えているときに、彼の顔に触れて気づいた。


 熱が上がっているかもしれない。

 そりゃ、これだけの怪我。熱を持たないほうがおかしい。もう数時間もすれば、傷はもっともっと熱を持つだろう。

 身体の正常な反応だと分かっているものの、苦しむのは可哀想だと思わずにはいられない。


「今ある熱冷ましは粉……。水薬のを作ろう」


 今日は夜更かし決定だな。

 狼さんの額の髪を撫でつけて、少しだけ浮いた汗を拭った。



 

 ランプの明かりは落とした。

 それでも十分な月明かりが今夜はあった。


 思っていたとおり夜更けには彼の熱が上がって、熱冷ましの水薬を飲ませたけれど、薬なんてそんなに急激に効果が現れるものじゃない。


 魔法みたいなことができた「力ある魔女」だった母でさえ、一瞬にして人の怪我や病気を癒す、なんて奇跡は起こせなかった。


 いや、起こしたのかもしれない。

 そしてその代償は大きかったのかもしれない。


 狼さんの額の汗を拭い、また少し水を飲ませる。

 朝になれば薬も効いて、楽になるはずだ。


 いつごろ目が覚めるだろう?

 それはもちろん分からないし、予想がつくものでもないけれど。


「しまった…、今日、どこで寝ようかな……」


 今はまだ寒い季節じゃないのは救いだ。

 毛布の一枚でもあればどこでも寝るけれど、今は彼の身体を横に向けたりするために使ってしまっているからなぁ。

 いっそのこと冬の外套を引っ張り出してきて、敷いて寝るのもいいかもしれない。

 物置の中のタンスの中に仕舞ってあるはずだと、廊下に出る。


「……ぅ…」


 微かにうめき声が上がったから、足を止めて振り返った。

 目が覚めたのか、と思って緊張が走った。

 だが彼は目覚めたわけではなく、わずかに身動ぎしただけだった。


 ほっとしている自分に気づいてしまい、なんだか申し訳ないような、恥ずかしいような気持ちになる。


「はぁ…、びっくりさせないでくださ…、……?」


 返事が返ってこないことを分かりながら、恥ずかしさに軽口を叩きながら彼のそばに戻って、歯がカチカチと鳴るほど、彼が震えていることに気づいた。


 ショック症状?!

 いや違う。

 失血が多かった低体温症状が今頃出た?!


「温め!! 温めなきゃ!! 毛布もクッションもこれ以上ない!!」


 冬服を引っ張り出してきたとしてもたかが知れている。

 傷は熱を持っているというのに、失血症状のせいで、彼は今、極寒を味わっているに違いない。


「……っああ、もう!!」


 思い切りがついたのは早かった。

 服を脱いで、下着姿になる。


「これは狼、この人は狼!! 大型の動物、温めなきゃいけない狼っ!!」


 だけどどうしても恥ずかしさがそれに勝るから、言い聞かせるように繰り返す。


 そして、ベッドに乗り込み、彼を包むブランケットの中に潜り込み、身体を寄せる。

 温めるところは太い血管のあるところ。右側、太ももの付け根、下腹、脇の下、首筋。

 太ももの付け根に自分の太ももを重ね、下腹に手のひらを添え、脇の下に身体を寄せて、首筋に自分の顔をつけた。


『みゃぁあああぁ…っ!!』


 自分の心臓の音がバクバク聞こえている。

 恥ずかしすぎて頭の中で叫んでも叫んでも治まらず、体温が上がる。


 その熱も持っていけ!! 大盤振る舞いだ!! 絶対、今目を覚まさないでよね?! こんなことまでしてあげたって絶対に言わないんだから!! 一生黙ってる!!


 もぞもぞ動きたくなるけれど、動けば逆効果なだけだ。必死に我慢する。

 じわじわと彼の末端にまで熱が行き渡るのを、いつの間にか抱かれていた腰にある大きな手のひらと、つま先で触れる彼の足で感じ取った。


 カチカチと鳴っていた歯も止まる。

 そして、ゆっくりとした寝息に変わった。


 ほっとしたけれど、まだしばらくこうしているほうがいいだろう。

 彼の身体を覆った包帯がほとんど服を着ているのと変わりない状態だけれど、それでも感じる、触れ合う素肌の感触。


 手を置いている下腹は、しっかりとした筋肉であまりにも硬い。

 彼に密着している自分の腹へ意識をやる。


 ぷよぷよ……。

 私、決して太ってるわけじゃないからね!!


 明確に感じられるたくましさ。

 男の人の身体は、こんなにも女の私と違うのか。


 ……いやっ、違う違う、これは狼!! 大型の動物!!


 思い込もうと繰り返すけれど、獣臭くはないのは当たり前。

 今は私が作った消毒液と傷薬の匂いがたっぷり。手当てを受けて清潔な包帯の匂い。血と、傷から染み出る滲出液の匂い。

 その奥に微かに、野性味のある彼自身の匂い。


『やっぱり、狼っぽい……』


 自分の体温も落ち着いてきたせいで、うとうととまぶたが落ちていく。


 今日はいっぱい動いた。

 できる限りの手当てを、いっぱいした。

 肩の力を抜いて、深く息を吐く。


『早くよくなるといいね…、狼さん……』 


 そろそろベッドを出よう、と思って一度目を閉じたら。

 ……気がついたら、朝だった。





リオ

包帯ぐるぐる巻き狼さん

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