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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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お昼寝は大事

 実は、城全体で私の顔を知っている者は少ない。

 城の内側、使用人たちとは一度顔を合わせた。

 ただし、エルトフォード公爵令嬢として。


 結婚式前だ。

 使用人たちは礼に則って私に頭を垂れたまま、公爵令嬢の「尊顔」を見ることをしなかった。


 貴賓として扱われ、アステライトと同じ王命を受けている、ということは家令長シアンから全ての者に伝えられたが、その内容を知っているものは多くない。


 というか、その多くない者たちから王命が「白い結婚」であることは噂として流れたらしいのだが、彼らから湧き出た言葉は軒並み、「アステライト様が想い人を諦めて結婚? まさか」だったのだから、もうツッコミを入れる気にもならなかった。


 立場が「公爵令嬢」から「辺境伯夫人」もしくは「奥様」に変わっても、きっとこのウォルフィンリード城内の使用人たちの態度は大して変わることはないだろう。


 ビオラが聞いてきた使用人間の話も、だいたいそんなものだった。


「ご主人様が結婚? 王命でしょう? 理由があるんだね」

「『白い結婚』でしょう? 公爵令嬢保護が目的だそうじゃないか」

「閣下が女主人の仕事を任せてもいいとお思いなら、心配なんてないよ」


 なんて言葉が口々に出るほどには、アステライトに対する信頼は厚かった。


 そのおかげで、私は比較的自由に振る舞っていても誰に咎められることもない。

 軍関連の場所に行くときだけは、シアンから改めて注意を促されたけれど。


 普通に女性があまり近づく場所じゃないことと、戦関連の色々があるから、本当に危ないときは危ないのだと詳しく説明受けて。


 今向かっている庭は、比較的城の中心に近い。中庭といってもいいだろう、草花をちゃんと育てている庭園だ。


 戦城(いくさじろ)であるウォルフィンリード城の中で、万が一籠城戦にでもなったとき、ここで育つ薬草や植物は大切な命を繋ぐ要になる。


 見知った薬草や食べられる野草が生えている。

 ちゃんと手入れされている芝生も、もう少し成長させれば軍馬の餌にできる草だった。

 この場所を管理している庭師にぜひとも会いたい、と胸が震えた。


 やっぱり、いいお天気だ。

 中央にあるガゼボの日陰に入ると、気温も丁度いい。


 貴族らしく振る舞うならこのガゼボの中心にテーブルでも出して、お茶とお菓子を楽しむ、なんてやるんだろう。

 公爵家ではよくやらされた。


 でも今はお腹は空いていないし、お茶を楽しむよりも草の上に布を一枚引いて、クッションを持ってきて、柱にもたれながら本でも読むほうが贅沢だ。

 そして、眠たくなったらお昼寝。

 正しい午後の使い方、なんちゃって。


「テーブルとお茶を用意して参りましょうか」


 当たり前のようにビオラが提案してくる。

 エルトフォード公爵家流の、まっとうな貴族に仕えていた彼女には当然の思考だ。


 どうやって断ろうかと思っていると、なんと、大きなクッションとどう見ても地に敷く用の布を持ったニビアがこちらへやってくるではないか。


「奥様がこちらへ向かわれるのが見えたもので、追いかけてまいりました」


 そう言ってガゼボの床に布を広げ、大きなクッションを置いてくれた。


「さあ、どうぞ」


 ニビアは笑顔で座るように促してくれる。


「お嬢様を床に座らせるなど!!」


 でも、ビオラは声を荒げて抗議した。


「お嬢様でなくて奥様ね。これはウォルフィンリード流ですよ。いつ魔物の襲撃の知らせで飛び出さなくれはいけない主と優雅に椅子に座ってお茶とお菓子を、などとはしていられません。なのでいつでもすぐ用意でき、なおかつ片付けられるもので」


 私はとても感心したのだが、ビオラは納得いかない様子だった。


「ほんの少しの間でも心安らぐ時間を得てもらおうという気遣いですね。素晴らしい。とても素敵」


 ありがたくクッションを使って座る。

 本当はゴロンと寝転んだりしてしまいたいけれど、さすがにそこまでやっちゃえない。

 そんな私を見守る、不服そうなビオラを見上げた。


「ビオラ、ここにお茶の用意を持ってきてくれますか? テーブルはいりません。お菓子はなくてもいいです。先程食事をいただいたばかりですから」


 そう頼むと、ビオラは丁寧に頭を下げてお茶の用意をしに、城の中を目指して歩いていった。


「ここから厨房までの道を、あの子はもう覚えたのかしら?」

「どうでしょう? ここまではしっかり迷わず連れてきてもらえましたよ?」

「いえね、今ビオラが向かった方面は兵舎と軍議に使う部屋がある方面で、確かに厨房に行くには近いんですが…」


 ニビアがビオラを追う視線がなんだか心配そうだ。


「奥様、ご主人様はこのあとシアンが誘ど…、お連れになるかと思われますので、どうぞお話をよろしくお願いいたします」


 今、誘導って言いかけなかった?


「あっ?! やっぱり変な場所を曲がったわ、あの子!! ちょっと行ってまいります」

「はい、私はここにいます」


 ニビアが聞きたかったであろう言葉を返して、走っていく彼女を見送った。


 一人、布を敷いた地べたに座って手入れされた庭を眺める。

 見る人が見ないと、あれが食べられる野草や薬草だなんて分からないだろう。可憐な花も咲いて、風にそよいでいる様子は、ここが城の中なんて思えない。


 まるで野原のようでもあって、子どもたちが駆け回るには気持ちよすぎる空間だ。

 悲しいことに、いや、踏み荒らされないようにと考えるなら幸運なことに、かな? この城には駆け回るような小さな子どもはいない。


 夜中に厨房で会った赤い目の少年が、今のところ城の中で出会ったり見かけたりした子どもの中で一番年若く見えた。


 アステライトと彼の弟が小さかった頃、この庭で遊んだのだろうか?

 こうやって布を引いて、ご両親とひとときを過ごしたことがあったんだろうか?


 そんな話を聞いてみたい。

 穏やかに会話して、なんでもない時間を共有したい。

 それも、贅沢な願いかな。


「形式張った貴族のお茶会より、私はこういうのが好きだな……。……ふんふ〜ん♪」


 優しい風に髪を梳かれながら、ご機嫌に鼻歌を歌う。


 森にいたころを思い出す。

 緑の匂いも、土の匂いも好きな貴族女性なんて、珍しいんだろうな。


 バサバサバサ…ッ。


 数枚の紙が無造作に落ちる音がしたので、何ごとかと音のしたほうへ顔を向けた。


 城の中からこの庭に面する外回りの道を通ってやってきたアステライトとシアン。

 ガゼボの中に布を敷いて座っている私を見つけて、驚きすぎて静止してしまったアステライトの手から、明らかに政務のための書類が滑り落ちたのをシアンが大慌てで拾っている。


「……なんでそんなとこにいるの? ……一人?! メイドは?! ニビアは?! リオノーラ?!」


 必死で書類を拾っているシアンを残して、何をそんなに慌てているんだと聞きたくなる慌てっぷりで、アステライトは私のそばまでやってきた。


 驚きと困惑が浮かんだ顔に、昨日よりもさらに色濃く見える疲労。

 一人でいたことを心配されるより、明らかにあなたの方が心配されて当たり前な顔色をしていますけれど?!


「アステライト様、昼食はお取りになりましたか?」

「あ? ああ、軍議の最中に皆と」


 聞く限りではまた仕事の一環として食事を取っている感じがして納得いかないのだが、食べていないよりかはマシだと思って、今はよしとする。


「今朝、どれほど眠られましたか?」

「……っ」


 あえて夜とは問いかけないのは、私も十分分かっているからだ。


 アステライトはすぐに答えない。


「眠ったさ。……リオノーラが気にすることじゃない」 


 ああ、やっぱりまたそう言われた。


 引き下がらなければいけない。

 踏み込んではいけない。

 私にはその資格はないのだから。


 ……でも、お願いされた。

 私しか、その資格はないのだと言われた。


 この人がまたボロボロになってしまうのを、今すぐ止められるのは、私しかいない。


「剣を下ろして。……あ、持ってるほうが落ち着く?」

「え?」


 ほとんど同じような言葉を昔もかけたことを、アステライトは覚えているだろうか。


 ガゼボに敷いた布の上に膝をついて、アステライトは私と目線を合わせてくれていた。

 驚きに見開かれた青い目。ハッとなって剣の柄に手を置く動作。


「いや、下ろしても手元に置くから問題ない」

「じゃあ下ろして」


 あまりに素直に私の言葉に従って、アステライトは帯剣ベルトに手をかけ、慣れた手つきで剣を下ろし、傍らに置いた。


 かちゃん、と静かに、二人だけのガゼボの中に金属音が響く。


「たくさんの人があなたを心配しています。目の下にクマができていますよ?」


 アステライトの目の下に触れようと手を伸ばし、こちらから近づいたのだけれど、思いもよらず、彼のほうから私の手に寄り添うように顔を寄せてきた。


 ほんの少しだけ触れるつもりだった手が、アステライトの頬を、唇を押さえるように触れてしまう。

 アステライトはぎゅっと目を閉じて、そんな私の手のひらに、まるで愛しむように口づけをした。


「なに…? 昔の再現でもしたいわけ……?」

  

 今の会話と行動が昔とよく似ていたことは、アステライトも気づいていたようだ。


「そういうつもりじゃない。でも」


 もう片方の手で、アステライトのもう一方の目もとに触れた。

 ずっと眼帯や包帯で隠されていた左目。

 まぶたをそっとなぞると、皮膚には確かに傷が治ったあとの凹凸があった。


 このまぶたの傷だって私が手当てをした。ただし、目の中のことまでは医者ではない私にはどうしても手が出せなくて、彼の目が無事であるように願ったのだけれど。

 眼帯をしている姿を見ては、胸を痛めたものだ。


 アステライトが、ゆっくりと目を開く。

 両方の眼で、私を見る。


 今日のこの青空のように、清々しい青。


 ああ、本当に、この人の目が潰れていなくてよかった。

 一つでも、その身を苛む傷がなくてよかった。


「不毛な押し問答をはじめてしまう前に、あなたが休んでくれるのが一番いいんだけど」


 これもまた、あの時に言い合った言葉だなと思って、笑みがこぼれた。


 アステライトの肩が微かに震えたのが見えた。


「……じゃあ、このあと俺はあんたにくっついて寝ていいわけだ? 身動き一つ取れないくらい、どこにも行けないくらい、抱きしめて」


 昔はそこまではしなかったはずだけど、と思いながらも、アステライトを見つめ返す。


「身動き一つ、はしんどそうだからもう少し優しくがいいけど、どこにもは行かないよ? 行けないよ?」

「どうして?」


 なぜ問い返されたのだろう?

 だって、物理的に無理じゃないか。


 初めて出会ったときよりもさらに、アステライトは本当に立派な大人の男性になって、筋肉も目をみはるほどしっかりついていて、(かろうじて転がすとかはできるかもしれないけれど)もう私が抱いて運ぶとか、引きずって運ぶとか、そんなことができるような体重差、体格差じゃない。


 力でなんて絶対に敵わない。それは昔も今も変わらないけれど。


「あなたを抱きしめて寝かせるから?」


 触れていた手を離して、そっと腕を開いてみせる。


 今だけ「昔のように」を許してくれるなら、そうしたい。

 怪我をして森の家に転がり込んできて、血を失って震えていたあなたにそうしたように。

 弟さんのことで、ボロボロになって疲れ果てて泣きながら眠ったあなたにそうしたように。


 ……あれ?

 ウォルフィンリード辺境伯の弟って、今ソーラス兄様が外交に行っている隣国の摂政配になった方。


 アステライトが誇る、大好きな弟さんだ!!


 突然繋がったとんでもない事実に驚いている隙もなく、腕の中にアステライトが飛び込んできた。


「ひゃあ?!」


 勢いがついていたとか、体当たりをされたというわけでもないが、やっぱり明確すぎる体格差のせいでアステライトの体重を支えきれず、ぼすりと背後のクッションに背中をつけた。


 腰に、背に手を回され、アステライトは私の腹や太もものあたりに顔を埋めるようにうつ伏せに寝転んでいる。


「少なくとも、……俺が目を覚ますまでは絶対にどこにも行かないってことだよな?」


 スリッと、腹に、太ももに、頭を、顔を擦り付けてくる。

 まるで小さな子供がするような、接触を求める行動だ。ただし、身体の上に抱いているのは自分よりもはるかに立派な体躯の年上の男性だけど。


「この状態で行けるわけないでしょう? 寒くない? アステライト。毛布を持ってきてもらおうか?」


 大きな背中に、手を添える。


「寒くない。リオは柔らかいし、…温かいし、……いい匂ぃ……」


 ぎゅっと、抱きしめられる腕に力がこもった。


「アステライト?」


 もう一度呼んでみたけれど、返事はない。

 すうすうと寝息を立てて、ひどく穏やかに、アステライトはもう深く眠ってしまっていた。


 閉じられた目から、涙がこぼれて落ちていく。

 それをそっと隠すように指で拭い取った。


「あなたが結構泣き虫だって、みんなは知ってるの?」


 問いかけてみたけれど、もちろん返事が返ってくることはない。


 久しぶりに見た、アステライトの寝顔。

 こっそりと金色の髪を撫でる。


 眠る野生の獣を撫でることができたというような、高揚感と満足感。

 もう一度この髪に触れて、この気持ちを味わえるなんて思わなかった。


 勝手に笑みがこぼれて、もう一度だけと金色の髪を撫でて、……涙が一つ、こぼれ落ちた。





リオノーラ

アステライト

ビオラ

ニビア

シアン

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