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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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辺境伯夫人への嘆願

リオノーラ視点

 目を覚ました。

 またすぐに眠ってしまいたい欲望にかられるのも、ベッドの中から朝の光じゃない窓の外の光景を見るのも、素肌に触れる肌触りのいい寝具を感じるのも、二度目の体験だった。


 全身に残る、耐え難いほどの甘い甘い倦怠感は、昨日にも増している。


 腹のなかにたっぷりと注ぎ込まれた子種の感触がある。

 まだ、アステライトが腹のなかにいるような錯覚さえ。


 未だ、頭の先から足の指先まで、痺れるほどに敏感になったままだ。


 また、昼頃なんだろうか?

 なんて情けない。


 世の貴族女性たちは、こういった夫との夜伽を終えたあとも、朝からちゃんと起きて務めを果たしているのに、私は昼まで眠ってしまうという体たらく。


 線が細く、優雅に見えて貴族女性たちは思っている以上に体力があるんだなあ。


 私は駄目だ。

 ステラに願って抱いてもらった初めての時だって、彼の手に、彼の身体に、何度も何度も気持ちよくなってしまって、途中で気を失った。

 そして結婚式のあとも、アステライトとの行為に気を失っては目覚めて、また気持ちよくなって、と繰り返して。


 昨夜もそうだ。

 アステライトが私のなかに子種を一回注ぐまでの間に、彼の手に、彼の動きに翻弄されて、どれだけ上り詰めたのか。


 結局、アステライトが何度この腹に子種を注いだのかは数える余裕もなかったけれど、溢れて、こぼれ落ちるそれを認識したとき、『ああ、もったいない』と思ってしまったのは確か。


 こんなにも注ぎ続けたら、すぐ腹に子ができてしまうのでは?


 愛さないと言った私との間に子ができたら、アステライトはどう思うんだ?


 それでも生まれてくる子を愛しいと思ってくれるだろうか?

 子ができたからと、私を愛してくれるようになる、とか?


 ……浅ましい。


 まだ、諦めきれないのか。


 行為の最中、そう考えながら、深い口づけを受けて、何度目かの絶頂に押し上げられ、その果てに気を失って眠ってしまった。


 指一本動かすのも億劫な身体に鞭打って、ベッドの下に散らかったままの自分の寝衣を見つけて着る。

 それから、メイドを呼ぶベルを鳴らした。


 今日は、今日こそは、アステライトとちゃんと話ができるといいな。


 


 昼食という朝食を終えたところで、家令長シアンが二人の兵を連れてやってきた。

 よく見てみればなんだか見覚えのある気がする兵士たち。

 身なりをちゃんときれいにしていたからかすぐに分からなかったが、アステライトとの結婚式のときに彼について教会に入ってきていた者たちだと思い出した。


「奥様、こちらの二人は弓兵団長と歩兵副団長を務めております。時にはご当主様の命で軍全体を率いることもある者たちでございます。お見知り置きを」


 弓兵団長と歩兵副団長は、深々と頭を下げてくれた。


「そうですか。軍を率いることは大変な務めです。どうぞアステライト様を常に支え、ウォルフィンリード領のためにそのお力をお貸しくださいませ。命を賭しての戦いを選んでくれるその御心に、感謝しております」


 言葉を贈ると、弓兵団長と歩兵副団長は、頭を上げていいとは言っていないうちに顔を上げて、私を驚いた顔でしばらくじっと見ていた。

 家令長シアンまでもが驚いた顔をしているのだから、何ごとかと思う。


 そばで控えてくれている筆頭メイド長ニビアと、今は一緒にいてくれる私のメイド、ビオラの顔をちらりと見る。


 なにか、私、おかしなこと言ったかな?


 二人のメイドは、大丈夫、おかしなことは言ってませんよ、とばかりに小さくうなずいて見せてくれた。


 ガシャン!! と、鎧の音を立てて、二人の兵は私の前に膝をついた。


 大きな音に飛び上がらんばかりに驚いて、彼らのほうへと向き直る。


「お願いです、奥様!! 閣下を止めてください!!」

「もう奥様にしか頼めません!! 閣下を休ませてください!!」


 弓兵団長と歩兵副団長は、ほとんど同時にそんなことを叫んだ。

 荒々しい兵士である二人の半泣きの本気の懇願に、戸惑いを隠せない。


「ええ…?!」


 彼らの態度にも、言われた言葉の内容にも、思わず声に出る。

 今ここに、貴族のしきたりや、礼儀作法、主を敬う丁寧な言葉遣いは存在していなかった。


「ここ最近無かったのに、あの人今何徹目なんですか?! いい加減ぶっ倒れちまう!!」

「俺らがいくら休んでくださいって言っても、いつも通り聞き流されちまう。何してんのあの人!!」


 あんまりにもあんまりな、己の主に対する物言い。でもその中に確かに含まれる、深い心配と思いやり。

 ただし、さすがの粗暴さにシアンの眉間にもシワが寄ったのは分かった。


「どういうことですか? アステライト様が、テツ? 徹夜? 眠ってらっしゃらないということ?」


 疑問を投げかけると、すぐに彼らは答えた。


「失礼承知で申し上げます。昨晩と一昨晩前は奥様とご一緒だったと認識しております。でも、どうせ閣下のことだから、奥様だけ眠らせて、夜通し起きてたんでしょう?!」

「あんな結婚式の後で奥様がお疲れなのは理解しております。なんなら一緒に休めばいいのに、相っ変わらず早起きで訓練と仕事までして、軍動かして、城にいるからってご公務して、ネログラヴィ様のお相手もして……っ」


 あんな結婚式と言われてしまった。とショックを受けている場合ではない。


 そういえば、彼らはアステライト自身が「白い結婚」だと言い切ったのを聞いている。

 ならば、たとえ同じ寝室にいても決してそういうことは起こらない、アステライトはそんなことをする男じゃない、という心からの妄信的な信用がその言葉の中にあるのを見た。


 ええと、一緒に休めばいいのに?


 一晩中、気を失うまで寝かせてもらえないのは私の方で、そのせいで昼前まで寝てしまっているんですけど、なんて説明ができるわけもない。


 多分、今、私がアステライトからそんな仕打ちを受けているのを知っているのはニビアとシアンだけだ。


 シアンはどういう経緯で知っているかは分からないが、私の身の回りの世話をしてくれているニビアが、昨日今日と私の入浴や着替えを手伝ってくれるときに、身体中についた唇の痕と歯形を見て笑顔で凍りついていたのは見ているので。

 それをちゃんと隠せるドレスを選んでくれているのが、なんともありがたい。


「彼らの粗暴さを謝罪いたします、奥様。そのうえで、私からもお願い申し上げます」


 シアンが丁寧に胸に手を当てながら頭を下げた。


「我らが主は思い詰めますと少々、行動に出てしまうと申しますか、立ち止まるよりも動くほうに意識を向けてしまうと申しますか……」


 あ、なんだかそんな感じがひしひしと感じられます……。


「以前は御父上や弟御が無理やりにでも止めて休ませたりすることもございましたが、お二人はおられません。時々王太子殿下がおいでになられたときは、自発的に止まられることもありますが」


 今のところ、私が知っている限りでも王都は忙しそうだ。

 王太子殿下は、私をウォルフィンリード辺境伯の妻として無事送り込むことができた。


 結婚式を挙げてから今日で二日。

 見届け人は王都へ帰り着いた頃かな。


 エルトフォード公爵家に、公爵令嬢にいらぬちょっかいをかけて政務を疎かにしていた貴族たちへの粛清が始まるはずだ。

 王太子殿下が大っぴらにはしないで貸してくれていた護衛の影たちが、私を送り届けるまでずっとゴソゴソと情報収集をしていたのはそのためだろう。


 彼らもきっと、王都へ戻ったんじゃないかな?

 正直、私には王太子殿下の影がいるのかいないのか、普段生活していて気づくなんてことができる感覚は持っていない。


 アステライトや、ウォルフィンリードの兵たちは分かるものなんだろうか?


 とりあえず、国政を左右する公爵令嬢の結婚という大きな問題が解決されて、王太子殿下も国王陛下もこれで心置きなく他の政務に集中できるということ。

 そんな中で、辺境領までやってくる時間はないはずだ。


 いや、本来ならね?

 それこそ国に四つしかない公爵家の令嬢と、国防の要の辺境伯の結婚が、これほどまでに質素に、もっとひどく言えば秘匿された状態で行われるなんてあり得ないんだけどね?


 私はそれでよかったと思えるから特に気にしてないんだけれど、ちゃんと貴族であって、知識を持っている者たちからすれば、『あんな結婚式』と言われても仕方のないものだった。


「防衛戦から帰られてすぐのご結婚と、……その、奥様の存在とで、主は多少混乱しているように見えまして…」


 シアンが言葉を濁して告げてくる。

 そりゃ「白い結婚」と説明されていたはずの妻に対して連夜のこの仕打ち。


 長年ウォルフィンリードに仕え、子供の頃からアステライトの人となりを見てきたシアンにしてみれば、彼自身も混乱を覚えていたとしても仕方ないくらいの行動だと思う。


「我ら軍内でも、少なくとも帰城するより約三日前から激戦で、閣下はまともに休まれておりません」


 弓兵団長が苦々しく顔を歪める。


「椅子に座ってたった数分、目を閉じて短く睡眠を取っておられるかと思いきや、魔物の発生を聞いて馬を駆って飛び出していかれるのを見送った俺!!」


 歩兵副団長が叫んだ。


 ううーん、椅子に座って寝ているとも思えないのに寝ているとか言ってるの、記憶にあるし、見たことがある。


 私が熱を出して倒れたのを看病してくれたあの日の朝、ほとんど夜通し起きて、私のことを看てくれていた。

 その姿を思い出す。


 訴えてくる皆の顔に色濃く見える心配。

 ニビアが後ろでため息を吐いている。

 ビオラは、聞いちゃいけないもの聞いているんじゃないかと顔を引きつらせていた。


「それで、私にアステライト様に休むよう言えと? 確かに心配です。ですが、聞き届けてくださいますでしょうか? 昨日も素気なくされたばかりですのに」


 その場を見ていたシアンとニビア。

 また、気にする必要はないと言われるだけじゃないだろうか。

 そもそも、私の言葉が彼に届くかどうか。


「それでも、今このウォルフィンリード領内で閣下に物申せる立場なのは奥様しかおられません」 

「もう少し待って、限界が来たら閣下も休んでくれるかもしれないけれど、それを待つより次の出撃のほうが絶対早い!!」


 彼らの言うことはもっともだった。

 さすがに自分の体調くらい自分で管理できるとか言って怒りそうだけど、やっと休んでいる最中に魔物の襲来が、となれば、彼は率先して軍を率い、行ってしまうはずだ。


 口うるさく心配して、嫌がられるかもしれない。

 でも、嫌われて、疎まれても、……また、彼がボロボロになるのを見るよりマシだ。


「分かりました。聞き届けていただけるかは分かりませんが、皆が心配していたことを伝え、お休みいただけるよう進言することを約束致します」


 パッと弓兵団長と歩兵副団長の顔が輝いた。

 シアンにも安堵が見える。


 彼らは深々と頭を下げて、もう一度、よろしくお願い致します、と今度は礼節をわきまえたお辞儀をして、部屋を出ていった。


「ニビア、アステライト様が今どこで何をなさっているか、このあとの政務はどうなっておられるか、知ることはできますか?」

「政務のことはシアンに聞けば分かります。ご当主様が今どこかは、……すぐに調べてまいります」

「お願い」


 ニビアは軽く礼を取って、部屋を出ていった。


 久しぶりにビオラと二人だけになり、付き合いもそれなりに長い私のメイドは、ウォルフィンリード辺境伯の有り様に口を閉ざしておけずにボソリと呟いた。


「どこの家の男も、大概クセがありますね……」

「……そうね、ソーラス兄様もそれなりにやらかしてくれますし」

「男っていう生き物は体力がある分厄介です。やっていることが十代の少年と変わりゃしない」

「ふふっ」


 メイドの立場でありながら、二人だけのときは辛辣に毒舌も聞かせてくれるビオラの在り方は、公爵令嬢として在りきれない私にはとても救いだった。


「どうすれば大人しく休んでくださるでしょうねぇ?」


 腕を組んで考えてみる。

 軍行中でおおよそ三日。そしてこの二日間を合わせて、だいたい五日。アステライトはまともに寝てないの?

 私だったら倒れちゃう。


「うーん、日向ぼっこに柔らかい枕でもあれば一発だと思いますけどねぇ?」

「わぁ、すごく気持ちよさそう。私だったら大きな枕がいいな、抱き枕」


 今日は外はいいお天気だ。

 境界の森の家の周りは木々が多く、これほど開けた空の下で日向ぼっこのお昼寝なんてしたこともない。もちろん、エルトフォード公爵家の庭で昼寝なんてしたことありません。


「ニビアが調べてくれている間、外を歩いてもいいでしょうか? 兵たちの訓練場のほうじゃなく、邪魔にならない城の内側方面の」

「お嬢様…、……奥様付きを外されてから、ウォルフィンリード城の中や庭のことももちろん把握してまいりましたよ。ちゃんと整備された庭もございました。薬師たちが森の薬草を育てている庭園です。そこなら誰の邪魔にもならないでしょう」


 ビオラは私が薬師になりたかったことは知っているけれど、そこまで、とは思っていない。

 だから私が喜んだことが、ただ誰にも迷惑をかけず庭を散策できるからだと思ったようだった。


「行きましょう!!」


 立ち上がると、ビオラは率先して案内を始めてくれた。


 こんなにいい天気なんだもの。

 アステライトも一緒に散歩ができたらいいのに、なんて夢想した自分にまた呆れる。


『どうやってアステライトを休ませる? ……うーん、眠り薬作っちゃう?』


 頭の中で一生懸命作戦を考えながら、いいお天気の外を目指した。





リオノーラ

ニビア

シアン

弓兵団長

歩兵副団長

ビオラ

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