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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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アステライトという辺境伯 2

「だから!! 俺は!! 好いた女がいるとお前には前々から説明してたろうが!!」

「知っとるし、覚えとるし、忘れとらんわ!!」


 お互いの胸ぐらを掴みながら睨み合う。


「だったらなぜ俺に結婚せよと、どの口が言う!!」

「この口だ!! お前がそんなんだから任せるんだよ!! 正直、エルトフォード公爵令嬢は結婚にまるで興味がない!! ついでに言うなら、エルトフォード公爵もどこの公爵侯爵家、外国の王家、うちなんてもっての外だ、どこにも妹を嫁にやる気がない!! 妹が望まないなら一生嫁に行かなくてもいい、家にいたらいいと(のたま)いやがった!!」


 フォーレスタの言葉に疑問が湧いて、同時に冷静さが戻ってくる。


「……俺は、エルトフォード公爵はもっと冷静沈着な常識人で頭の凄まじくキレる男だと思ってたんだが?」

「間違ってない。私もそうだと思ってた」


 胸ぐらを掴み合っていた手を、お互いにようやく離した。


「正直、それもありだと思ってる。エルトフォード公爵令嬢がどこかの家と繋がれば、公爵はそこの言葉を蔑ろには出来なくなる。一番困るのは現宰相の生家である侯爵家だ。それだけじゃない、現騎士団長の家、派閥のデカい貴族の下、どこもかしこも国政を揺るがす一歩になる。父王は心労がたまっててな。見たら驚くぞ? 疲れで数歳は一気に老けた気がする」

「王よ……」


 不憫だ。


「スターがずっと想い人を探しているのは私がそれとなーく美談として社交界に流しているから、貴族連中、周りはみんなうるさく言ってこないんだよ。ちょっとは感謝しろ!! ま、跡継ぎ問題が無いのが一番だけれどな」


 肩を落として、そんなフォーレスタの言い分にため息を吐く。


「こんな野蛮な辺境伯の結婚問題など、誰が気にするものか」

「ばーか、自分の領地の価値を一番知ってるのはお前だろう?! 己の力を示したいものは受け入れる、そう銘打ってやる気のある猛者を招く。居場所のない下位貴族、全貴族の次男から下、平民、異国者、男女問わぬ冒険者、果ては飢えた民や荒くれ者まで、ウォルフィンリード辺境伯がどれほどの人気か知らんとは言わせんぞ? 夢破れた者には農民や商人やら仕事を斡旋し領民として迎え入れるか、故郷へと旅路を保障する。私の王太子としての人気の半分は、ウォルフィンリード辺境伯と親友だから、っていう声があるの、無視なぞしておらんからな?!」


 突然始まった賛辞に、思わず眉を寄せる。


「皆、買いかぶりすぎだ。きちんと辺境伯の地位を継いでからまだ四年目の若造だぞ?」

「身体を悪くされたお父上が内政を担い、お前はもっと前から軍を率いていた。それを加味しろ。今は全部一手にやってるんだろ? ああー、ちくしょーっ!! 今すぐ執事たち呼びつけて、お前を頭から足まで磨いて特注で服作らせて夜会に引っ張り出したいわー。我が親友は強いだけじゃない、いい男なんだって連れ回してひけらかして自慢して回りたい。もっと磨けこの金髪!! 洗ってない犬みたいな手触りしやがってこんちくしょう!! いい手触りだな相変わらずっ!! 明るい毛並みの大型の犬飼いたいっ!! そしたらそいつにアステラって名前つけてやるっ」


 無遠慮に髪をわしわしと両手で撫でくりまわされ、嫌々とフォーレスタの手を払う。


「うるさい、触るな、相変わらずお前が突然来るから、まだ風呂にも入れてないだけだ。鎧は脱いで服はまともにしてあるだけマシと思え。あと俺を触りながら犬と言うな」


 こんなやり取りは子供の頃からあるため、大して苦じゃない。だが、慣れているとはいえ、犬扱いは多少腹が立つ。


「スターのことを心から信用している。裏切られたら本気で首括って死にたいくらいにな。だから、大事なエルトフォード公爵の妹御を任せたい。あの子は血的にも、私にとってほとんど身内だ。不幸になんてなってほしくない」


 優しい面差しで、緩やかに微笑んで、フォーレスタは公爵令嬢のことを思う。

 兄弟のいない友が家族に向ける、そんな優しさを確かに感じた。


「……俺に『白い結婚』をしろと?」

「そういうこと」


 にやっとフォーレスタは笑って、ソファーに座り直した。


「それも、誰もが『あーワケあり結婚なんだな』と分かるようなものでいいんだ。王命はあとで大々的に発表する。今、エルトフォード公爵に許可取りで書簡送ってるところ。お前が結婚した、って聞いてもお前の噂を知ってる奴らはまさかって思うだろう? そんで王命を聞くだろう? 『白い結婚』だって想像つくだろう? 令嬢には憐憫が集まるが、彼女の尊厳は何も傷つかず、ウォルフィンリード辺境伯の庇護も受けられる。いろんな貴族連中、ゴロツキたちもさすがにスターの城の最奥まで手は出せまい?」

「まぁな。俺が不在でも、さすがに城の主寝室や女主人の部屋まで侵入してこれるような者は……」


 ちらっと天井を見上げた。

 フォーレスタもその視線の意味に気づいて視線を上げる。


「発言を許す。国内外でお前たちが、ウォルフィンリード辺境伯の城へ彼の家族の命を狙って侵入し、目的を遂行できそうな者は?」


 しばらく沈黙があった。


「今現在は皆無かと。一世代前の伝説の影であれば可能だったかもしれませんが、彼は先々代ウォルフィンリード辺境伯と戦い、片手を失っております」


 天井から、フォーレスタの影の静かな声だけが返ってきた。


「……祖父様か、相手が悪かったな……」

「国内外伝説級の英雄が返り討ちにするんだぞ? なぁ? 英雄の再来とも言われる狼辺境伯殿?」


 満足そうなフォーレスタの笑顔を冷めた目で見つめ返す。


「俺と祖父様を比べるな。手合わせもしたことなければ、現役の動きを見たこともない。再来とか言われても、俺が物心つく前、弟が生まれる前に死んだ祖父様のことを覚えているわけがないだろう」

「まぁな、私も物語の中でしかお前の祖父様の強さは知らん。あんなおとぎ話じみたものより、私はお前の強さは身に沁みて知っている」


 若気の至りで城を飛び出したりした数々の冒険を思い出して、フォーレスタは目を細めて笑った。


 銀色の前髪の向こうに、深緑の瞳が光る。

 為政者らしくもあり、そして年相応の色気のある美しい男の笑い方だ。

 万人を魅了し、容易くさえ見えるほどに導く、我が主。


 だがそこに努力と研鑽と、慟哭を含んだ葛藤と人らしい悲しみがあることを知っている。


「……向こうは承知しないんじゃないのか? 年頃のご令嬢だろう?」


 ぱんと弾けるように顔を上げ、フォーレスタは目を輝かせた。

 

「その言い方、スターは了承でいいんだな?! 助かる、本気で助かる!! 令嬢のウエディングドレスとお前のタキシードは王家が持つから。ええっと、明日発って、直接エルトフォード領へ行って、……間に合うな、式は一週間後な。こっちから見届け人送るから!!」

「あ?! 待て、一週間後?! バカを言うな!!」

「冗談で言ってるわけじゃない、かなり切羽詰まってんの!! エルトフォード公爵と父王に書簡書くから、悪いが今日はお開きで。明日の朝会おう」


 そう言ってこの客間から出ていけと促す。

 仕方なく立ち上がった。


「分かった…、向こうが断ったら素直にそれを受け入れろよ、フォー?」

「分かってるよ」


 ため息を吐きながら、部屋を出ようとドアに手をかける。


「あ…、そうだ、スター、さっきちょっと気にかかったこと思い出した」

「なに?」


 足を止めて、振り返る。

 フォーレスタはもう机に向かって座り直しており、視線をこちらに向けもせずに会話を続けてきた。


「さっきお前が言ってたエルトフォード公爵領の境界の森にいた魔女、もう死んでるって話だぞ?」

「……、……は?」 

「魔女は死んでも、一欠片の骨になっても、魔物を払い除けてくれるありがたい存在だ。完全に土に還るまで、エルトフォード領はまだまだ魔物に脅かされることはないだろうな」


 カリカリ、と筆を走らせる音がやけに静かになった部屋に響いた。


「魔女が魔女として自覚を持っているだけでも珍しいのに、わざわざ境界の森で魔物を払い除けるために生きようとして、なおかつ死後も身を捧げてくれるなんて、エルトフォード領は彼女にどれだけのことをしたんだろうな。是非話を聞いてみたいよ」


 フォーレスタが顔を上げてこちらを見たときには、客間を出ていた。


「スター? ……また明日な」

「……ああ」


 後ろ手にドアを閉める。

 フォーレスタの護衛が軽く頭を下げ、ドアの前に立ち、俺は部下に指示を飛ばし、歩き出した。


 足取りが重い。

 目の前が眩む気がする。


 ……知っていたはずだ。

 そうじゃないかと思ってもいたはずだ。


 俺は見た。

 朽ちかけた彼女の家を。


 ついこの間だって、確かめたんだ。

 もう誰の人の気配もない、使われた形跡のないかつての彼女の住処を。


 境界の森の中にあるとは思えない長閑な空間にあった、こじんまりとした小さな家屋は、住む者の居なくなった影響で急速に荒れていた。

 あれではもう人は住めまい。


 最後に会ったのは、一年ほど前。


 音沙汰どころか、存在さえ感じられない。

 足跡も辿れなければ、噂も聞かない。


 訪れるたび朽ちていく思い出の家を見るたび、泣いてしまいそうになりながら、諦められなくて彼女を探し続けている。


 彼女は自分を魔女じゃないと言っていたけれど、彼女が魔女だったことは間違いない。


 はじめて出会ってから、七年。

 恋に落ちていると気づいて四年。


 妻に迎え入れたいと告げたくても、会えたのは、最後の逢瀬となった一年ほど前の、たった数時間だけ。


 お互い言葉も交わせずに求め合って、でも、想い合っていることだけは切実に感じ合っていた。

 目が覚めたら必ず妻にしたいと告げると決めて、この腕で抱き締めて、二人で眠りに就いたのに。


 目が覚めたら、今までのことは夢だったのかと思うほど、彼女は跡形もなく消え失せていた。


 あれほど、眠りに落ちたことを後悔した朝はない。


 彼女と身体を重ね合って、これほどの幸せはないと思えた夜からの急転直下だった。


 ずっと、……ずっと探している。


 俺の魔女。



 死んだなんて、嘘だろう?




登場人物

アステライト・ウォルフィンリード

フォーレスタ・アスラン

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