アステライトという辺境伯 1
アステライト視点
辺境伯、と言っても、やることは昔っから変わっていない。
軍をまとめ、指揮をし、境界の森に潜む魔物の脅威を払う。
ダンジョン周辺は冒険者に任せるとしても、この広大な境界の森を端から端まで毎日見張っているわけではない。
各拠点もあり、小城、砦もある。
経験と勘から次の魔物の大量発生地を予測し、兵を派遣し、また自分も向かう。
一年の半分以上はこうして軍と共に城外で過ごし、魔物の活動が低下する冬場の数ヶ月は王都へ訪れたり、軍のための外交に充てたり、自城で過ごすのは総合で数ヶ月以下だ。
まるで常日頃からダンジョンに潜っている冒険者と変わらない日々だな。
そんなことを言ってきた友がいる。
境界の森や山脈内にダンジョンがあるといえど、大きな括りで、広い視野で見てみれば、境界の森や山脈はそれこそダンジョンそのものと言っても過言じゃないだろう。
境界の森があるからこそ、ダンジョンが存在しているのだから。
ダンジョンのために、すぐ付近に冒険者のための小さな村や町があるわけじゃない。広大な森や山脈を、魔物を倒してウロウロ、あっちに魔物が出たと報告があればまたウロウロ。まあ、軍で移動してるんだからそんな気軽なものじゃないんだけど。
そんな生活が当たり前に思えるような生き方しか、してこなかった。
これからもそうだろうと思っている。
そう言ったら、友が。
「爺くさい…、何? 父上より年上だったっけ?」
「比べる相手がよりによって国王陛下か……」
自分が唯一幼い時から友と呼んでいる王太子フォーレスタ・アスラン。このアスラン王国の正統な王位継承者。
その割には自由で、まだ正妃も側妃も持たない、もちろん子も持たない、あまりに気ままな王太子は、数ヶ月に一度は前線視察と銘打って、境界の森で戦う俺に会いに来る。
暇なわけではないくせに、律儀に欠かさずに。
小城の狭い客間をどれだけ王侯用にしたってたかが知れている。それを気にもしないフォーレスタは俺と軍を労うために持ってきた食料と酒からそれなりのものを拝借してきて、労うように盃に注いでくれた。
「で? フォー、今回は何の用だ?」
「えーっと、アスタ、アース、スター、テリー、ライト、うん、今日はスターの気分。それがさ、スター、聞いてくれ」
フォーレスタはまた勝手に俺の名前から新しい愛称を生み出して、その中から今日の気分で呼び名を決めるというしち面倒くさい遊びを懲りずに始める。
ちなみにアステライト・ウォルフィンリードというのが俺の名前だが、フォーレスタにまともに名前を呼ばれたのはいつだったかな? と思えるほどには愛称で呼ばれている。
「王都で本格的にちょっと困ったことが起こっている」
「……ほう?」
一瞬だけ、己の闘気を、気の力を張り詰めさせ、ドアの外、この部屋を監視する者たちの気配を探る。
王太子を守る影たち、ドアの外に護衛たち。
同じく廊下に俺の部下、あとは小城の警備たち。
近くにいる者はこれだけだ。
全員が信用出来ないものだと思っているわけでは無いが、とりあえず把握する。情報が漏れれば、ここから疑うべきだと認識するために。
フォーレスタはにやっと笑ってから、少し声を潜め、テーブルを挟んで俺に近づいて語りかけた。
「二年、いや、三年前に、ここより隣領のエルトフォード公爵家が先代の子だと妹を迎えたろう?」
「そうなのか?」
「そこからかよ、スター!! 頼むから四大公爵家の内情と王家の動向、国内情勢くらい把握しててくれ!!」
「ある程度はしてるさ。きな臭いやつはな。エルトフォード公爵家、……隣領とは常日頃からいい関係でいる。問題のない相手、問題を起こしてこない相手、政治的にも一目を置いて信用している相手の動向まではわざわざ細かく詳しく知っておく必要がなくてな。王命で、今エルトフォード公爵は海の向こうの豊かな小国へ外交中だろう? 弟のいる国だ」
「そう、そこはさすがに把握しているか」
「そりゃあな」
杯に入ったワインを少し舐める。
フォーレスタも、ほんの少し杯を傾けた。
「エルトフォード公爵領内の森には魔女が住んでいて、あちらの魔物の出現率は極端に少ない。羨ましい限りだ。エルトフォード公爵が帰ってきたら、魔女に会わせてもらう手続きを進めてもらおうかと思っているくらいだ。今は戦いに明け暮れていても体力は持つが、あと十年もすればどうなることやら」
フォーレスタはずいっと、俺の顔を遠慮なく覗き込んでくる。
「スターにしては珍しく弱気だな? 養子をもらって、子に愛着でも出たか? 彼を育てて次期ウォルフィンリード辺境伯にするんだろう?」
「ああ、まあな。十年経ったら俺は三十七、あいつは十九。……まだガキか?」
「スター直々に鍛えてるんだろ? 十九にもなれば立派な戦士になってるだろうよ?」
あまりにも確信を持った物言いだったから、苦笑いのような笑みが溢れた。
「戦士になることと、軍を率いる素質があるかはまた別だ。今のところ、頭が良すぎて参謀に向いてるんじゃないかと思って……、息子の話はまたでいいんだ。お前の話は?」
そうだった、と、フォーレスタはもう一口、ワインを飲み込んだ。
「で、その妹御なんだがな。エルトフォード公爵が外交に出るとき、彼から直々に彼女とエルトフォード公爵領の安全にさらなる注意をと約束させられていてな」
「まあ、当たり前だろうな。当主が長く出払うんだ。もうどれだけだ? それでもエルトフォード公爵領は円滑に回ってるな。あそこは昔から有能な者が多く、忠誠心も厚い。いい領主だ、見習いたい」
「ああ、エルトフォード公爵の領地経営と彼の部下の統率力は目を見張る。私も見習いたい。そのうえ、妹御もなかなかのものだ。つくづくエルトフォード公爵が羨ましい…」
羨望のため息を吐くフォーレスタ。
「フォーが褒める女性などなかなかどころじゃないだろう? 何をしたんだ? その妹御。エルトフォード公爵は俺たちよりいくつも年上だったな? 彼女の年齢は?」
「デビュタントを終えて二年目だったかな。今年二十だ」
「若いな。婚約者は? 結婚はこれからか? どの公爵家にも今は若い令嬢がいないから引く手あまただろう」
貴族の若い女性と話題に上がれば至極当たり前になる、婚約者や結婚の話。
フォーレスタの表情が明らかに疲れ果てて曇った。
「そのせいなんだよ……。今、伯爵以上の妙齢の令嬢で婚約者がいない、結婚してないって女性、いないだろ? っていうか、令嬢の数自体少ないのはお前も知ってるだろう? だからこそお互いこんな歳になっても自由気ままでいられるんだ」
「一緒にするな。俺はもう息子がいるし、……心に決めた女性もいる」
「ん? 探し人は見つかったのか?!」
期待に満ちた友の眼差しに、ぐっと詰まる。
「……いや、まだだ」
「期待させるなよ!! せっかくスターの長年の想い人の顔が見れるかと思ったのに!!」
「お前にわざわざ見せる必要がどこにある!!」
食って掛かると、当たり前のようにフォーレスタは言い返してきた。
「どうせ辺境伯のお前が結婚するとかになったら、ゆくゆく顔を合わせて当たり前でしょー!! 立場的には側妃か妾か愛人って言われちゃうんだろ?! それでも会うよ!!」
「そんな立場か!! 王太子!!」
「スターが首ったけになった女性の顔が見たいぃっ!!」
子供のように駄々をこねてひとしきり暴れたあと、フォーレスタはしゃんと身を正した。
呆れ顔の俺を、真剣な眼差しで見つめ返す。
「でだ、エルトフォード公爵令嬢の話に戻るんだが、彼女ぱっと見非の打ち所がないんだ。今、エルトフォード公爵家の内政と女主人の役割、当主代行を円滑に回している」
「へぇ、優秀なんだな。……、……ちょっと待て、さっき公爵家に迎えられて三年と言わなかったか?」
フォーレスタは深々と頷いた。
「それでな、エルトフォード公爵に似た容姿も、所作も作法も知力も常識も、ついでに料理の腕も申し分ない。外交で発つ前に会ったんだけど、公爵の妹御へのデレデレの顔、見せてやりたかったわー。あんだけ歳が離れてて、あんだけよく出来た可愛い妹御なら私が欲しかったーっ!!」
「……それほど褒めるならいっそお前が嫁にもらえばどうだ? 公爵令嬢だ、地位も申し分ない。王太子妃として教育を受けるのに心配もなかろう?」
「それができたらやってるっての。ていうか、その話題出したらエルトフォード公爵に殺されそうな気はするがな」
フォーレスタは杯に手を伸ばしかけてやめた。
珍しく深刻な顔で動きを止める。
「そうできたらこんな問題に頭を悩ませたりせん。忠臣エルトフォード公爵家と王家が三代続けて血を結んでみろ、もうそろそろ国が傾くぞ。それに、血が近すぎてか、一目見たときから妹としか思えんかった」
王家と各公爵家に血縁関係があって当たり前だが、どの公爵家から令嬢を妃に迎えるかで、昔は、よく熾烈な争いがあったという。
近年は令嬢の数が少なく、なおかつ本人たちの希望や相性、恋愛云々、色々あったのでそこまで揉めることなく王族の妃選びは済んだのだけれども、そのせいもあって、国政はエルトフォード公爵家の影響が強くあるのも現状。
当主自らが外交のために一年近い不在を了承するというのも、そんな傾いた国内派閥の力の均衡を取るためでもあった。
「そのエルトフォード公爵家に突然現れた当主溺愛の妙齢の妹御だ。当主不在の間、女主人として問題のないところを遺憾無く発揮していてなあ。もう、他の公爵家や侯爵家、海外にも隠しておけん」
フォーレスタの言いたいことが理解できた。
エルトフォード公爵不在の間、安全を任された溺愛の妹御の、尊厳や生命にまで関わる問題に発展していることを知る。
「最初は彼女の肩書と能力を目当てに各家の跡継ぎやらがアプローチしてたんだが、ついこの前、ちょっとした手違いで、王に謁見しにきた彼女が各家当主や子息やらと顔を合わせてな。正直、もう収拾がつかん」
「おい、そんな簡単に降参するな。エルトフォード公爵が激怒するぞ?」
「ちゃんと瀬戸際で回避してるってば!! 今だって、私の影の大半は彼女のところに行ってる。お陰で天井裏の奴らは不眠不休の高給取りだぞ? 先に体力尽きてへたばりそうだ」
黙って天井を見上げると、王太子を守る影たちに確かに疲れが感じられ、ため息を吐き出す気配さえあった。
もちろん、影がそんな気配を感じさせてくるなんてわざとなんだと分かりつつ、同情を覚える。
「正攻法で婚姻を結べないなら強制的に手籠めに、なんて許せるものか。攫って、売りつけても高値がつく。冒険者崩れのゴロツキがエルトフォード公爵領内で警備にどれだけ目撃されているか。あー、身の危険身の危険、公爵に怒られる以前に神経擦り切れそう」
ソファーに深く深く背をもたせ掛けて、フォーレスタは天井を仰いだ。
「だからさ、スター、頼む。彼女を嫁に貰ってくれ」
「……、……は?」
素っ頓狂な声を上げてしまった。
ガバッと、フォーレスタは身体を起こして、俺を見た。
その目は真剣そのものだった。
「王太子フォーレスタ・アスランの名において命ずる。辺境伯アステライト・ウォルフィンリードよ、エルトフォード公爵令嬢を娶れ」
「は?!」
そこからちょっと本気の喧嘩になったのは、言うまでもなかった。
登場人物名前
アステライト・ウォルフィンリード
フォーレスタ・アスラン




