一人反省会大開催
結局あれから、薬師団の保管庫や調薬室でたくさんの薬師たちと意見を交わし、楽しく時間を過ごした。
……では駄目だとわかっているんだけどね?!
私についているように言われた家令長シアンも、本当はもっと他にも仕事があったはずだ。
彼は彼で調薬所から細やかに城内にいる使用人たちにちゃんと指示を飛ばして仕事をしていたようだ。
私は知っている薬草と知らない薬草と、知っている調合と知らない調合と、もう大人しく振る舞っているのが苦痛でならなかった。
さすが最前線の軍の薬師団。兵たちが戦いながら使う薬が多く、その効能も唸るものがあった。
たくさん考えさせられて、たくさん意見を言って、最後には自分で乳鉢を持っていたのだからもう言い逃れはできない。
おおよそ、公爵令嬢がする行動じゃない。
王命でやってきて、保護されて結婚した憐れなウォルフィンリード辺境伯の妻、としてはあるまじき行動?
シアンも、薬師たちも特に何も言ってこなかったが、夕食の前に部屋に戻ってきて、一人反省会を開催する羽目になった。
結果的に、ウォルフィンリード軍が使う薬の性能は向上したのだが、まだまだ手を付けたいところもあるし、あの薬草を使った反応も知りたいし、既存の薬から女性の肌にも合ったものを作り替え……。
「はぁっ?! お薬ばっかり見てちゃだめだった。明日は内政の仕事に携わる話をしないと…っ」
頭を抱えて、自分の行動を反省する。
ここは、城の中の女主人の部屋。私のためにと用意し直してくれた、ウォルフィンリード辺境伯夫人の部屋。
エルトフォード城の主人たちの部屋もどんなものか知っているが、比べるとなんというか華美さは控えめで、言い表すなら堅牢だ。
最悪の場合、この城も魔物との戦場と変わり、その中で主人たちの部屋こそが最後の守りとなることもあるからだと、この部屋の説明を受けたときに聞いた。
簡単に間取りを説明するなら、まず自分がいる女主人の間のリビング。続きに一人寝用の寝室。浴室や脱衣所洗面所などの水回りの完備された部屋と、ドレッシングルーム。侍女の部屋。ちなみに、ニビアが側付きの侍女になってくれたが、あまりの急な采配のせいで彼女はその部屋を使っていないので、今は侍女の部屋に誰もいない。
リビングから反対に続くドアは、普段から鍵がかかっている、夫婦の寝室に続いている。
通常ならこの夫婦の寝室も使うのだろうけれど、昨夜使ったのはこの部屋じゃない。
夫婦の寝室のその向こうに続くのは、主人の部屋のリビングだ。
今朝(いや実際はほとんど昼だったけれど)私が目を覚ましたのはアステライトの私室の方のベッドだった。
自分はいったいどこにいるんだ? と軽く混乱したが、サイドテーブルの上にアステライトがちゃんと用意してくれていた呼び鈴を鳴らすと、ニビアがすぐさま手助けに来てくれて部屋へ連れて行ってくれたのだから、ベテランのメイドは凄いと何度でも思う。
主人の部屋も、多少の違いはあっても、女主人の部屋と似たようなものだ。
リビング。一人寝用の寝室。浴室などの水回り。ドレッシングルーム。あとは個人的な書斎や執務室が続きに存在しているかもしれない。
アステライトはどんな本を読むのだろうか?
何が好きで、どんなことが趣味なんだろうか?
何一つ知らない。
知りたいとは思う。
でもすぐに、知ってどうするのだと自分に問いかけて、諦めた。
夕食を共にしよう、その時に色々なこれからの話をしよう、と言伝をもらっていたのだが、それは叶わなかった。
夕方になって、城からそう遠く離れていない場所に魔物が湧いたと報告を受け、アステライトは移動力に富んだ騎兵を率いて殲滅に向かっていったからだ。
その知らせを受けて見送りに出る時間もなかった。
ソーラス兄様が公務で王都へ向かわれる時も、隣国へ旅立たれる時も、事あるごとに主をちゃんと見送るのは女主人の役目としては当たり前のことだった。
けれど、一分一秒を争って魔物との戦いに赴くウォルフィンリードでは、悠長に女主人の見送りを待ってくれる気はないそうだ。
先行させるものは先行し、軍備が整い次第、団長および司令官、そしてもちろん狼辺境伯の号令一つで飛び出していく。
結果、私は一人で食事を取り、入浴を済ませ、部屋で一人、いつ帰ってくるかも分からないアステライトを待つという奇行(?!)に走っていた。
本音を言うなら、夫婦の寝室を使って待つべきなのか、夫人の私室で一人で寝ていていいのか分からなかったから、というのもあった。
どう考えても私室で一人で寝ていていいはずなんだけど、できれば少し話したいと思ってしまった。
なぜ、『白い結婚』のはずなのに私を抱いたのか。
それはこれからも必要なのか。
私が知らない『白い結婚』があるのか。
まずはそこをはっきりさせたい。
『……いらぬ期待を、抱かせないでほしい…』
男の人は特に愛情がなくても女性を抱けるそうだと、エルトフォード公爵領にいたときに色々聞いた。
ソーラス兄様も、もう少し若い頃には浮名を流したそうだ。夜会には色んな話が溢れていて、ちょっと大人しいフリをしていれば、色んな人が、笑顔に隠して悪意を持って色んな話を聞かせてくれた。
私はそれを一人で抱え込まずにソーラス兄様に話して、真偽を確かめ、公爵家のための有意義な情報と知識に変換したけれど。
アステライトもきっとそうなんだろう。
見知った私の最後のわがままを聞いてくれた優しい人だ。
子ども、子どもと扱ってきた女のわがままを叶えてくれる程度には情を持ってくれていたと、私はそこに付け込んで、抱いてもらった。
最初で最後にしたのに、なんの因果か、この状況。
でも、これからも行為を重ねていくのは、断腸の思いでこの恋を諦めた私には誤解と錯覚を生み出すばかりの苦痛にしかならない。
この身体が、彼の与える快楽に溺れてしまう前に、あの大きくて優しい無骨な手の感触に慣れてしまう前に、合わさる肌の熱がないと寂しいと思う前に、早く、諦めなくちゃ。
……うっかり子ができてしまったらどうする気だろう?
今日見た薬師団の保管庫の中の財宝のような薬草の山。
母が教えてくれた薬のレシピは全部頭の中だ。分量も何もかも、忘れることのほうが無理だろうと思えるくらいに叩き込んである。
目当ての薬草を見つけさえすれば、避妊薬や子流しの薬は作れる。
「子どもができたら……」
放っておいてくれないだろうか?
だって、ウォルフィンリード辺境伯にはもう正式な跡継ぎになる養子がいるのだから。
それでも、許されないものだろうか。
男の子なら万が一の跡継ぎの予備として取り上げられる?
女の子なら?
……魔女かもしれないと思われるのかな?
母様がそうして私を連れて逃げたように、私も、……逃げ出して、どこかの森の端で小さな家を見つけて、暮らして行こうかな。
私の存在が母の人生を大きく狂わせたのに、私もまた同じような人生を歩もうとしている気がして、嗤ってしまった。
夜はとうに更けていた。
待っていても、アステライトが帰ってきそうな気配はない。
このまま一人、陰鬱な気持ちのまま眠るのは嫌で、部屋を出た。
こういうときは何かを作って、鬱憤を晴らすべきなのだ。
足音も立てずに暗い廊下を歩いて、こっそりと厨房へ向かった。
「ふっふっふ」
厨房に、ベリーと砂糖と小麦粉、卵、牛乳、バター。
そういったものがあることは事前に確認済みだ。
揃った材料を眺め見て、満足げに笑う。
実は上手く身の回りの世話をしてくれるニビア以外のメイドさんたちにもそれとなく聞こえるようにパウンドケーキやクッキーなんかの話を振っておいたり、薬師団へ訪れたときも甘い物は精神的には薬だと話を振ってみたり、そんな中で今日の夕方、食材の買い付けがあることを聞いていたので、この現状は予測されたことなのだ。
とはいえ、材料泥棒なのは変わりない。
全部使っちゃうわけじゃないですよ? ほんのパウンドケーキ二個分くらいです。
前にこの厨房で出会った少年に貸してもらったままのランプの灯りで十分に手元は明るい。
先駆けてオーブンに火を入れてあるのでそれも灯りの足しだ。
色とりどりのベリーは、エルトフォード公爵領の境界の森で採れるものとは違って、どれもこれも甘い。
その分砂糖を控えめに作ろう。
ベリーを一つ口に入れて咀嚼しながら、手を動かす。
自然の甘さが嬉しい。
「ふんふ〜ん♪ 本当はジャムも作りたいな〜♪」
思ったよりも砂糖は節約できたが、ベリーはこれ以上使うと明らかに減った、とバレてしまいそうだ。
となると、残りはバターと砂糖と小麦粉と少し残った卵液。
よし、クッキーだ。
パウンドケーキを先にオーブンに放り込んで、残った材料でクッキーを作りだす。
ものを作るのはいい。
お菓子作りも、お料理も、薬を作るのも。
なにかを作っている間は、余計なことを考えなくていいから。
エルトフォード公爵家では薬を作ることはできなかった。お料理とお菓子は作ることはできたが、正直、まるで令嬢が嗜む程度、みたいな時間しか取れなかった。
誰かが咎めるから、とかじゃなくて、他にやることが多すぎて、息吐く暇もなかったというか。
突然、あまりにも生活も生き方も変わって、リオという自分のことよりも、リオノーラという公爵令嬢としての自分でいなければいけないと、日々言い聞かせていたから。
それを思うと、「ウォルフィンリード辺境伯夫人」に慣れたならこうして厨房に忍び込むこともなくなるんだろうか。
まあ、それもどうせ長くはないはずだ。
この『白い結婚』はやがて終わる。
兄、ソーラス・エルトフォード公爵が外交から帰ってきたら。
もしくは、ウォルフィンリード辺境伯の想い人が見つかったら。
他にはどんな理由が考えられるかな?
クッキーの成形が終わって、それもオーブンに放り込んだ。
使った道具を洗って片付けながら、焼き加減をチラ見して待つ。
ふんわりと漂いはじめる、焼き菓子の甘くて香ばしい香り。
私の作った焼き菓子を美味しいと食べてくれた彼の笑顔を思い出す。
あのときのような無邪気さで、また話せればいいのに。
いや、それはないのか。
あの日々にいたのはただのリオで、焼き菓子を食べてくれたのは冒険者ステラだ。
夢や幻想はさっさと捨てて、現実だけを見なければ。
「ねぇ…、なんでこんないい匂いしてんの……?!」
背後から、腹の据わった声で尋ねられた。
いや、彼の腹は据わっているのではなく、空いているのだろうけれど。
振り返れば、赤い目の少年がぐーと鳴く腹を押さえて立っていた。
「あはっ」
楽しくて、笑い声が溢れた。
そんなふうに笑ったのは久しぶりだった。
リオノーラ
シアンと薬師団の皆々
夜食ドロボウの少年




