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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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アステライトの過去 一年前 俺の魔女

 ここに来る時、本当はもう眼帯をしなくてもいいのにな、と自分を嗤いながら慣れた手つきで眼帯を装着した。


 軍行を終えて、城へ帰るまでのほんの少しの自由。

 全く逆方向となるリオの家のある境界の森へ、わざわざ遠回りして向かった。


 時刻はすっかり夜更けを回って、夜空には明るく満月が出ている。こんな夜更けに訪れても、得られる情報はいつもよりももっと少ないだろうと分かっていながら、それでも衝動的に来てしまった。


 満月の浮かんだ夜空はリオの髪色と同じような黒だ。

 性懲りもなく、夜空を見つめて思う。


 今まで何度も、もう忘れたほうがいいんじゃないかと自分に問いかけてみたが、こうして夜空を見上げて彼女の髪色のような黒を見るたびに、彼女を愛している自分を自覚する。


 だから、本当に自分の中で気持ちの整理がつくまで、彼女に囚われていてもいいか、と逆に諦めがついた。


 森を歩くにも、深い木々の隙間から月光が射し込んでいて、苦にならない。

 夜に境界の森をうろつくなんて、普通の者たちにしてみれば頭のおかしい自殺行動だ。


 まぁ、俺はこの場所が魔女の魔物忌避によって比較的安全なことを知っているし、何より魔物と戦うことに恐れを抱くことも、後れを取ることも絶対にない。慢心を抱いているつもりもなく、だ。



 たどり着いた、リオの家。

 人が住まなくなった家というものは、本当に簡単に朽ちていく。


 あと数年もすれば崩れてしまうだろう。

 この家が朽ちて崩れてしまったら、俺は何を拠り所にしたらいいだろうか。


 思い出すリオの姿は、二年前の姿で止まったまま。

 彼女の年齢を考えれば、もうデビュタントを終えて一年は経っている年齢で、大人の女性と言っていい。


 会うたびに伸びていた黒髪も、女性らしくなっていた体型も、きっともっと大人に近づいた、素敵な女性になっているはずだ。


 ……生きてさえ、いてくれたら。


 一歩、朽ちていく家の中を確認しようと足を踏み出しかけて、止まった。


 誰かの、人の気配がする。


 家の中じゃない。

 家の裏手の方、例の墓がある場所に。


 足早にそちらへ向かう。

 伸びた雑草の野生の花が咲いているのが、月光に照らされて見えた。


 ほんの微かな風に揺れた夜空。


 それが、彼女の髪がなびいて揺れたからだと、気づくのに少しかかった。


 言葉が出なかった。


 墓の前に佇んでいる姿は今にも消えてしまいそうな儚さで、幽霊や幻なんかじゃないかと疑うほどだった。


 それほど現実味がなく、美しくて、夢を見ているのではと錯覚するには十分だった。


 ただ、夢じゃない、と培ってきた経験がいう。

 生きている人と対峙している感覚だと、肌で理解する。


「……リ、オ…?」


 ようやくの思いで、絞り出すように声にする。


 驚いて、振り返る。

 その仕草も動作も、生きている人のものだった。


「……ステラ?」


 その声で名を呼ばれるのは、どれくらいぶりだろうか。


 艶やかな髪と、月光を浴びて透き通るような肌。

 女性らしい滑らかな曲線を描く身体つきを覆う衣装は、この家に住んでいたときとは違う、大人の女性らしくあるドレス。


 二年。


 会えなかったうちに、彼女はすっかり大人の女性になっていた。


 ほんのりと紅を引いたなまめかしい唇が、もう一度、俺の名を呼んだ。


「ステラ」


 その声を聞いたときには、駆け出して、抱きしめていた。


「ひゃあ?!」


 腕の中でリオが驚きの悲鳴を上げる。

 それを気にしてやれないくらい、ぎゅうぎゅうとリオを抱きしめた。


「リオ…、リオ…ッ!! 今までどこへ…っ、俺はてっきり…っ」


 死んでしまったのかと。


 そう、言葉が続かなくて、自分でも驚いた。


 涙で言葉が詰まる。

 気を抜けば声を上げて泣いてしまいそうで、口を閉ざすしかなかった。


 腕の中でもぞもぞと動いて、リオは綺麗な指で俺の頬を撫でる。

 優しく優しく、涙を拭ってくれた。


「ステラは案外泣き虫なのですね。……優しい人。優しい、……私の狼。……どうか、私のことは忘れてください」


 腕の中から見上げてくる、黒い瞳にも涙が滲む。


 忘れろ、なんて、いったいな……。


 リオの細くしなやかな腕が首にゆるりと回されて、唇が合わさった。


 思考が真っ白になる。


 至近距離のリオの甘い香り、唇の熱、滲んだ瞳の中にある確かな俺への思慕と、愛と、欲望。


「だけど、……ただ一度でいい。……私を抱いてください」


 リオの目から、涙が落ちた。


 細い腰を抱いて、彼女の黒髪に手を通して、今度は俺からリオに口づけた。

 緩やかに甘やかなものから、深く貪るようなものに変わる。


 ただの一度なんかになってたまるものか。


「ステラ……」


 名前を呼んでくれる。

 その声音に確かに含まれている俺への愛しみに、彼女のほうからも求めて求めて、求められて重ね合う唇に、お互いの身体を強く掻き抱く。


「リオ……!!」


 欲望に身を任せた。

 でもそれはお互いに。


 与えあった熱は溶けて、重なり合った鼓動は一つになって、何度も何度も重なり合う。


 恋い焦がれた女を抱いて、幸せを感じないわけがない。


 名前を呼び合う以外に言葉を交わせないまま、深く深く身体を繋げ続けた。



 幾度目かの絶頂を迎えたあと、腕の中のリオは体力が尽きて、ふっと意識を失いかけた。


 だから、我に返った。

 目を閉じかかるリオの耳元に、荒くなった息を整えられないまま囁く。


「目を覚ましたら、話がある、…リオ」


 その言葉が聞こえていたのかどうなのか、リオはかくん、と力なく気を失ってしまった。


 しまった、と思うのと、仕方ないよな、と思うのと、程度を考えるべきだった、と反省したのは全部同時。


 繋げていた身体を惜しみながら離して、二人の乱れに乱れた服を直せるだけ直し、整える。

 それからリオの身体に優しくマントを被せて、抱きしめた。


 大きな木にもたれ掛かって座り、自分もまた身体に熱く残る快楽の余韻と多幸感に深く息を吐く。

 何度も何度も、リオの目元に、頬に口づけて、柔らかくていい匂いのする黒髪に顔を埋めた。


 リオは間違いなく乙女だった。

 それをまあ、ベッドもないこんな野外で、立ったまま、抱きかかえたまま、何度も上り詰めさせるなんて無体なことをしてしまったものだ、と思い返す。


 朝になって目を覚ましたら、俺の正体を全部話して、リオの身分がどんなものでも必ず妻にすると誓う。


 それから次はちゃんとベッドで。

 いや、その前に結婚式を。

 いやいや、城に連れて行く話を。


 ……それよりも、愛していると告げるのが何よりも先だ。


 あまりにも幸せな気持ちで、目を閉じた。



 

 朝日が昇るよりも前。

 近づいた夜明けの気配に目を覚ました。


 そして同時に、腕の中に確かに抱いていた存在が無いことに気づいた。


 俺の身体の上に掛けてあったマントが、ズルリと滑り落ちる。

 感じる体温は自分のものだけ。


 マントを握り締め立ち上がり、急いでこの家周辺にいる人の気配を探る。



 ……誰もいない。



 駆け出して、目視でも確かめたけれど、見慣れた静寂があるだけだった。


「嘘だ…、嘘だろ……?!」


 絶望が胸に広がる。


 信じられなくて、信じたくなくて、頭を抱えて膝を地につき、その場に崩れた。


「嘘だと言ってくれ…っ、リオ……ッ!!!!」


 涙を散らして叫んだ呼び声は、誰の耳にも届かなかった。





アステライト(ステラ)

リオ


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