アステライトの過去 二年前 大きな出会い
大きな出会いがあった。
エルトフォード公爵領とは真反対に位置する隣領。連なる小領の境界の森に手強い魔物が湧いたと緊急要請を受けて軍を率いて向かったときのことだ。
ウォルフィンリードからの援軍が到着する前から襲われていた村で行われていた防衛戦で、大人顔負けで戦っている少年がいた。
防衛の隙をついて村内に乗り込んできた魔物から、子供たちを守っていた、子供。
彼は無手で戦っていた。
拳や蹴りでだ。
普通、年端もいかない少年の拳にどれだけの威力があるというのだろうか?
それなのに、襲いかかる魔物を、彼は木っ端のように砕いた。
背後に守る子供たちに怯えられながら、彼自身もブルブルと恐怖に震えながら。
それは間違いなく、身体強化の術を知るウォルフィンリードの血に連なる強さ。
魔物を全て斬り伏せ、なぎ倒し、村の安全を確保したあと、少年と対峙した。
魔物と戦い、殺すほどに至ることは初めてだったらしい。
守りたかった子供たちは守れたが、恐れられ、怖がられ、遠巻きに不審な眼差しを浴びせられながら、赤い瞳の少年はそれでも前を見ていた。
「守ろうと思ったのも、戦おうと思ったのも、おれの意思だ。嫌われても、怖がられても、この力を持っているのがおれだ」
確固たる意志を持って赤い瞳は力強く俺を見たが、隠しきれない寂しさや悲しさに、彼の目は涙に滲んでいた。
「なぁ、お前、俺の息子にならないか?」
彼が孤児であることはもう村の人たちに聞いていた。
突然そんなことを言われて、少年の顔に不信感がいっぱいに広がったのが面白くて、久々に心の底から楽しいと思えた。
「弟でもいいんだがな。俺にとっちゃ、後継者になってくれる息子のほうが有り難いんだ。お前の力は、間違いなく俺と同じ血脈から続くもの。力の使い方を教えてやる。望むだけ鍛えてやる。この力を心の底から誇れる強さを、自分自身で得たくはないか?」
彼が悩んだ時間は、短かった。
差し出した拳に、元気にゴンと拳を叩きつけてくる。
弟ソルアンドレとよく似た明るい金髪と、この国では少し珍しい赤い瞳をした少年は、ネロと名乗った。
貴族の名にしては短すぎるので、ネログラヴィと名を改めた。
死んだ父の名前の一部をもらってくれたネログラヴィは、すぐに俺の養子になり、正式なウォルフィンリード辺境伯子息になった。
「急に養子迎えるとか言うから、いよいよ想い人が見つかって、もう子供ができてたとかいうオチかと楽しみにして来たのに!!」
「そんなわけあるか!!」
一方的な想像で悪態をついてくるフォーレスタに叫んで返す。
そもそもリオと子供ができるようなことなどやってねぇわ、と言い返そうとして止めておいた。
ドツボというやつになりそうだから。
「そもそも、頼んでいた昔々のウォルフィンリード家の婚姻記録を届けるのに、わざわざ王太子が出向いてくるなどどういう見解だ? お前がちゃんと公務をやっているのか、時々疑いたくなるぞ?」
「あーん? 私の手腕を知ってるだろう? その辺、抜かりなどあるわけなかろう? 今回来たのも視察を兼ねてだ。魔物と戦う最前線の辺境領を見て労い、国内最大の軍を誇る当主と懇意にする、それのどこが公務じゃないと?」
自信たっぷりに、フォーレスタは胸を張る。言い返すことがないので、それ以上何も言わない。
「ほら、お求めのウォルフィンリード家の婚姻記録。王家にあるものの正式な写しだ。かなり前の代に、あっちの領の三男に嫁いで市井に降りた令嬢の記録がある。市井に降りてるから、そっからの足取りは分からん」
「こっちが調べたのと合致する。やはりネログラヴィはそこからの血脈だろう。何かしらの影響で薄まっていた血が濃く出たんだろうな。祝福の濃さも、才能も」
「アース自身と血は遠いはずなのに、能力や才能の在り方は近い、か。いい後継者を見つけたな」
「ああ」
今日の愛称はアースだそうだ。
俺の愛称はどこまで増えていくんだか。
「……楽しそうだ、アース、良かった」
フォーレスタの口から、安堵のような言葉がこぼれた。
「今は城に帰ってきてる間はネログラヴィに色々教えることを楽しんでるよ。……どうにかやっていけてる」
「無理だけはするなよ。……まだ探してるんだろ?」
「ああ。……女々しいと思うか?」
静かに聞き返すと、フォーレスタはにやりと笑った。
「いいんじゃないか? 後継者はもういる。そこの心配がない分、自由にすれば。俺やエルトフォード公爵のほうがずっと周りにうるさく言われていて、そろそろ本腰を入れなきゃと自分でも思うほどだよ」
俺のことよりも、フォーレスタは自分のことを振り返って深くため息を吐いた。
「アステライトの好きな人ってどんな人?」
基礎運動、基本知識、一通りの武器を使った戦闘訓練、今日の鍛錬が終わった時、唐突にネログラヴィが聞いてきた。
普段、ネログラヴィは俺のことを「父上」だなんて呼ばない。
思っていた以上に頭のいい子だったのは予想外で、勉強や貴族に関する基本的な知識なんかは、肥沃な土地に水を落とし、力強く植物が芽吹いて育つように吸収して理解して、応用までし始めた。
使用人たちの前や、階級を気にしなければいけない兵たちの前、来客時、フォーレスタの前、そんなときは「辺境伯様」や「父上」と呼ぶことはあるが、二人だけのときは、基本お互いにまるで友人のような口調になっていた。
質問に、まだまだ子どもだから、と適当にあしらう気はないのだが、初恋も経験したかどうかも分からない歳の少年に想い人の話をするのは小っ恥ずかしいものがある。
「あー…、なんて説明したらいいか分からない。俺はこの手の話は得意じゃないんだ」
「女性を褒めたりするような? そういうのって、貴族の男としては必要なあいさつのシャコウジレイだろ?」
なかなかに当然とばかりに、貴族然とした言葉がネログラヴィの口から出てくる。
「ホントお前は頭が良いなあ。勉強の幅、もう少し広げてみるか? 軍略の指南書読むか? 心理学の本も」
「読む。でもそうじゃなくて、難しく考えないでさ、彼女を一言で言ってみたらどんな人?」
「一言で?」
さらに難しくなってしまったぞ? と腕を組んで考えた。
俺がリオのことで知っていることは、多くない。
知っていきたい。
誰よりもたくさん知っている者になりたい。
そう願った。
あれからもうすぐ二年。
何度リオの家に訪れても、変わらない静寂があって、少しずつ少しずつ朽ちていく家を見るだけ。
初めてリオと出会ってから六年経っていた。そのうち、二年間は会えてすらいない。
会えた日数を数えれば、もうネログラヴィと過ごした日々のほうがとっくに多い。
それなのに、心を捉えて離さない。
会えないのに、想いばかりが募る。
出会ったときは俺よりもずっと年下の子供だと思っていたのに、薬師としての腕は確かで、立派に意見をしてきて。
境界の森の外の世界の風景に憧れて。
病気になって隠しきれない甘えが溢れたり。
独りで暮らす寂しさに強がり、耐えて、虚勢を張ってみたり、若者特有の万能感に振り回されてしまったり。
誰かを助けることを厭わない。その果てに自分の命を失う結果になっても悔いはしないと潔さを持っていて。
料理が上手くて、ご機嫌になればすぐ鼻歌を歌って、他人を慮れて、優しくできて。
こんな情けない男の涙を、見えないようにしてくれる。
彼女の髪の、肌の、風の中の花のような甘い匂いをまた感じたい。
「……魔女だ」
ぼそっと、言葉にした。
「え?」
ネログラヴィが聞き返してくる。
「彼女は、魔女だよ」
知らないうちに、気づかないうちに、でも、深く深く、抗えないくらいに強く、俺に魔法をかけた。
この先、一生、彼女への想いに囚われて逃れられなくてもいいと思えるくらい、俺の心を奪っていった。
愛しい、俺の魔女。
また時間を作ってリオの家へ行こうと決めて、首を傾げるネログラヴィの頭を撫でた。
アステライト・ウォルフィンリード
フォーレスタ・アスラン
ネロ(ネログラヴィ・ウォルフィンリード)




