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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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アステライトの過去 五年前 魔女の話・熱

 また一年が経とうとしていた。


 春が近い冬の終わり。

 吐き出す息は白い。

 雪がちらついて、寒さはまだまだ厳しい。


 相変わらず、何度リオに会いに森へ行ってみても、やはり会えることはなかった。


 住処を隠匿する、これもまた魔女の力なのだろうか?


 魔女というものは、研究こそされているらしいが、あまりにも正体不明すぎる。

 個人個人の能力差も大きく、ピンからキリというやつらしい。

 正直、分からないことだらけだ。


 俺は別に、リオが魔女だろうと魔女じゃなかろうとどっちでもいい。

 彼女が無事に暮らすために魔女であるべきというなら、それでいいと思っている。


 雪が降る森をうろついて、やっぱり駄目だったかと諦めて帰路に就きかけた。


 そういえば、彼女はたまにやってきた魔物を倒して近くの村へ売りに行くと言っていたことを思い出した。

 散々この辺りを探索しまくって覚えた地理の中から選んで、一番近い村へと向かった。




 当たり、と言えば当たりだった。

 村の小さな雑貨屋に寄って話を聞くと、俺の冒険者風の身なりに多少訝しげな顔をした人の良さそうな恰幅のいいおかみさんは、雪のせいで売れずに残っていた商品をいくつか買うために金を払うと、しぶしぶ口を開いた。


「うちの村は酪農が盛んだからね、一週間に一度はミルクとバターを買いに来てたんだけど、雪と寒さのせいか最近はさっぱり来ないよ。稀に薬と魔石を売りに来るときに、子どもたちにってクッキーを焼いてきてくれる気の利くお嬢さんさ。おかしなことをしようなんて思っちゃいないだろうね? 呪われるよ?」

「呪われる? 物騒な」


 大袈裟な物言いに軽く反論すると、おばさんはキッと険しくこちらを睨んだ。指を突きつけてこようかという勢いだった。


「冗談じゃないからね。忠告しとくよ。彼女がまだ小さいころ、母親と一緒に村に来たときにね、人攫いに遭いかけたんだよ」

「……物騒な」

「可愛い子だからね。母親も銀髪のたいそう美人だったから、あわよくば母子とも攫うつもりだったんだろうが」


 人攫いは、村人の見る中、おかしな転倒の仕方をして両足を骨折し、すぐさま取り押さえられた。

 あまりの出来事に、誰もが驚きを隠せないほどだった。


「両足を骨折?」


 たかが転倒で?


「まぁ、皆があっという間に魔女だろうと理解したけどね。悪い子ではないから、誰も何も言いやしないし、家畜が魔物に襲われる被害がめっきり減ったという恩恵を受けているからありがたがっちゃいるけれど、深く関わりはしないよ。あの子のほうからもね、必要以上には」


 リオが魔女として、この村でどんな対応を受けるのか、容易に想像がついた。


 畏怖による遠巻きの視線。

 決して関わろうとしない村人の敬遠。

 賢いあの子はそれを理解しているのだろう。

 恐怖を与えないように、また危害を受けないように、適切な距離を取り合う。


 魔女だからと、そこまでの孤独を受け入れなければいけないものかと疑問が湧いた。


「じゃあ、もう何日も、少なくとも一週間以上は誰も顔を見てないってことか?」

「そうなるね。なんならあんたがバターとミルクを買って、境界の森内の彼女の家まで届けに行くかい? いくら魔女の忌避があるといえど、絶対に魔物に出くわさないっていう保証はないよ、隻眼の色男。腕に自信があるならやってみりゃどうだい」


 おかみさんは馬鹿にするように笑った。

 決して魔女を侮るなと警告する彼女からは、リオへの親愛がよく感じられた。

 きっと、正体不明の冒険者が魔女の少女のことを突然尋ねてきたから、警戒しているのだろう。


「……いくらだ?」

「なにがさ?」

「バターとミルク。チーズもあるならくれ」


 じゃらりとポケットから金を出すと、おかみさんは眉間にしわを寄せながらバターとミルク、そして塊のチーズを袋に詰めてくれた。


 代金を支払って、また森へ向かった。


 会えると確信があったわけじゃない。

 でも、会いに行かなくちゃと思った気持ちは確かだった。




 雪が強くなって、視界が白くなった。

 風雪が吹き付けてきて、片手で目の前を庇う。


 雪があっても、歩けないほど地に積もっているわけじゃない。

 春が近いとはいえ、まだ冬の続く中、村に一度も食料を買いに出ないなんて異常じゃないか?


 杞憂に終わればいい。

 そう願う。


 それなのに、今度はやけにあっさりとリオの家にたどり着いた。


 駆ける速さを上げて、あっという間にドアの前に立つ。

 ノックをしようとして、……そのままの勢いでドアを開けて家の中に駆け込んだ。


 この寒さだぞ? 

 微かな気配はあるというのに、家が温度を持っていないのはなぜだ。


 かまどや暖炉に火も焚べられていない。

 小さな家の中を移動するのなんてあっという間だった。


 ベッドに横になっている、小さな姿。

 荒い息遣い、高い体温、汗にまみれた寝衣。


「リオ!!」


 声をかけ、肩を掴んで揺らしたが、目を開くことさえしない。

 繰り返される苦しそうな呼吸。

 汗ばんだ額に触れると、外気で冷えた手を焼くほどの熱があった。


 そっと、彼女の額から手を離す。

 自慢じゃないが、そこいらの普通の貴族の男と比べたら怪我人の処置も、病人の看病も、その対処も必要行動も十二分に知っているし、経験もある。

 すぐさま動き出した。 




 家の裏に薪山を見つけ、暖炉に火を焚べ、かまどで湯を沸かしはじめる。

 自分の着ていた外気の冷たさを保ったままの金属装備を外し、リオの寝室を漁る。


 新しいシーツ、新しい着替え、汗を拭き取るためのタオル。

 もう三年前になる、彼女が俺を看病してくれていたときに仕舞っていた記憶を頼りに探し出した。


 そして心を鬼にして、そして意を決して、そして聞こえていないけれども大声で詫びた。


「許せ!!」


 熱にうなされているリオは、寝衣が湿るほど汗をかいていたのだ。濡れて冷えた衣類は体温を奪う。

 リオを抱き起こして、勢い良く全部の服を脱がせた。


 彼女の意識がないのは不幸中の幸いだ。今の間にとタオルで汗を拭き、すぐに新しい寝衣がわりのゆったりとした服を着せる。


 ベッドの湿ったシーツを手早く変え、リオを寝かせ直して新しいブランケットをかける。重ねてなにか温かくさせてやれそうなものとして台所の椅子から持ってきたクッションを足元や腹の上なんかに乗せた。


 汗を吸った服なんかを洗うのはもっと後でいい。

 暖炉の火に薪を追加して、食材と水分の確認に台所へ。


 食事をした形跡が見当たらない。

 いつから熱を出して寝込んでいたのか見当もつかない。


 かまどで沸かした鍋が沸騰したので、コップやスープ皿に汲み分けて、湯冷ましを作る。


 食料らしい食料はどこに仕舞ってある?

 戸棚を探すと、固くなったパンが出てきた。手触りからして、二、三日前のパン?


 同じ戸棚に、見覚えのある色をしたジャムの瓶が仕舞ってあった。

 台所にあった塩をひとつまみ、そしてジャムをスプーンに一匙、湯冷ましに溶かして混ぜる。


 家の中はゆっくりと暖かさに満ち始めた。

 沸かしている鍋に水を足してから、ジャムと塩を溶かした湯冷ましを持ってリオのもとへ戻った。


「リオ、リオ」


 呼んでみても、目を覚ます気配がない。

 ブランケットに包んだまま、そっとリオを抱き起こして抱え、スプーンですくった少しの湯冷ましを半ば無理やり口に突っ込む。


 たらりと口の端からこぼれる分もあったが、コクリと喉が動くのを確認して、ホッとした。


 コップに作った湯冷ましが半分ほど無くなるまでそれを続けてから、ようやく手を止めて、旅鞄の中身をひっくり返した。


 薬師の家にいるのに、薬がどこにあるのか分からない皮肉よ。


 不確かなものを飲ませるよりも、自分が知っている薬を飲ます確実性を取る。


 持ち歩いている薬は傷薬がほとんどだが、それと同じ意味で必ず解熱薬も持ち歩いている。剣で受けた傷であろうと、打撃や殴打で受けた痛みだろうと、ダメージが大きければその後必ず熱を持つ。そのためだ。


 粉状の解熱薬を少しずつ少しずつ、スプーンに乗せて湯冷ましと一緒に飲ませる。

 それが終わると、リオをベッドに戻した。


 もう一度クッションを身体の上にも乗せ直し、汗の残る額を撫でた。

 変わらずに苦しそうではあるが、水分を取れただけ、マシになるはずだ。


 早く薬が効いて、少しでも熱が下がればいい。

 手で触れて気づいた、柔らかな藍色の黒髪は去年よりも長く伸びていた。汗で湿った髪の冷たさに気づいて、また動き出す。


 やれることはまだまだありそうだった。





アステライト(ステラ)

リオ

雑貨屋のおかみさん

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