早朝の帰城・広がり伝わり行く二つの噂
アステライト視点
帰城できたのは、翌日のまだ朝日も昇らない早朝という早さだった。
あれから魔物の被害はなく、そもそも向かった場所が城との距離も近かったために、全体的に軽い軍行に終わった。
軍の解散を告げると、それぞれが休息先へと散っていった。
自分も一眠りしたら、団長たちを集めてダンジョン潜降に重きを置いた采配を検討しなければならない。
きっと激動が待っている。
その理由が『魔女』の存在であったとしても、決して嘆くものではない。
リオノーラが魔女であるかどうか。
それを公表するかどうかなんて決めていない。
きっと、なにも言わないほうが彼女のためだ。
そして、それでいいと思う。
『俺は、リオが魔女だから愛したわけじゃない』
彼女が魔女として、ウォルフィンリードにとってあまりにも有益な力を持っているとしても、……そしてたとえ持っていなかったとしても、俺の想いは変わらないのだから。
城へと足を向け、その扉の前に立つ姿に思わず目を見開く。
気がついたら駆け出していた。
「リオノーラ?!」
「アステライト様、おかえりなさいませ…!!」
まだ朝日も昇っていないくらいの朝なのに、俺を出迎えているなんて。
リオノーラの横で控えていたニビアも心なしか眠そうだ。
俺がリオノーラの前に立ったから、彼女は静かに数歩下がって後ろに控えた。
「まさか夜通し起きてたなんてことはないよな?!」
「違います。軍が帰ってきた音がしたから、馬の声とか、兵士たちの声とか。だから目が覚めて、中で待っていようと思ったのですが、その、なんとなく……」
目を泳がせ、照れを隠そうとしている。
それにしては慌てて支度をしたようだと、肌寒いのに肩掛けすら羽織っていないことですぐに理解する。
「ご無事な姿を見れたら、良くて。……お疲れ様でした。よくお休みくださいませ」
申し訳なさそうにはにかんで、自分自身の行動を笑うような弱々しい笑みを浮かべた。
「ちゃんと無事に帰ってくるって言ったろう? 怪我もないから。リオノーラこそもう一度よく休むんだ」
彼女の頬に触れようと手を伸ばした。
でも、帰ってきたばかりでまだ薄汚れている。
リオノーラに触れる寸前にそのことに気づいて手を止めたのだが。
そんな俺の手を見て、リオノーラはそっと手を重ねて、頬を寄せてきた。
柔らかな頬に俺の手が触れて、汚れが移るのも厭わずに。
ただ、俺の手に触れて穏やかに目を閉じる。
『ああ、……俺に怪我がなくてよかったと思ってくれているんだ』
何度も何度も、そんな心配をかけたから。
「……リオノーラ」
呼びかけると、彼女はゆっくりと目を開けた。
今、陽が昇り始めた空と同じ、夜明け色の黒い瞳がまっすぐに俺を見る。
「なに? アステライト」
名を呼び返してくれる。
言いたいことはいっぱいあった。
それなのに、彼女への想いがいっぱいになって、なにも言葉を紡げなかった。
だから、静かに彼女を抱きしめた。
リオノーラは驚いていたが、少しの間、なされるがままに抱きしめられ続けてくれていた。
「お疲れ様」
「ん……」
改めてリオノーラがくれる労いの言葉にどうにか答えて、溢れそうな想いを噛みしめる。
やがて二人で城の中へ入った。
身を清め、すっかり朝日が昇ったあと、リオノーラと二人、まるで昔みたいに身を寄せ合って眠った。
この城の主、ウォルフィンリードが誇る当主アステライトの一挙一動を、同じ空間にいて目で追わない者はいない。
だから軍解散後、脇目も振らず、出迎えていた夫人のもとへ駆け出していったアステライトの行動は、多くの戦士、兵士、そして使用人たちに目撃されることとなった。
その仲睦まじい様子に、お互いを想い合っていると一目で分かるやり取りに、まさか彼らが王命による訳ありの「白い結婚」をした夫婦だと思う者はいなかった。
伝え聞いた事実はそうだったはずだ、と誰もが思ったけれど。
心を賭して仕える主。
誇れるウォルフィンリード辺境伯。
彼には想い人がいる。
その事実もまた、誰しもが知る言葉だった。
そして、彼らは各々、納得した。
『我らが主は、ようやく長年の想い人と結ばれたのだ』
『切望した想い人を迎え入れられたのだ』
『狼辺境伯の積年の想いは、実ったのだ』
その朝から、ウォルフィンリード城内で知らぬ者はいない共通認識として、ひっそりと語られだしたのだった。
その認識は、本人たちを除いて、ものすごい勢いで領内へ、国中へと広がっていった。
奇しくもその噂を運んだのは、リオノーラが手配し、兵士たちの家族へと確実に届くようにした、信用おける誠実な業者たちの手によって。
兵となった家族が命と剣と心を捧げるウォルフィンリード辺境伯がやっと想い人と結ばれたという吉報は、かなりの信用を持って兵たちの家族に伝わった。
密やかに喜びに湧くウォルフィンリード領民だったが、同時に国から流布された噂を耳にして、首を傾げることとなった。
「ウォルフィンリード辺境伯は、その寛大な心と温情を持って『白い結婚』をした」
噂の出どころは、間違いなく王家。
王命による白い結婚。
想い人がいても、誇り高きウォルフィンリード辺境伯なら、親友である王太子殿下の頼みとしてそれくらいのことくらいやってのけるだろう。
ウォルフィンリード辺境伯は、白い結婚をした。
ウォルフィンリード辺境伯は、積年の想い人をようやく見つけた。
二つの噂が、多くの者に疑問と誤解を生み広げながら国中に伝わり切るまで、そう時間はかからなかった。
そしてそれが巡り巡って、リオノーラの耳に入るまでも。
アステライト
リオノーラ
ニビア
ウォルフィンリード軍の皆々
ウォルフィンリード城の皆々




