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狼辺境伯と魔女令嬢の白い結婚 不器用同士の恋が成就するまで  作者: 庭師K炎


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ウォルフィンリードの魔女

アステライト視点

 頻繁に報告されるようになった魔物の異常行動。

 それに伴って、既存の魔物の行動に対する周知は当てにならなくなり、目下、軍内の情報収集部隊の頭を悩ませている。


 その中で、最近とくに報告されるのが、魔物がダンジョンの中へ逃げ込んでいく、といった異常行動だ。


 地上に湧いた魔物が、わざわざダンジョンに潜りに行く、なんて行動は聞いたことがない。


 ダンジョンで湧いた魔物はダンジョンで。

 境界の森に湧いた魔物は境界の森で。

 山脈なら山脈で。

 といったふうに、生息域というか、行動範囲場所がおおよそ決まっていたのだ。


 今までは。


 それが、逃げ込む場所を探すように、ダンジョンへ潜っていく。

 この状態が続けば、やがて地上の境界の森で魔素が溜まりにくくなり、地上の魔物の数は減るだろう。


 そして、やがてダンジョンの中でのみ、魔物が湧くようになる。


 長期的に見ればいいことだ。

 地上の安全は今よりもずっと確保しやすくなり、頻繁な軍行も減るはず。


 だが、今現在起こっている問題としては、魔物がどう行動するかまったく読めないことによる行動の後手と、現在進行形でダンジョンに潜っている冒険者たちが、安全を確保したと思っている後方から、ダンジョンに逃げ込んできた魔物に遭遇して襲われる、という状況が多発していることにあった。


 駆けつけた北のダンジョンも同じ状態で、深層で帰るに帰れなくなった冒険者パーティーが数組、力を合わせてどうにか持たせているのを救出に行くところから始まった。


 レンゲンが楽しげに組んでいたダンジョン潜降隊は大活躍して、冒険者パーティーたちは無事帰還することができた。


 北のダンジョンに潜るために一番近い潜降用の集落で陣を張り、各団長や戦士たち、潜降によく選ばれる兵たちを集めて軍議が開かれた。


「日増しに地上での戦闘よりも、ダンジョン周辺、またはダンジョン内部やそれ関連の案件が増えております」

「全部の魔物が、地上を嫌がるような、そんな行動です」

「どっかでこういう魔物の行動の話を聞いた気がするんじゃがのぅ?」

「御爺様、早く思い出してください」


 歴戦の戦士をやっぱり爺扱いして、団長たちは報告を続ける。


「地上の魔物が入ってきたせいか、ダンジョン内部の魔物の種類や行動も変化が大きいです」

「一度、改めて全ダンジョン潜降を行い直し、現状を把握し直すことも視野に入れるべきかと」

「うむ、それには賛成だ」

「となると、現在のダンジョン潜降隊だけではままなりませんな。地上戦が減る分、潜降隊に回す采配を振らねば」

「地上の防衛戦より、ダンジョン潜降が優先されるとなれば、人員采配、大変だな……」

「それは各自団長の腕の見せどころってやつだ」


 各団長たちが肩を落としてため息を吐くのを、戦士たちはただ楽しげに笑って見ている。


「防衛戦よりもダンジョン潜降の増加……」

「ああ!! 若い頃に隣のエルトフォード公爵領で同じようなことがあって、若公爵に助力を申し込まれて行ったことがあった」

「エルトフォード公爵領で?」


 全員の顔が、その当時を知る戦士たちを見る。


「英雄様が嬉々として、潜ったことのない隣領のダンジョンに行けると息巻いておったが、もちろん当主自ら他領のダンジョン潜降なぞ行けるわけもなく」

「グラジエフ…様がかわりに隊を率いて、助力に向かわれたんだったな」


 先々代当主(英雄であった祖父)先代当主()の話に、感心して耳を傾ける。


「当時の記録は情報部か事務室に残してあるはずじゃよ」

「じゃあ、なぜ、こんなことが起こっているか、昔のエルトフォード公爵領と状況が同じだとでもいうのか?」

「どうじゃろうなぁ? だが、経験による理由付けとしてなら、考えられる答えは同じじゃろう」

「爺様、どんな?」


 期待に満ちた眼差しが、歴戦の戦士に向いた。

 戦士は飄々と答える。


「簡単だ。魔女じゃ」

「ごふっ?!」


 その答えに、俺だけが奇妙なうめき声をあげる羽目になった。


「閣下?」

「大丈夫ですか?」

「すまんっ、続けてくれ」


 皆の視線を受け流して、話を続けさせる。


「魔女、国によっては聖女とも呼ぶ存在じゃが、よほど力のある者以外は自覚がない者が多いからの」

「エルトフォード公爵領には魔女がいて、って話は有名だもんな?」

「うむ、羨ましい限りだ」


 戦士も兵士も、しみじみとうなずく。


「魔女の存在による魔物への忌避効果は、素晴らしいの一言に尽きるからな」

「儂らが若い頃、魔女がエルトフォード公爵領にやってきた、と明確に分かるほどの変化があった。それが今の状態と酷似しておる」


 驚きと期待に満ちた思いで、兵士たちの多くは息を呑んだ。


「じゃあこのまま、ウォルフィンリードはエルトフォード公爵領みたいな『境界の森に在っても魔物の数が凄まじく少ない』ってことになるんですか?」

「ゆくゆくはなるんじゃないか? エルトフォード公爵領の変化はかなり劇的だったが、混乱が起こったのは最初の数年だけだ」

「領政を敷くエルトフォード公爵の手腕もあったじゃろうが、地上から魔物が激減して、今のエルトフォード公爵領はどうじゃ?」


 王都に次ぐ、国内最上位の発展した街を持つ領であることは間違いない。

 魔物が発生する境界の森と山脈に面し、多くのダンジョンを保有しながら、だ。


「このまま魔女がウォルフィンリードに居続けてくれたら、ゆくゆくここもエルトフォード公爵領みたいに地上に魔物がほとんど出ない領になるわけ?」

「俺ら兵士は商売あがったりじゃねぇか?」


 半分は冗談、半分は本気、そしてそうなればいいのにと嬉しそうにさえしながら、誰もの顔に、夢物語を語り聞くような笑みが浮かんだ。


 ウォルフィンリードの戦士も兵士も、誇りを持って戦いに向かっている。

 だが、その多くは、「戦う必要がある」から「戦いに身を置こうと思った理由」があるからだ。


 純粋に憧れからこの職を、環境を選んだ者もいるだろう。


 だが大半は、家族を魔物に殺された。

 住む場所が魔物に襲われ、悲惨な目にあった。

 武器を取り、戦わなければその日の食い扶持さえ得られなかった。

 戦士にならなければ、兵士とならなければ、家族を守れない、養えない、生かせない。

 飢えてしまう。


 そうして、戦いの日々に身を置くことを選んだ者たち。

 生きるために、誰かを守るために。


 そうしなければ生きられなかったけれど、信念を持って己の命をかけて戦うことを選び続けてきた者たちだ。


 だけど、そんなことにならなければ良かったのにと、思わない日はなかった。


 幼い日に、若き日に、助けられなかった人を、仲間を、友を、家族を、失ったときを思い出すたびに。


 魔物さえいなければ。

 せめてもっと魔物の数が少なければ。


 失うものはもっと少なかったはずなのに。

 助けられた者は多かったかもしれないのに。


 考えなかったことはない。


 だからこそ、エルトフォード公爵領が魔女の忌避を受け、守られている様は、……素直な羨望を抱くばかりだ。


「悪いが、魔女の影響で領内地上の魔物が減ってもしばらくは軍を縮小してやることなんかできないぞ? その分ダンジョンの魔物の生態は変わるだろうし、周辺地域への影響を考えて派兵もする。隣領への影響はデカいだろう。それから、普段立ち入らない山脈の奥や、そこを越えた隣国への影響もな」


 冷静に近い未来の軍の動きを推測して伝えると、彼らはにやっと見慣れた笑みを浮かべた。


「分かってますって、閣下」

「だろうなって思ってますよ、閣下」

「かなり代わり映えのしない軍行が続いてましたからねぇ。大々的な変化、血がたぎりますね」


 分かってはいたけれど、やはり、と笑みを浮かべてしまう。

 目の前にいる彼らは自分と同じく、身の一片までも間違いなく、戦場を駆け生きる戦士であると。


「今更、戦場に面白みが出てきたのう。そろそろ引退も考えていたというのに」

「隠居生活を送るには早いんじゃないですか? 御爺様」  

「そうですよ? 歴戦の戦士たちは、戦場に出なくてもネログラヴィ様を指南するとかいうめっちゃ楽しい娯楽…、ごほん、指導を担っておられるでしょう?」


 引退なんて言葉をちらつかせた戦士の顔に、隠しもしない楽しげな笑み。


「はっは、あれは楽しい」

「これから変化があったら、またそれに伴った指導ですよ? 実践もたっぷり」

「軍情報部もイキイキするでしょうねぇ」

「みんな兵舎の寝床がいい感じになって、体調良くて、色々有り余ってますもんね」


 もちろん自分たちも。

 そんな言葉が続きそうなのは、彼らの顔を見れば一目で分かった。


「懸念があるとしたら、その魔女がウォルフィンリードに居続けてくれるか、ということでしょうかね?」

「こんな魔物と共生してるみたいな領に、よく来たもんじゃ」

「やっぱり自覚のない魔女なんでしょうかね? そうしたらやっぱり、住むのが嫌になって領を去ることも考えられる?」

「あり得るのぅ」


 誰もがしみじみと、姿形も住んでいる場所も分からない魔女へ思いを飛ばす。


「不思議なんですけど、なんで魔女一人の力が領全体に及ぶんですか? そんで、どうして領をまたいで隣領とかに影響しないんですか? こう、線で区切ったみたいに」

「ああ、それは魔女も人だからじゃよ」

「はい?」

「人間誰しもが持っている、常識と当たり前の認識の問題じゃ」


 団長たちが、さも当然と語る戦士の言葉に疑問で首を傾げる。


「やれやれ、若者のくせにそろって想像力が乏しいのう。城に戻ったら図書室から、おとぎ話や各国の寓話なんかを借りて読んで、想像力を鍛えなおせ」


 肩を落としながら、戦士は団長たちの渋い顔を見回す。ついでに俺のことも。


「たとえばお前が魔女だとする。そして生家のある村や町を守りたいと願う。なら、及ぶ範囲はどこまでだ?」

「そりゃもちろん、村だと自分が認識している土地まで……、…あ」


 ようやく答えらしきものの入り口にたどり着いたであろう意見に、戦士たちはうなずく。


「そう、お前が常識的に考えて村だと認識している範囲内、だ。同じことを、人間である魔女はしている」

「魔女という呼び名がついていても、彼女たちはただの弱い女性だ」

「なんで弱いって決めつけるのさ? もしかして冒険者かもしれないだろ?」


 あからさまに顔を歪めて情けないものを見る目で戦士に見つめられた兵士は首をすくめた。


「馬鹿ばかりじゃのう。冒険者はなにをして生計を立てよる? 魔物を狩ってじゃろ? 自分が寄れば忌避で逃げていくような相手と、まずそもそもどうやって出会おうというのじゃ? 生まれて育って、魔女が魔物に会う確率はどれほどだと思う? 冒険者になっていることはよほどのことでないとあり得ない」

「そんな魔女がダンジョンに潜ろうものなら、ダンジョン内は阿鼻叫喚の地獄絵図、大混乱じゃろうなあ」


 そんな有り様が簡単に想像できてしまって、何人もの口から「あー…」と憐憫に似た声が上がった。


「そもそもどこの家庭でも、どんな学校でも、最低限理性のある大人なら、子どもたちに『魔物は危険な存在でこちらを殺しにかかってくる生き物だ』と教えるのが普通だ。このウォルフィンリードでもな」

「そんなものにかかわらずに生きていられる者が、わざわざ剣を取るとしたら、その刃の先は魔物に向くのではなく、悪漢などの人に向いていると考えるほうがずっとまともな想像じゃ」

「ならば、就いている職は冒険者ではなく、騎士や警らや、貴族の警備ではないかな?」

「そして、そんな苛烈な人生も送っていない『自覚のない魔女』ならば、おおよそ、我らよりもか弱い女性となるわけじゃ」


 黙って話を聞いていたが、最後の最後の例えで堪らずに吹き出した。


「爺様たちと比べてしまっては、大概の女性はか弱いものに当てはまってしまうではないか」


 俺があまりにも愉快に笑うから、皆の顔にも穏やかな笑みが浮かんだ。


「なんのなんの、いつの時代も女傑は生まれるものですぞ?」

「今は国内諸外国に女傑とまで噂される女性はおらぬが、儂らの前の時代には幾人もおられた」

「いつか手合わせをと夢見たこともあるほどだ」


 どこかうっとりと、昔の名だたる憧れの女傑を思い返す戦士たち。


「なるほど。戦士の御爺様たちは、そろって女傑の戦士殿に屈服させられたい願望をお持ちでこの歳まで来られたのか」

「よし、ご細君たちに伝えよう」


 その一言で、歴戦の強者戦士たちは揃って飛び上がった。


「やめよやめよ!! 殺される!!」

「そんなことをしてみろ!! 儂はもう戦に出れんぞ?!」


 大慌てになる戦士たちに、皆が声を上げて笑う。


「では今、ウォルフィンリードにいる魔女は、守りたいと思っている場所にウォルフィンリード領全体が入っている、ということか」

「であろうなあ」

「ではもし、その魔女が『自覚のある魔女』で、坊や殿下とご結婚でもされた場合、魔女の魔物忌避が国全体を覆うってこともあると?!」

「理屈としてはそうなるじゃろう」


 ひええ、と、感心と畏怖と驚きに満ちた声が上がる。 


「正体が知れない時点で、自覚のない『力ない魔女』なのだろうが、それでも魔物の多く生息するこんな土地にわざわざ来られた、という、ある意味偶然と奇跡だ」

「殊勝な方だ。いったいどんな立場に居られる方で、どれほど思いを抱えておられるか」

「エルトフォード公爵領全体を守っていた魔女も、きっと公爵家縁の方だったと思っておる。でないと、前公爵殿の献身に理由がつかん」

「他家に仕える儂らが言及することではないがの」


 確かに。と、誰もの顔に納得が浮かんだ。

 ちょうど一通りの話が終わったころ、天幕が開いた。


「閣下、各団長殿、周辺掃討完了いたしました。冒険者たちとの連携も完了を報告いたします。次のご指示を」

「分かった、行こう」


 俺が立つのと同時に、各団長たちも一斉に立ち上がり、あとに続く。


 少し遅れて、歴戦の戦士たちが続いた。



 彼らが引き続きしていた会話は、先頭を行く俺の耳には届かなかった。


「エルトフォード公爵領の魔女のう。懐かしい話じゃ」

「なぁ、我ら若いころの羨望よ」


 懐かしむ気持ちで、彼らの想像は続く。


「その魔女殿がエルトフォード公爵領で家庭を持って子を生していたら、今どれほどの年齢じゃろうなあ?」

「儂らにとっちゃ孫ほどの年齢かの? ちょうどアステライト坊ほどの」

「もう少し下も考えられるぞ?」

「そして魔女だから、女性か」

「エルトフォード公爵領の若い女性かぁ」


 はたと、戦士たちは動きを止めた。


 そしてお互いの顔を見合わせて、まさかな、と思い合う。


 想像力豊かに考えた内容を、誰も口に出さない。

 そんな不明瞭で、不確かで、無責任な想像を言葉にしようなどと愚かな行動を、経験豊かな歴戦の戦士たちはしない。


『それに、……王命の訳あり、だったはず』


 お互いが同じことを考えたのは、なんとなく察し合った。

 そして黙って、先頭を行く自分たちが支えるべき主の背を見つめた。





アステライト

歴戦の戦士たち

ウォルフィンリード軍の皆々

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